第07話 シーソー
『やーでもまさか結衣菜ちゃんと篠原先輩が組むなんて、すごい偶然ですよねー』
スマホに映し出されている天和の言葉と月坂先輩の顔を交互に眺めてみても、未だにこの二人が師弟関係だという事実にピンとこない。
少なくとも、俺の記憶の中にいるあいつは師匠なんて柄じゃない。
どちらかというと、先輩を誑かす小悪魔系女子だった。
確かに天和は気立てがいい奴だ。マネージャーとしての働きは申し分なかったし、モチベーターとしてかなり有能だった。
でも同時にサークルの姫みたいな奴でもあった。
『篠原先輩』
『あー負けた負けた。なんか集中力切れたな。今日はもうやめとく』
『足、見せてください』
『え? いや別になんともないけど? ほら』
『何強がってるんですか? それ何もカッコ良くないですよ? いいから早く見せろってば』
『あっおい! やめ……あたたたた!』
『ほら、やっぱり挫いてるじゃないですか。2セット目の最初ですよね? サーブ終わりにカクンってなったやつ』
『……よく見てるな』
『いつもジロジロ見てますよ。私、先輩たちが試合してるのを見るの好きですから。熱血ーって感じで』
『はいはい』
『ホントですってば。それより早く保健室行きましょうね。肩貸しましょうか?』
『……大丈夫。一人で行ける』
『無理しちゃダメですよ? 私、先輩に触られても全然嫌じゃないですからね?』
……なーんてことを言われた時は本気で『え? こいつ俺のこと好き?』って思ったよなあ。けど他の部員にも似たようなことを言っていたと後に判明。ここで初めて女子の怖さを知ったんだった。
あいつ、言動がいちいちあざといんだよ。『これって運命ですよね?』とか『私を全国に連れてって』とかベタすぎること平気で言うし。けどウチの部の男子、それをいちいち真に受けて思いっきりやる気注入されてたっけ。
斯く言う俺もその中の一人だったから偉そうなことは言えない。姫廻は無自覚系の小悪魔だけど、天和は間違いなく全部わかってて弄んでくるからな。
でも計算高いってほどでもない。公式大会では本気で応援してくれてたし、俺たちが勝った時には顔をクシャクシャにして喜んでくれた。あざとさと素直さのバランスが完璧だった。
月坂先輩のことはまだ全然知らないけど、明らかに正反対の性格だろう。ま、だからこそ仲良くなるケースも多いとは言うけど。実際、俺と理久とリオも性格全然違うからな。
「それじゃ、天和にこのこと……混合ダブルスをやるって話も事前にしてるんですよね?」
先輩はコクリと頷く。だったら相談もしてるんだろう。
「篠原君だったら、組んでもいいかもって一茉里は言ってた」
案の定、あいつの助言が決め手だったのか。
なーにがすごい偶然だよ。ほぼお前の工作じゃねーか。そういうとこが小悪魔なんだよ。高校生になっても惑わしてきやがって。
「篠原君は本気で全国を目指してるからって」
「そんなことまで言ってましたか」
確かにそういう約束はした。でもあれは気の迷い……とまでは言わないけど、あの時期特有の熱に浮かされて勢いで言っちゃっただけだ。
テニスを続けているのも惰性。俺の青春はもうここには存在しない。
「月坂先輩は具体的な目標ってありますか?」
綺麗な顔が左右に振られる。初めての否定だ。
「私がいなくても、何も変わらないから」
……そうか。
先輩が女子ソフトテニス部でどういう立ち位置にいるのか、その一言で理解できた。どうやら容姿に対するやっかみだけじゃないらしい。
男子と違って女子は完全なエンジョイ勢じゃなく、それなりに実績もある。団体戦では少なくとも県大会までは毎年行っている。
仮に――――月坂先輩が部に馴染めていなくても、団体戦のメンバーになれるだけの実力があれば今のセリフは出てこない。
「私、下手だから」
同じソフトテニスプレイヤーとして、その言葉に重さを感じない訳にはいかない。
予想外だった、とは言えない。正直さっきの女子部員の態度でこういうパターンもあるんじゃないかと密かに思ってはいた。
あの余所余所しさは……実力の劣る先輩に対しての接し方だ。
全ての運動部がそうって訳じゃないとは思う。でも、多分大抵の部では大なり小なりあるだろう。
仲間内においても、上手くない選手に対しての扱いは何処か白々しいものになってしまう。
露骨に見下す奴もいる。腫れ物扱いする奴もいる。同情する奴も、どう接していいかわからない奴もいる。
誰もが自然体って訳にはいかない。人間だから、優劣に対してはどうしても敏感になってしまう。
俺も当然、例外じゃない。
練習に来なくなった奴には軽蔑とまでは言わないけど『なんだよ』って気持ちになってたし、明らかに実力が劣る先輩には何処か疎ましさを感じていた。
酷い話だ。自分だって全国レベルで見れば下の下だってのに。
けど、それが部全体の空気として常在していたのも、俺自身が許容していたのも事実だ。もしかしたら、それが相手を傷付けていたかもしれないのに。でも当時はそんなことに気を回せないほど子供だった。まあ……今も大して変わっていないけど。
「だから、篠原君に嫌な思いをさせるかもしれない」
「そんなことは……」
ない、と言い切れない自分に心の底から失望する。
同時に、これだけ美人な先輩を前にしても下心より選手としての優劣と損得に心が拠っているのも事実だった。
昨日、周りから一気に女子がいなくなったことで恋だの愛だの考えすぎた反動もないとは言えない。けどこの件の本質はそこじゃない。
自分より遥かにレベルが下の相手とは組む気になれない――――それが素直な心情だ。
傲慢だとは思わない。実力差が開きすぎているペアはどっちにとってもマイナスにしかならないから。どうしたって下手な方が負い目を感じながらのプレーになるし、相手の顔色を窺いながらの部活動なんて最悪だろう。
実際、月坂先輩もそれを危惧しているんだろう。初対面の俺に対してずっと申し訳なさそうにしている。
「無理だって思ったら、そう言ってくれていいから」
終始俯き加減のまま、先輩は力ない言葉を発し続けた。




