第05話 混合ダブルスの陰と陽
初対面の相手にフルネームを知られているのは、ちょっとした恐怖だ。
それはたとえ相手がとんでもなく綺麗な女子でも例外じゃない。
「……」
硬直して何のリアクションも取れない俺を尻目に、月坂さんはそれ以上何も話さずスタスタ先に行く。
その後姿を追うこともできず、暫くその場に佇んでいると――――気付けば俺の背後には男子部員が集合していた。
全員無言で睨んでる……怖っ。
「なあお前、月坂と知り合い?」
代表してキャプテンが重い口を開いた。さっきの月坂先輩の声が聞こえていたんだな。
「いえ全然。初対面です」
「なら事前に男子部員のリストとか見てたのかもな」
ああ、そういうことか。だったらさっきのは読み方を確認しただけかもしれないな。っていうかそう思うようにしよう。間違ってもあの人にとって自分が特別な存在とか思わないよう戒めておかないと。
理久みたいな古いタイプのイケメンならともかく、何の特徴もない俺が身の程知らずの勘違いをするほど滑稽なことはない。
自己肯定感? 自分に自信を持て?
そんな無責任な言葉に乗せられて偉そうに自分を誇示する分不相応な人間になってもみっともないだけだ。
「にしてもお前、引き強ぇな。まさかあの月坂と組めるなんてな……」
「やっぱり有名人なんですよね。あの容姿ですし」
「当たり前だろ。ま、目立つのは顔だけじゃねーが」
……どういう意味だ?
「ま、良かったじゃねーか。あの月坂が相手なら辞める気にもならねーだろ? 頑張れや」
それじゃ練習再開だ、と言わんばかりにキャプテンは率先してコートに戻っていく。こういう時にダラダラしないあたり、意外とキャプテンシーはあるんだよな。
「はぁ……マジか……死ぬほど羨ましいんだけど」
「じゃあお前、篠原に代わって貰えば?」
「冗談。これからずっと混合ダブルスってことだろ? 無理無理」
他の男子部員たちはそんなことを話しながらも、俺に絡もうとはせずゾロゾロ引き返して行く。普通なら骨折後の登校初日くらい構ってこられても不思議じゃない状況だと思うんだけどな。
……俺って単に浮いてるだけじゃなく嫌われてる?
「いやー、大変だな篠原。月坂先輩ってファンクラブがあるくらいだからな」
あ、一人絡んできた。石田か。
同じ後衛で、乱打の時によくフザけた回転かけてくる困った奴。普段はあんまり話さないから性格まではよく知らない。
これで何か月坂先輩に関する情報の一つでもくれれば印象も変わるんだけど――――
「死んだな、お前」
ニヤケ面でシンプルな呪いの言葉を投げつけられただけだったんで、とりあえず心のゴミ箱に入れておいた。
職員室で受けた中垣内先生からの説明は、正直言って混合ダブルスのためだけに部活を続けようと思えるほど魅力的な内容じゃなかった。
大会名は『全国高等学校ソフトテニス混合ダブルス選手権大会』。通称は『ミックスカップ』にする予定らしい。
名前は大層立派だけど、地方大会はなくいきなり県大会で始まり、それでも12もしくは16組程度の参加になるとか。仕方ないとはいえ余りにも少ない。
全国大会に出られるのは優勝したペアのみ。競技規模の観点から単独での開催は難しく、事実上インターハイの日程に組み込まれた形になっている。
要はインターハイのついで。日程の都合で空いたコート、空いた審判、空いた施設を利用して経費を抑えつつ開催しようってことだ。
最初はインターハイに『混合ダブルスの部』を設けようって話だったみたいだけど、インターハイの種目やカテゴリーを増やすのはかなり面倒らしく反対の声が多く別大会という結論に至ったそうだ。大人の事情ってやつなんだろう。
それくらいマイナーな種目とも言える。
それでも一応、高校生で混合ダブルスの試合をやっているプレイヤーは一定数いる。これまで彼等は大人の大会に出ていたけど、今年からはミックスカップにも参加することになるんだろう。
つまり、既に何年も男女でペアを組んでいる奴等も県内にいる可能性がある。もしいればどう考えても勝ち目はないだろう。
とはいえ、俺はまだ一年。これから二年頑張って練習を続ければ、もしかしたら三年の大会では上に行けるかもしれない。何せ大会の規模的に3~4回勝てば全国に行ける訳だからな。
ただ……大きな問題がある。
月坂さん、いや月坂先輩は二年生だった。
ってことは当然、最長でも来夏で引退。俺が三年になる時は新たな女子とペアを組まなきゃならない。
それは絶望的だ。
大会自体が試験的なものだから来年以降も続く保証もない。日程が重なる以上、混合ダブルスを組んだ時点でインターハイには出られない。
さっき男子の誰かが『代わって欲しいとまでは思えない』って言ってたけど、恐らくこのことを知っていたんだろう。幾ら超絶美人の女子と組めても、インターハイを諦めなきゃならないってデメリットは大きすぎる。
当然、女子側の条件は更にシビアだ。俺と組むメリットが全くないんだからデメリットしかない。
そもそも月坂先輩は納得しているんだろうか?
中垣内先生の命令だから、誰か一人は混合ダブルスに回らなきゃいけない……って理由だとしたら、余りにも理不尽だし不憫だ。罰ゲームのようなものじゃないか。俺だって嫌々組まれてたら不本意だし。
結局、職員室で聞いた話から浮かぶのはそういうマイナス要素ばかり。溜息の一つも吐きたくなるところだけど――――
「……」
隣に並んで歩く月坂先輩を横目で眺めるだけで、そんな憂鬱な気持ちも一気に薄れていく。目の保養ってのはこういうのを言うんだな。初めて知った。
でも、ここまで美人だとまるで親しみを持てないのも事実。別世界の人間というか、並び立つと照れるのを通り越して劣等感すら覚えてしまう。
幸運にも女子とはそれなりに縁のある生活を送ってきたけど、その経験を活かせる気がしない。軽率に話しかけられるような雰囲気じゃないもんな……
とはいえ、意思くらいは聞いておかなきゃならない。そうしないと俺自身も決断できない。
「あ、あのっ」
意を決して声を出してみた結果、見事に裏返ってしまった。これはキモい。やっちまった。
「……?」
いや『何で急に話しかけてきたん?』って顔されても。流石に無言でお別れって訳にはいかないでしょ。
「少し打ち合わせ……みたいなことをしたいんですけど、時間ありますか?」
「……」
声こそ発しなかったけど自然な表情で頷いてくれた毛嫌いされている訳じゃないとわかっただけでも大収穫だ。もし嫌な顔をされてたら立ち直れないレベルで傷付いていたかもしれない。
で、場所は……目立たない所がいいよな。けど狭い部屋で二人きりはどう考えてもNG。勿論、私語厳禁の図書室なんかもダメ。
となると――――
「校舎の裏でいいですか?」
いつも壁打ちに使われている校舎裏には大抵誰かしらいるけど、大勢で屯していることはまずない。騒がしくもないし屋外だし適所だろう。
案の定、月坂先輩もすぐに首肯してくれた。




