第23話 強風オールバッシング
子供の頃は雨の日が好きだった。
余白を埋めるように鳴り続ける雨音が、何故か頼もしく思えていた。
ソフトテニスを始めてからは晴れる方が良くなった。中学時代は雨でコートが使えないと問答無用で筋トレメニューに移行してたからな……まあ走らなくて済むメリットもあったけど。
ただ、少しの雨は寧ろ歓迎だった。ソフトテニスのボールは雨で濡れると軌道が不規則になる。トップスピンをかけると異常に伸び、強烈なスライス回転だと急に落ちたり曲がったりする。
そういうボールを打つだけで楽しかった。
風でボールが流されやすいのもソフトテニスの特徴。特にロブはモロに影響受けるから後衛にとって強風は厄介なんだけど、余りに風が強いと笑えてくる。わざと力任せに超高いボールを打って風に乗せるなんて戦略も、試合で結構有効だったりする。
今は……どうだろ。
一面の曇り空を眺めながら自分に問い掛けても、答えは返ってこない。
天気予報だと午後からの降水確率は七〇%。風も強いし今日の練習は多分無理だ。
そういや、こういう日に放課後どうするかまだ決めてないんだよな。先輩のLINEを知ってたら事前に連絡入れられるんだけど……自分から聞くのは無理だ。練習プランを偉そうに言うことはできてもLINEは聞けない自分が情けねぇ。
そんなことを考えながら、ようやく慣れてきた高校までの通学路を一人で歩いた。
でも、そんな感傷は玄関前まで来た頃には消え失せていた。
「あれ、月坂先輩じゃね?」
「遠くからでも美人ってわかるのスゲーよな」
「やっぱオーラあるよなー」
そんな知らない生徒たちの囁き声が聞こえてきたから立ち止まって振り向くと、校門付近に月坂先輩の姿を発見。一人静かに登校していた。
そういえば、先輩の交友関係って全然知らないな。天和と師弟関係らしいけど、それ以外に親しい生徒がいるんだろうか。少なくともソフトテニス部にはいなさそうだった。
女子のコミュニティには一切詳しくないけど、なんとなく美人の周りには人が集まるイメージがある。よく『クラスの一軍』みたいな言い方するけど、クラス内カーストの最上位グループは大抵、美形かつ気の強い女子とその取り巻きって印象だ。
でも月坂先輩の場合、取り巻きに担ぎ上げられていそうな感じは全くしない。部内で孤立してるくらいだしな……
ソフトテニス部以外での先輩に興味がないかと言えば、それはもう大嘘になってしまう。ただ興味本位ってよりは単純に、クラスのボス的存在の女子に目を付けられてイジメられていないか……とか、男子の好奇の目に晒されて不快な思いをしていないか……みたいな心配が主だ。
できれば月坂先輩には、何の憂いもなくテニスに集中して欲しいし……
「おはようございます! 今日もとってもお綺麗ですね!」
「鞄お持ちしましょうか? 今日は午後から雨の予報ですけど傘はお持ちですか?」
「こら一年! 出しゃばってんじゃねーよ! 結衣菜はそういうの嫌いなんだからよ!」
あ、取り巻きいた。なんか思ってたのとは少し違うけど。
でもちょっと安心したな。あの感じだと部内での腫れ物扱いっぽい感じとは明らかに違う。
校内でも浮いていたら……って不安もあったけど、どうやら杞憂に――――
「あいつらって月坂先輩のファンクラブ会員だよな?」
「男子禁制らしーぞ。先輩に近付く男は許さねーって息巻いてるんだってさ」
「怖えーよな。なんか部活で男子とダブルス組んだって話あったけど、そいつ殺されるんじゃね?」
えぇぇ……
「という訳で、俺は今ヤバいらしい」
自分の身に危険が迫っているのを自覚したことを理久とリオに告げると、同時に冷笑された。双子揃っての冷笑って普通の五倍くらいムカつくな。
「今更何言ってんの? 新聞部のあのLINEが出た時点であいつらブチ切れてるの知らなかった?」
「ファンクラブの動向とか別にチェックしてないし……」
「はぁー……篠原ってこういうトコあるよな。自分に関することに無関心を装うっつーか。鈍感系主人公気取りか? 自分を大事に! みたいな今の時代にそんなんやっても寒いだけだぞ?」
知るかよ。なんで普通の高校通ってて自分に向けられた殺気に敏感じゃなきゃならねーんだよ。殺し屋でも育成してんのかここは。
「つーかお前さ、何しれっとスルー決め込んでんの? 周りが遠巻きに眺めながら美人だ綺麗だって褒め称えてる女子の先輩に飄々と『おはようございます』って言えよ。それが男の夢ってモンじゃねーのか?」
「あーあ、全然わかってないね理久。『周囲から一目置かれてる相手から一般生徒に過ぎない僕が「おはよう」って声をかけられる』ってシチュこそ至高っしょ? タクちゃんが狙ったのはそれだよね?」
「違げーよ」
そりゃ、あの状況で先輩が俺に声をかけてきたらある種の優越感は味わえたのかもしれない。
でも、それと引き換えに命の危険に晒されたんじゃ割に合わない。どう考えてもあの場から離脱して正解だ。
先輩だって、部活と関係ない所で俺に挨拶されても困惑するだけだろう。
「てか、月坂先輩ってテニスはどうなん? 上手いの?」
相変わらずノンデリな理久が嫌な質問をしてきた。
先輩は自分の技量にコンプレックスを抱いている。俺がここで本音をそのまま言えば、陰口とは違うけど近い内容になりかねない。
どう答えるべきか――――
「理久君。上手いとか下手って、誰がどんな基準で決めるんでしょうか」
「なんだその口調」
「聞けって。例えば俺なんかは、中学時代に顧問から散々下手だって言われてきたんだよ。そりゃもうしつこく毎日」
その顧問は昭和生まれの世代で、相手のミスに対し『ラッキー』と応援の声をあげるような時代に選手だった人だ。
部活中に私語が多かったり遅刻した奴が何人もいたりしたら、ラケットのグリップエンドで頭をゴツンと叩くような教師だった。
指導も常に罵倒交じり。学校に告げ口すれば問題に発展していたかもしれない。決して良い顧問じゃなかったし、二年間指導されてそれなりに得た教訓はあったけど特に感謝はしていない。
「そいつからしたら俺は下手だったんだろうよ。じゃあ何か? 全国まであと一歩だった中学時代の俺は本当に下手だったのか? あ? どうなんだよ。どうなんだっつってんだよオイ!」
「俺にキレ散らかすなって……まあまあ。お礼参りに行くんだったら付き合うからよ」
いつの不良だよ。言動だけじゃなく発想まで死語なのかお前。
ま、なんとか誤魔化せて良かった良かった。
「神社に行くの?」
「違う違う。お礼参りってのは昔の俗語で、報復行為のこと」
「初めて聞いた」
ま、普段使うような言葉じゃないからな。俺だってヤンキー漫画で知ったくらいだし。
「新聞部の部長が、話があるから放課後部室に来て欲しいって」
「……新聞部が? 何の用?」
「それは聞いてない。自分で確かめて」
素っ気なくそう告げると、知らないうちに一組から出張していた来会は何の余韻も残さず二組の教室から出て行った。




