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ヒロインらしきものは去ったけどもうちょっとだけ続きます!  作者: 馬面
第2ゲーム:クロスラリー

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第22話 青春ノックバック

 足下のボールをダイレクトで打つか、ライジング気味に打つかの判断は上級者でも難しい。勢いのあるボールに対して前進しながら打ち、その打球をコントロールするのだって簡単じゃない。


 それができている時点で、先輩には確かなテニスの才能がある。


 天才とか上級者になれるとか、そういう意味での才能かどうかはわからない。でも確かなことが一つある。


 先輩はソフトテニスを好きになれる。練習して力を付けて、大会で勝って歓喜の瞬間を迎える――――それができる才能はある。絶対にある。


 俺はどうにかして、そのことを先輩に伝えたかった。


「先輩が今までやってきた練習は、ちゃんと技術として身に付いてます。今はまだ苦手な部分に邪魔されて前に出ていないだけです」


「……」


 でも、俺の言葉をそのまま素直に受け入れて貰えるような関係性はまだない。調子の良いことを言って乗せようとしているだけ、と思われているかもしれない。


 ここは一歩も退けない。


 速い球が苦手なのはその通り。今試合をすれば、それが原因で多くのポイントを失うのも確か。それをもって足を引っ張ると言うのならそうなんだろう。


 でも先輩は下手なままじゃない。これからもっと上手くなれる。これは断言できる。


 俺は伝えることが上手じゃない。いつも受け身だったし、友達が欲しくても自分から作ろうと積極的に話しかけたり行動に移したりはできない人間だった。


 今もそれは変わらないし、今後も多分大きくは変われない。


 だけど今日、この時だけは自分を忘れよう。損得も、羞恥もだ。


 どう思われたっていい。偉そうだとか、厚かましいとか、鬱陶しいとか何様だとか思われて嫌われてもいい。


 先輩がソフトテニスを楽しめるようになるには、どういう言葉を届ければいいか――――それだけを考えろ。


「俺、混合ダブルスのことって今まで全然知らなくて、だからこれもつい最近知ったんですけど……基本的には男子が後衛なんですよね」


 だから最初から女子からは前衛、男子からは後衛を混合ダブルスに選出すると決まっていたんだな。


 まだまだ知らないことだらけだ。俺も先輩も。


 そしてお互いのことも。


「だから女子同士の試合より全体的なボールの速度は上がると思います」


「だったら私は余計……」


「いえ。多くのペアが混合ダブルス未体験の筈ですから、女子のスピードボールになら対応できてた選手も男子の打球だと対応できないかもしれません」


「……あ」


 先輩は確かに速球への対応が苦手かもしれない。でもそれは、女子同士のダブルスの中において相対的に下の方という見方もできる。


 だったら、混合ダブルスではどうなのか?


 答えは『わからない』。


 もしかしたら、参加する前衛の女子はみんな男子のパワーショットに対応できないかもしれない。それなら横一線だ。


「試合でポイントを稼げる選手は、総合的な上手さとイコールじゃありません。特にダブルスの場合はそうです」


 例えば女子がサーブを打つ際の相手男子のレシーブはかなりの確率で女子サーバーの方に返され、ネットに詰める前に対応しなきゃならなくなる。つまりローボレーで威力のあるショットへの対処しなきゃならない。多くの女子は上手く返せないだろう。


 でもローボレーが得意な先輩なら勝機は十分ある。


「特定のシチュエーションだけでも他の女子選手を上回ることばできれば、別のプレーでミスしても全然挽回できます。これからの練習で、先輩が起点になってポイントが取れるシチュエーションを幾つも見つけられますよ」


「ホントに?」


 ……う。


 そんな純粋な目で見られるとちょっと困る。あくまで推測と期待の話であって、俺は別に敏腕コーチでも何でもないんだから先見の明なんてない。


 けど……なんか中学時代を思い出すな。自分のプレーや相棒のプレー、仲間のプレーに対して色々理屈をこねてみたりもしたし、熱くなることもあった。的外れなこと言って恥かいたこともあったけど、逆に仲間の酷評をプレーで黙らせた時は痛快だった。


 これが最後だ。


 もう一度だけ、あの時の熱に身を委ねてみたい。


「本当です。俺も生まれ変わります。混合ダブルスでポイントを奪える選手になれるよう頑張りますから」


 だから、俺と一緒に頑張りましょう。


 そこまでは流石に烏滸がましくて口にできなかったけど――――代わりに手を伸ばす。


 ネット越しの握手。それはテニスプレーヤーにとっては恒例の挨拶。


 でも高二女子と高一男子に置き換えると、全く違う意味が生まれる。 


「……うん」


 先輩の返事は言葉少なだった。


 でも、俺の差し出した手を包み込んだその右手は想像以上に熱を帯びていて、それが全身に伝わってくる。


『篠原君のこと、信じてみるね』


 そう言われたような気がして、心臓が破裂しそうなほど脈打った。





「……んん」


 ――――なんてことがあった特別な一日も、寝て起きれば過去のこと。


 スマホのアラーム音が朝の到来を告げると、もうその余韻は綺麗サッパリ消えてしまっていた。


 来会の起こし合い終了宣言を受け、一日の始まりが今までとは違う形になったことで俺の生活リズムは若干狂い気味。今日だって寝坊も二度寝もしていないのに、本来家を出る時間から逆算して一〇分遅れ。そういうことがここ数日続いている。


 登校前の家は本当に静かだ。


 夜勤明けの母さんが帰ってくるのは六時過ぎ。今頃は部屋で熟睡しているだろう。


 父さんは生活リズムが不安定で、この時間に起きていることもあれば寝ていることもある。朝食は元々食べない。


 だから朝の食卓は完全に自由。夜の残り物を適当に食べてもいいし、新商品のヨーグルトやシリアルを試してもいい。ただしスムージーを作るのはミキサーの音がやかましいからNGだ。


「行ってきます」


 そう言葉にしたところで『行ってらっしゃい』なんて返してくれる存在はここにはいない。ごちそうさまと同じで、誰に対して言っているのか自分でもよくわからない。単なる習慣だ。


 家を出て空を見ると、ちょうど灰色の雲から陽光が漏れ始めていた。


 眩しくて思わず右手で覆う。


 瞼を狭めた目に映る太陽を掴んだかのようなその光景が、昨日の出来事を思い起こさせた。


 先輩と握手しちゃったんだよな、俺。


 しかも自分から手を出して。


 沢山の恥ずかしい言葉を添えて。


 完全に。


 完全にカッコつけてしまいました!


 あれだけ下心は持つなって自分に言い聞かせておきながらオスの本能を開放してしまいました!


「やっちまった……」


 今日どんな顔して先輩の前に立てばいいのか。それを考えるだけで登校拒否したくなるくらい憂鬱だった。







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