第21話 一進一退の光芒
……驚いた。
先輩はバウンドする寸前のボールに面を寝かせ払うようにラケットを入れて上手く返し、こっちのコートのネット際に落とした。
単にダイレクトで返したってだけじゃない。返球の質までしっかり考えた上でのプレーだ。
「ナイスボレー! メチャクチャ上手いじゃないですか!」
「……」
照れてる照れてる。可愛過ぎますって。
でも実際、今のは上手かった。これまでのプレーとは明らかにクオリティが違う。
「それじゃもう一球お願いします」
「うん」
続けて、今度は先輩が膝くらいの高さで対応するローボレーになるようレシーブ。先輩はそれも上手に面を作り綺麗に返した。
「次は少し強めにレシーブしますね」
「了解」
心なしか先輩の返事に躍動感がある。そして案の定、俺がそこそこ強めに打ったレシーブに対しても、フォームを崩すことなくしっかり対応してみせた。
明らかにローボレーは上手い。たまにミスする時でもしっかり反応はできている。身体の強張りもない。
速い球に対するストロークが苦手でボレーは平気ってことか? それなら標準的な前衛って感じだよな。少なくとも下手ってほどじゃない。
「次はネット際のボレーをやりましょっか。ボレストでいいですか?」
「……うん」
ボレーは前衛の最も基本的な技術。
それに対する先輩の返事は、今までで一番重たかった。
「それじゃいきます」
ローボレーの好調さから一転、初っ端から不安そうな月坂先輩の様子を怪訝に思いつつも、トス練習を兼ねてボールを真上に放り、それをワンバウンドさせたのちネット際に立つ先輩へ向けて打つ。
ボレスト――――ボレー対ストロークは一方がベースライン付近でストロークを打ち、もう一方がボレーで相手に返すラリー。使えるボールが少ない今の俺たちには最適だ。
前衛側はほぼ正面に来るボールをボレーで返すだけだから、ラケットをボールの軌道上に構えるだけで返球はほぼ成立する。とはいえラリーにしなきゃいけないから、ネット際に落としちゃダメ。
一方、後衛側の俺はどんなボールが返ってこようとしっかり先輩のラケット目掛けて打つのみ。最初の練習同様、まずはスピードを抑えて徐々に威力を上げていく。
緩めの球は全く問題なし。なら少し大きめに出力を上げて、七割くらいで……
「……っ!」
そんな意識で打った俺のショットに対し、月坂先輩は露骨に身を竦ませてしまった。
幸いにもボールは先輩の身体じゃなくラケットに当たったけど、その状態でまともにボレーできる筈もなく後方へと飛んでいった。
ネットにかけるとかアウトになるようなミスとは明らかに質が違う。面を作れていない。つまりラケットの角度を正しくセットできていない。
けどそれは基本ができていないからじゃなく、ボールのスピードに過剰反応してしまい身体が強張ったことが原因だ。
これは……どう解釈すればいいんだろう。
単に速球への対応が苦手ってだけなら、ローボレーだって上手くできない筈。けどそれは寧ろ巧みですらあった。
じゃあ距離が離れていれば大丈夫かというと、そうでもない。ベースライン付近のストロークですら苦手意識を見せていた。
一つ確かなのは、技術の問題じゃないってこと。反応速度はもしかしたらあるかもしれない。けど一番確実なのは精神的な問題だ。
「ごめんね。篠原君はずっと良いボール打ってくれてるのに」
先輩がシュンとしてしまった。可愛い。
「私、こんな感じで後衛の足を引っ張ってきたから……ずっと愛想尽かされてきたんだよね」
自虐的な気持ちになるのはわかる。
前衛にとって、ボレーにいったボールを空振りするのと同じくらい、当てたボールを後ろに飛ばしてしまうのは屈辱的だ。
「私のミスって『ドンマイ』って感じのミスじゃないから。周りをイライラさせちゃう」
気にするな。切り替えていこう。
相棒がミスした時には誰だってそう言う。でも、そのミスの内容次第では素直にそう思えない場合も確かにある。
集中力を欠いたプレー、投げやりな言動、そして――――普通はやらないようなミス。
下手な選手に苛立つのは、驕りでもあり……人間の素直な心情の現れだ。
「練習しても下手なままの人って、やっぱり続けるべきじゃないのかな」
……すみません。先輩。
今日の練習内容だと、先輩が曇ってしまうことになるのはわかっていました。
辛い思いをさせてしまって申し訳ありません。でもこれは絶対に必要なことなんです。
これからも混合ダブルスを続けてくいく為には。
「俺は先輩のプレー、下手とは思いませんでしたけど」
正直、賭けだった。
これを本心から言えるかどうかは。
でも良かった。心からそう思えて。
「……嘘」
「嘘じゃないですよ。先輩は下手じゃないです」
「沢山ミスしたよ? 前衛なのにハーフスピードのボールを後ろに弾いて……あんなの恥ずかしいよ」
やっぱり最後のプレーは相当堪えたらしい。
でも俺は、そこに光明を見出していた。
「後ろに弾いたのは、ラケットを動かしたからです」
「……え?」
「確かにハーフスピードでしたけど、距離が距離だからコンマ何秒の世界には変わりません。その間に先輩はラケットを動かせるんです。それはちゃんと反応できている証拠です」
俺の打ったボールは正確に先輩のラケットの面へ飛んでいた。もし思いっきり反応が遅れてしまったら、そのまましっかり面に当たって俺の方へ跳ね返ってきただろう。
正しい反応じゃなかったかもしれない。でも反応自体はできている。動けている。反射速度や動体視力に致命的な問題がある訳じゃない。
「それにローボレーは抜群に上手かったじゃないですか」
「誰でも一つくらい取り柄はあるよ。私はそれがローボレーってだけで」
「ローボレーが上手いってことは、足の動きとラケットの操作をしっかり連動できてるってことです。瞬間的な判断もキチンとできてる。ローボレー『だけ』じゃなくて、色んなことが先輩はできています」
俺の言葉はどれくらい先輩に届けられるだろうか。今の関係性では余り響いていないかもしれない。
それでも俺はこの安堵を、そして嬉しさをどうにかして先輩に伝えたかった。




