第20話 二人きりのアナライシス
早い速度で自分に向かってくる物体に対して、人間は本能的に危機感や恐怖心を抱く……と思う。多分。
でもそれは慣れることで消し去れる。じゃなきゃほぼ全ての球技が成立しない。
問題は、その慣れるまでの過程に個人差があるってことだ。それは単に慣れるまでにかかる時間だけの問題じゃない。
月坂先輩は小学生の頃からソフトテニスをやっている。なのに明らかにまだ早い球に対して慣れていない。機会の少なさが原因じゃないのは明らかだ。何か他の原因がある筈。
「まずは普通にサーブレシーブをしましょう。最初は軽く打って、徐々に上げていきます」
「うん。わかった」
レシーブの位置についた先輩の返事が少し緊張感を伴っている。試合でもなければ俺以外の目に触れてもいないこの状況でも緊張するのは、早い球への苦手意識が相当強いからだろうな。
どの程度のスピードになると、その苦手意識が生じるのか。それを見極める必要がある。
「いきまーす」
一球目はセカンドサーブくらいの感じで極力緩く。
テニスの場合、バドミントンや卓球とは違って一度のサーブミスが相手の得点になることはない。最初に打つサーブ(ファーストサーブ)を失敗してもセカンドサーブでサービスエリア内に入れば良い。
だからファーストサーブは全力かそれに近い、セカンドサービスはコントロールしやすい速度で打つ。ソフトテニスの場合はセカンドサーブを下から打って強い回転をかける人も多い。俺も基本下からだ。
上からこのスピードだと逆にコントロールし辛いけど……何とかネットは越えてくれたか。
「てーっ」
相変わらず可愛い掛け声と共に、先輩は綺麗なストロークでレシーブを打ち込んできた。
当然だけど、この速度なら全く問題ないな。
「次いきまーす」
その後もほぼ同じくらいのサーブを何回か打つ。まずは肩慣らしだ。
全体練習とは違ってボールをポンポン使える訳じゃない。今日持って来ているのは二個だけ。一応キャプテンに許可を取った時は『好きなだけ持っていけ』と言ってくれたけど、流石にそういう訳にはいかない。
でも先輩のレシーブは一度もネットを揺らさずこっちに返してくるから、今のところ滞りなく続けられている。ショットの正確性、安定度はかなり良いんじゃないか?
「それじゃ少しスピード上げますね」
少し間を置いて、ちょっとだけ力を入れて打つ。これくらいの方が精度を保ちやすい。
先輩は――――
「てっ」
問題なく返した……けど掛け声が乱れた。
けど次に打った同じくらいの速度のサーブは問題なく対応。以降もミスなく返してきた。
「また上げます」
次は『絶対に入れたい時のファーストサービス』くらいの速さ。体感六~七割くらいの力加減だ。
それに対し先輩は無言のまま打ち返し、今日初めてネットにかけた。
更に次のレシーブもミス。それから徐々に対応できるようになっていった。
「次、強めに打ちます」
感覚としてはほぼ普通のファーストサーブ。ただしエースを狙う時のじゃなく、相手に強烈なレシーブをさせないことを主目的としたサーブだ。
ただしコースはセンター(中央付近)とボディ(相手の身体目掛けたコース)の間くらい。要するに動かなくてもフォアハンドで打ち返せる、レシーブしやすいコースなんだけど――――先輩のレシーブはラケットのフレームに当たって明後日の方向へ飛んでいった。
「ごめんなさい。すぐ取ってくるね」
ここですかさず『俺が取りにいきます』と言うのは簡単。実際、後輩の俺がそうすべきかもしれない。
でも球拾いがいないこの状況では、ミスしたボールは自分で取りに行った方が気分的に楽――――そう月坂先輩は考える……と思う。俺はその時間を使って先輩のプレーについて考えよう。
速い球に対してタイミングが遅れているのは確か。
で、その原因は……技術的な問題、反応速度の問題、精神的な問題、どれなのかは現時点では特定できない。複合的なものって可能性もある。
もう少し検証してみる必要があるな。
「先輩! 次はローボレーの練習をしましょう!」
別コートまで飛んでいたボールを拾ってきた月坂先輩に大声で呼び掛ける。
ローボレーはネットより低い位置のボールをノーバウンドで返す、やや特殊なボレー。前衛はサーブを打った際、すぐに前に出てネットに詰めなきゃいけないんだけど、相手のレシーブがその前衛目掛けて飛んできた場合はネットから遠い位置で対応しなきゃならなくなる。
その際に発生するのがローボレーのシチュエーション。よって単に低いボールを打ち返すってだけじゃなく『前に出ながら打つ』『打った後更に前に詰める』もセットで練習した方がより実戦的だ。この場合、ボレーの前後の動きも頭に入れた上でプレーする必要がある。
ローボレーは結構苦手な選手が多い。前進しながらのボレーで思った以上に力が入ったり、後のプレーを頭に入れ過ぎてミスしたりすることがよくある。俺が中学時代に組んでいた前衛もそうだった。
「先輩がサーブ打って下さい。軽くでいいですよ」
「わかった」
ローボレーの練習はサービスライン付近に陣取った前衛の足下目掛けてバンバン球出しするのが普通。でもボールが二球しかないからそれは出来ない。なら前衛サーブ→敵後衛レシーブ→前衛ローボレーの流れでやる方がいい。
先輩の頭上にボールが舞い、軽快な音と共にサーブが放たれる。
サービスラインよりも深く来たけど、これはあくまでローボレーの練習だからフォルト(サーブミス)だろうが関係ない。前進してくる先輩の足下付近に行くようなレシーブにする為には……これくらいか?
よし、狙い通り。これなら向こうのコートのサービスライン付近にバウンドするだろう。ノーバウンドじゃなくバウンド直後のボールをボレーした場合はハーフボレーって呼び方になるけど、この際それはどっちでもいい。
俺が見たいのは、バウンドするかどうかギリギリのボールに対して先輩がどういう反応をするのか。強引にダイレクトで打とうとするのか、ワンバウンドさせてから打つのか。そこに先輩のプレースタイルが現れる筈。
先輩の対応は――――
「……!」
想像していたものとは、かなり違っていた。




