第19話 ダブルスの功罪
今日も彩彩アスレティックパークのテニスコートには俺たちしかいない。
ただ昨日とは違うことが一つ。これは場所の問題じゃなく俺自身の感じ方、認知の問題なんだけど……
昨日よりも広さを感じない。
コートの周辺はフェンスじゃなくネットで囲まれていて、至る所に木が植えられている。この木に隠れれば、もしかしたらコート内の会話くらいは拾えるかもしれない。
となると、昨日は尾行されていた可能性も全然あるな。少なくとも月坂先輩が天和に『昨日私、篠原君に「好きにさせて」って言っちゃった♪』って謎報告するよりはよっぽど現実的だ。
一応、外周りを警戒しとくか……
「どうかした?」
「あ、いや。何でもないです」
月坂先輩に余計な心配をさせるのはNG。先輩には練習に集中して貰いたい。
そういう意味では、学校のテニスコートよりこの人気のない公園の方が環境的には好ましい。学校だと嫌でも目立つからな……ただでさえ先輩は目立つ存在なのに新聞部の所為で余計人目を引く状況だし。
「それじゃ、まずは活動方針を固めましょう」
「練習プランってこと?」
「それも大事ですけど、まずは目標ですね。自分たちが目指したいのは何かを具体的にしておいた方が、励みにもなりますし」
中学時代の顧問からの受け売りだけど。
俺の目標はもう決まってる。先輩にソフトテニスを好きになって貰うこと。これを俺のソフトテニス人生の集大成にしたい。
でも、その為には大会で結果を残さなきゃならない。上手くなった実感は練習でも得られるけど、勝たなきゃ手に入らない感情もある。
何より『一緒にやって良かった』って先輩に思って貰うには、勝って一緒に喜ぶのが一番だ。
「でも正直言うと、優勝とか全国出場みたいなことは全然考えてません。俺が今目指したいと思っているのはミックスカップでの一回戦突破です」
「一回戦突破……」
先輩の顔が曇る。低すぎる目標にガッカリさせてしまっただろうか?
先輩の公式大会での成績を聞いてみたいところだけど、ちょっと躊躇しちゃうな。もしかしたら言いたくないかもしれないし。
「えっと……私、公式の大会では二回戦まで進んだことあって」
あ、向こうから話してくれた。メッチャ助かる。
「でもそれはペアを組んだ後衛の子が上手で、私が関与しないプレーでどんどんポイント取って勝ったってだけで……」
ああ、そういうこと結構ありますね。
何気に競技人口だけは多いソフトテニスはエンジョイ勢の中にも優劣があって、それほど練習してなくてもそこそこ上手い選手もいれば、まともにレシーブも返せない選手もいる。地区大会の一回戦には後者のような選手同士で組んだペアも少なくない。そういう相手との試合はほぼ敵のミスと後衛のラリーだけで試合が決まってしまう。
「だから多分、私が下手なままでも篠原君なら一回戦は勝てるかも」
ミックスカップは急造の大会。俺程度でも一回戦の相手次第では無双できるのかもしれない。
でも勿論、それじゃ先輩が楽しめる訳がない。
「すみません。俺が浅はかでした」
「ううん。でも私に合わせて目標を立てるのは、篠原君にとって良いことじゃないと思う」
……こんなことを先輩に言わせてしまった自分が情けない。
ただ、俺も別に『月坂先輩の実力を考えたら一回戦突破を目標にするくらいが現実的だ』なんてことを考えて目標を立てた訳じゃない。
「先輩に合わせたんじゃないんです。俺自身、まずは一勝しないことには何も検討がつかないというか……」
何しろ女子とペアを組むのも初めての経験。混合ダブルスにどれだけのレベルの選手が集まっているのかも、一度大会を体験してみなきゃ全くわからない。
何より俺自身、先輩と組んで試合に勝った時にどんな感情が芽生えるのかなんて想像もつかない。
中学時代のような充実感を味わえるのか。レベルが低すぎて拍子抜けするのか。何もかもが未知だ。
だから、まずは一勝。そこに集中したい。
「混合ダブルスで勝つことに、自分がどれだけの価値を見出せるのかを知りたいんです」
我ながら恥ずかしいことを言っている自覚はある。あり過ぎる。同じ内容でも、もっと砕けた言い方の方が良かった気もする。
でもこれが偽らざる本音だ。
「……うん。私も」
ありがたいことに先輩も同調してくれた。
まずは一回戦突破。そのハードルが高いか低いかすらわからないし、何もかもが手探りだ。
中一の時に初めて大会に出た時のことを思い出すな。最初から緊張しっぱなしで、訳もわからないまま気付いたら負けてたっけ。
今度は地に足を付けて挑戦できる。怖さもあるけど率直に楽しみだ。
「でも私は、少しでも篠原君の足を引っ張らないようにしたい……のが一番かな」
それも多分、先輩の本音なんだろう。
もし俺が格上の選手とペアを組むことになったら、同じように考えると思う。自分が原因で試合に負けるのは当然嫌だけど、それ以上に気を遣われるのが一番辛い。
ダブルスは一蓮托生。一方のミスはもう一方のミスでもある。勝利の喜びも敗北の悔しさも分かち合うもの。
――――なんて綺麗事は沢山だ。
組んだ相手のミスが嵩めば歯痒いし、やる気のないプレーをされて負けようものならラケットを思い切り叩き付けたくなる。逆に自分のミスで負けたら惨めな気持ちになる。消えてしまいたくなる。
それがダブルス。それがテニスだ。
「先輩。ダブルスで一番悲惨なのってどういう時だと思います?」
「……?」
『突然なんでそんなこと聞くの?』って顔のコンテストがあれば多分県内トップの可愛さ。気を抜くと見惚れてしまいそうになる。
俺の目標に一つ追加。練習中は下心を完璧に抑えられるようになること。じゃなきゃ部活になんない。
「自分の方が上だと思って普段偉そうに上から目線で主導権握ってる選手が、試合本番で逆に足を引っ張って試合に負ける。俺はこれが一番キツいと思います」
「……勝ってもキツいかも」
「ですよね」
俺もプレッシャーを感じています。だから先輩にだけ負担がかかるような部活には絶対しません。
直接言うのは流石に偉そうにも程があるから、これが限界だ。後は活動の中で示していこう。
「それじゃ次は練習メニューについてですけど、当面は先輩の速い球へのアプローチと、俺の苦手なサーブトスに時間を割きたいと思ってまして」
「サーブレシーブ?」
「だけには限定せずに、トスを上げてバウンドさせて強い球を打つ。それを先輩がボレーで返す。みたいなのを取り入れようかなと」
同じスピードボールへの対応でも、レシーブとボレーとでは距離感が全く違う。どちらかを集中的にやっても意味はない。
「まず色々試してみて、先輩が苦手だと感じている所を洗い出してみましょう。そうすれば糸口が見えてくるかも」
「……」
う……少し表情が強張ってるな月坂先輩。やっぱり年下の俺がアレコレ偉そうに指示するのは良くなかったか……?
「ごめんね。頼りない先輩で」
全然違った。
そして多分、月坂先輩は俺が思っている以上に向上心が強い人だ。
後輩から指図されてメンツが潰れるとか、そういう意識で生きていない。さっきの表情は真剣に俺の話を聞いていただけなんだ。
今の俺には、その先輩の姿勢が眩しく――――そして頼もしく映った。




