第18話 波浪注意報
結局――――
あれから多少粘ってみたけど、記事の取り下げも訂正もできないの一点張りで無駄な時間だけが過ぎていき、タイムオーバー。部室から去らざるを得なくなってしまった。
殴り込みのつもりで来たのに、結局大した収穫なしか……
「篠原君」
「うおあっ!」
ビックリした……来会か。待ち構えていたかのようなタイミングで現れやがって。
昔からそうだ。いつの間にか傍にいる。接近に気付けない。気配察知能力なんて勿論ないけど、それにしたってステルス能力が高過ぎる。存在感がないって訳でもないのに……不思議だ。
ただ、来会がここにいること自体は不思議でも何でもない。近くに文芸部の部室あるしな。
「抗議しに来たんだ」
「まあ、そりゃな。暖簾に腕押しって感じだったけど」
「新聞部、強敵だもんね」
文化部だけあって新聞部のことは俺よりも知ってるんだろうな。
あの倉知って女子、終始下手に出てはいたけど何一つ譲歩しなかったからな……あれは完全なクレーマー対応だな。嫌なノウハウ持ってやがる。
「え? 来会さん?」
立ち話している俺の後ろからニュルッと出てきた姫廻が、驚いたような声をあげる。
「……姫廻さんと来てたんだ」
なんか含みのある言い方だな。らしくない。
来会と姫廻は中三の時に俺と同じクラスだったから、知り合いなのはわかってる。でも俺が知る限りでは特に交流はなかったと思うんだけど……
「じゃ、私は用事あるからもう行くね。篠原、これ借りだからね? ホントに時間作ってよ?」
「わかったわかった」
何度も念を押したのち、姫廻は来会に一声かけてエントランスの方へ歩いて行った。
ま、これだけ明確な恩を受けた以上は逃げられないな。恋愛相談か……俺にはとても務まりそうにないんだけどな。
それより今は二人の関係だ。
「さっきのは何だよ。姫廻と来ちゃマズいのか?」
「そんなことないけど」
あ、視線逸らした。何かあるなこれ。
来会は基本、人当たりの良し悪しって概念が存在しない。誰に対しても柔和な対応で敵も味方も作らない感じだ。
そんな来会にしては、さっきの反応は少し異質だった。
「……姫廻さん、私を避けてるみたい」
「え?」
「だから、どう接していいのかわからないだけ」
ちょ、ちょっと待って。
あの姫廻が? 避ける? 来会を?
不可解すぎる。あの誰にでも分け隔てなく接する姫廻が特定の誰かを避けるのも信じられないけど、なんで来会を……?
俺が知る限り、こいつほど人畜無害な奴はいないぞ。
誰に対しても距離感全然変わらないって所は姫廻とも共通してるけど、来会の場合は完全フラット。人生最後の心電図より平坦だ。
だから深い仲の親友はいない。でも幼児からお年寄りまで誰でも気軽に話しかけられる存在。実際、外国人観光客に道聞かれたことある回数は既に二桁だって話だし。
その来会を、なんで姫廻が避けなきゃいけないんだ?
「何かやらかしたのか? あいつが苦手なカエルを頭に乗せたみたいな」
「私、そんな子供じゃないけど」
いや、実際にカエルじゃなくても何か地雷踏んだんじゃないか? って言いたかったんだけど……無駄な婉曲表現は伝わり辛くするだけだよな。反省。
「篠原くんはどうして姫廻さんと仲良くなったの? 私が同じクラスになった頃にはもうよく話してたよね」
「別に俺だけ話す機会が多かった訳じゃないけどな。あいつが転校してきた時にたまたま隣の席になったってだけ」
「それだけじゃないでしょ?」
やけに絡んでくるな。こんな込み入った人間関係の話、今まで一度もしなかったのに。
やっぱり彼氏ができると視野が変わるんだろうか。狭くなるのか広くなるのかは知らないけど。
「俺のことは別にどうでもいいだろ。それより部室に戻った方がいいんじゃないか? こんなところ彼氏の部長さんに見られたら大変だろ?」
「一理ある」
……相変わらず変な表現が好きだな。こういう所は小説かぶれというか、ちょっとズラした発言したがるんだよな。
何も知らない奴が見れば、来会は天然系女子みたいな印象を受けるかもしれない。でも実際には全然違う。こいつはこいつなりに色々考えて生きている。寧ろ考え過ぎなくらいだ。
俺との会話でも、俺が嫌うような話題を口にすることはまずなかった。俺に気を遣ってるって訳じゃなく、不穏な空気そのものを避ける。そういう性格なんだよな。
人を不快にさせないようにする。争いが起きないように努める。
俺の事なかれ主義は来会からの影響も大きい。
「じゃ、私もう行くね」
「ああ」
だから俺も、決して来会の恋愛を茶化さない。『部長に挨拶したいから俺も一緒に行く』なんて絶対に言わない。
向こうが話さない限り、俺から彼氏のことを聞く気もない。聞いたところで複雑な気持ちになるだけだしな。
さ、そろそろ部活に行く時間だ。
月坂先輩と会うのは楽しみでもあり怖くもある。あの新聞部の一件を気にしてたら空気が重くなりそうだしな……
でもやっぱり期待の方が大きい。今日からが月坂先輩との混合ダブルスの本格的なスタートだからな。
高校のソフトテニスはダブルスだけじゃなくシングルの大会もあることはあるけど、俺は今のところダブルスに専念するつもりだ。同じテニスでもシングルとダブルスはほぼ別競技だからな。付け焼き刃でどうなるものでもない。
今日は直接彩彩アスレティックパークで待ち合わせ。
学校の外で待ち合わせなんて、まるでデートみたいだ。
……なんてことは思わないけど、正直高校に入って一番気持ちが昂ぶってるのも否定できない。実際、昨日は夜遅くまで今後のプランについて熟考したからな。
まずはそれを先輩に伝えよう。
彩彩アスレティックパークに着くと、既に月坂先輩は公園の入り口で待っていた。
先輩のテニスウェアはかなり地味だ。でもあの容姿だからな……長く待たせたらナンパ目的の野郎共が寄ってきそうだ。早く合流しよう。
こういう時ってどう挨拶すりゃいいんだろ。あえて問題の件には触れず無難に『お疲れ様です』か? まだ砕けた挨拶するような仲じゃないし――――
「ハロー」
……。
波浪? 波浪注意報なんて出てたっけ? 出てたからなんだって話だけど。
「……」
「……」
「……こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」
どうやら普通にHELLOだったらしい。何故英語……? あとどうしてそんな耳が真っ赤に?
あ! もしかして、あの件で俺がモヤモヤしてると思ってリラックスできるよう無理しておどけてみせたんじゃないか?
だとしたら優し過ぎ! そして可愛過ぎ! あと一〇秒前の俺クソ過ぎ! ハローボンジュールマドモアゼルとか返せよ! 先輩にだけ恥ずかしい思いさせんな!
「ごめんなさい。こういう時、どう挨拶していいかわからなくて」
やっぱりか。先輩も俺と同じことで悩んでたんだな。
もしかして俺たち、最高のペアなんじゃないか?
……いや待て。なんかちょっと引っかかる。ハローなんて月坂先輩のノリじゃない。
「一茉里に相談したら、カジュアルな方が篠原君は喜ぶんじゃないかって」
やっぱりか! そんなこったろうと思った! あの小悪魔後輩……先輩を変な色に染めようとしやがって。北の大地からでも俺を弄ぶ気か?
「ハローってのも奴の発案ですか?」
「ううん。一茉里は『ちゃおっす』か『きょーかわー』の二択だって」
全然わからん。それどっちも挨拶なの?
でも先輩、天和案を蹴って自分でカジュアルな挨拶考えてくれたんだな。
俺もそうだけど、先輩も決してコミュ力が高い方じゃない。それでもダブルスの為に打ち解けようとしてくれている。
俺もその気持ちに応えたい。だから余計なことは部活に持ち込まない。そう決めた。
「それじゃコートに行きましょうか。これからの練習メニューとか、色々話したいこともありますから」
「うん」
短い返事にも、昨日までにはなかった力強さを感じる。
それがとても嬉しかった。




