第16話 ラベンダー畑でつかまえて
誰かと仲良くなる時は、いつも相手からだった。
幼稚園にいた頃も、小学校の入学式も、最初の遠足も、修学旅行も、自分から交友関係を広げようとしたことは一度だってなかった。気付けば誰かに話しかけられ、それから親しくなっていった。
中学になってもその消極的姿勢に変化はなく、部活動を始めてからも先輩後輩どころか同級生にすら声をかけることはなかった気がする。
理久とリオにしてもそう。先にどっちと仲良くなったかは余り覚えてないけど、話しかけてきたのはリオが最初だった。
ある程度相手の人となりがわかってからは自分から話しかけることもある。だけど関係性のない相手に積極的に話しかけたことなんて多分一度もない。
自分が人から好かれる人間だとはこれっぽっちも思っていない。ただ、他人を不快にさせるような言動は慎んで生きているつもりではいる。自分が主張したいことよりも相手の主張を優先する。相手が嫌な気持ちになるような発言は控え、バカ話を望むならそれに応える。勿論、自分も楽しんでやっているけど自分からそういう話を振ることは極力しない。
何事も受け身。俺にはそんな生き方が合っていると思う。
そう感じるようになったきっかけは来会家かもしれない。
親同士が旧知の仲で家が近所。物心ついた時から家族ぐるみの付き合いだった。だから最初から俺には親しい相手がいた。
気心の知れた相手を自分から勝ち取る必要がなかった。
待っていればきっと誰かが話しかけてくれる。近しい存在は既にいるから孤立する心配はない。
そういう甘えが、俺の中には常にあったのかもしれない。
だから高校生になるまで、自分から進んで人間関係を構築した経験がなかった。
今は違う。
そうしたいと思ったのも初めてだ。それも自分より年上の女子に。
月坂先輩を強くしたい。上手くなって欲しい。そしてソフトテニスを好きになって欲しい。俺と組んでやって良かったと思って貰いたい。
その為にはどういう関係性を築くべきだろうか?
俺は先輩と、どうなりたいのか?
なんてことを考えていた矢先――――
『学校一美人との呼び声高い二年の月坂結衣菜が、後輩の一年男子・篠原匠と異例の混合ダブルスでペアになった上に「私を好きにさせてくれる?」と大胆告白』
こんなフザけた活字が邪魔してきやがった。
御丁寧にフルネーム入りのゴシップ記事とあって、個人の特定は楽勝。となれば当然、平穏な学校生活を送れる筈もなく……
「おい、あいつだろ? 篠原って男子」
「マジ普通じゃん。なんであいつが月坂と付き合えんの?」
「いや付き合ってはいないだろ。まだ好きになってないから『好きにさせてくれる?』って言ったんだろ?」
「でもそんなの他人同士で言うことじゃないだろ。くっつく一歩手前じゃないと」
「いやー、ねーわ。バチバチのイケメンなら仕方ねーって思うけどアレだろ? ガセだって絶対」
「月坂って今まで浮いた話なんて一個もなかったもんな。新聞部に利用されたんじゃねーか?」
案の定、休み時間になる度に教室の外には見学客が押しかけてくる。特に上級生の連中は俺をベロベロ嘗め尽くすような値踏みをしては、罵倒を繰り広げて去って行く。ただただ気分が悪い。
そしてこんな状況が続けば、クラスメイトの俺を見る目も自然と変わる。今やすっかり有名人だ。当然、悪い意味で。
一応釈明はしたんだ。ただし『あれはソフトテニスを好きにさせてって意味だから』とはあえて言わず、告白された事実はないって論調で。
あの言葉そのものを否定したくはなかったし、誰からも雑にイジられたくない。
あれは月坂先輩が俺に期待を込めて言ってくれた言葉だから。
だからこそ、あんな見出しを学校中の生徒相手に晒した新聞部は許せない。まさか高校入学早々、こんな騒動に巻き込まれるなんて……
先輩はこの件、どう思ってるんだろう。ってかどう考えても気分は良くないよな。
俺と関わったばっかりに、こんなことになってしまって申し訳なさ過ぎる。
「いやそんな自分を追い詰めるなって! 要は誤解じゃなくなりゃいいんだろ?」
こんな事態になっても、理久とリオは俺に対する態度を一切変えないでくれている。それがこの騒動で唯一嬉しいと思えることだった。
「そーそー。ホントに付き合っちゃえば良いじゃん。事後承諾って言うんだっけ? こういうの」
ただ、変わらないことが良いことばかりじゃない。リオは平気でこういうことを言うんだ。あと事後承諾ってそういう意味じゃない。
「そんなしかめっ面すんなよー。ダブルス組んでるんだからチャンスは幾らでもあるっしょ? ガンガンアプローチして彼女にしちゃえって!」
「いいね。んで俺と姫廻、お前と月坂先輩でダブルデートしようぜ。卒業旅行はフランスなんてどうだ?」
「……頭の中がラベンダー畑すぎる」
そりゃ勿論、俺だってあんな綺麗な彼女ができたら嬉しいに決まってる。それに先輩は顔が綺麗なだけじゃない。それは昨日散々見せて貰った。
同時に、どういう性格なのかも。
「いいかよく聞け双子」
「コイツと一纏めにしないでくれる? マジ嫌なんだけど」
「俺だってオメーと一緒にされたくねーよ!」
この二人、仲は悪くないけど同類と見なされるのは本気で嫌がるんだよな。
相手が嫌な気持ちになるような発言は控える俺だけど、何事にも例外はあるからね。仕方ないね。
「月坂先輩はな、真面目で奥ゆかしい性格なんだよ。そんな人に知り合ったばかりの後輩がガツガツ下心出したらどうなると思う?」
「普通なら引かれるよねー。でもこんな状況だったら話は変わってくるんじゃない?」
そう答えたのは――――隣のクラスから出張してきた姫廻だった。
なんか最近よく来るな……マジで理久目当てじゃないだろな。
「新聞部の記事が本当か嘘かは知らないけど、これだけ周りがワーワー言ってたら月坂先輩だって意識しちゃうと思うんだよね。そこで篠原がテニスでカッコ良いトコ見せてさ、『プライベートでも俺とダブルス組みませんか?』とか言ってみ? 絶対チャンスあると思うなー」
何その世界一ダサい告白。え、姫廻ってその手のセンス全然ない人なの?
そういや俺に恋愛相談したいって言うくらいだもんな。恋愛オンチってやつかもしれない。
「な、なあ。姫廻は積極的にこられる方がクラっとくんのか?」
ここぞとばかりに姫廻の好みの告白シチュを聞き出そうと必死な理久君がこちらです。鼻の穴開いてますね。こいつ、下心ある時ってビジュガタ落ちなんだよな。
「んー……相手によるかな」
そして姫廻は適当すぎる返答。あ、これ目当ては理久じゃないな。全く興味なさそうだ。
「それよりさ、篠原」
「ん? 何?」
「マジで月坂先輩狙いだったらドン引きなんだけど。そんなに身の程知らずだったっけ?」
白眼視って言葉をここまで顔全体で表現されたのは初めてだった。
「だから違うって何度も言ってるだろ……そもそもフリーって決まった訳じゃないし」
これまではあえて考えないようにしてきたけど、これだけ周りにあーだこーだ言われると嫌でも意識せざるを得ない。
月坂先輩に恋人がいるかどうか問題。
普通なら、あれだけ綺麗な人に彼氏がいないとは考え難い。小学生の頃も中学生の頃も、クラスで一番可愛い女子にはイケメンの彼氏がいた。
ただ、もし本当に恋人がいたらスマホをこまめにチェックするよな。そんな様子は全然なかったから、いない可能性の方が高いんじゃないか……とは思ってる。希望的観測込みで。
「フリーじゃなかったら新聞部のあの記事ヒド過ぎない? 彼氏いるのに他の男、それも下級生に『好きにさせて?』とかどんだけ魔性の女だって話だし」
「そういう意味でも悪質だよな……」
「だったら新聞部にクレーム入れれば? 私、知り合いいるから放課後時間とれるなら繋げられるけど」
「え、マジ?」
マジマジ、と俺の方を見ながら姫廻はニヤーっと笑った。




