第15話 鳴り響けサイレンス
翌日――――
「ねーねー篠原ー。私に相談って何かなー?」
ニコニコ笑顔の姫廻が朝っぱらからダンス動画でも撮影するのかってテンションで二組の教室へとインしてきた。
うーんこのマウント気質。こっちが下手に出た途端これだよ。
「ああゴメン。あれナシで。もう解決した」
「は? 何それ。私おちょくられた? 篠原如きに? たかがハイタッチ一つで『こんなの俺のキャラじゃないけど空気壊すのは嫌だから仕方ないか』とかグダグダ考えて結局声援に応える芸能人みたいな手の挙げ方する篠原如きに、私が?」
二言三言多いですよ。
ああでもちょっと懐かしいな。高校生になってから姫廻、ちょっと大人しかったんだよな。昔は終始こんな感じでワーワー言ってたっけ。ま、クラスも違うし同じようなノリって訳にはいかないんだろう。空気は読める奴だし。
「で、結局なんだったの?」
「いや別に大したことじゃ……」
「しのシノしのシノ篠原匠ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃえ!!」
えぇぇ……朝からどんなテンションだよ理久。しかもフルネーム呼び。こういう時の理久は大抵ロクなこと言わないんだよな……
あ、そっか。こいつ姫廻が自分に気があるって思い込んでたんだった。だから姫廻と親しげに話す俺に激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなのか。
……なんでこれ流行ったんだろ。死語ってたまにスゴいのあるよな。
「おまっ、おまっ、お前さあ! 嘘だろ!? なあ!!」
「そんなブチ切れなくても、俺と姫廻は何も……」
「おはタクちゃーん。月坂先輩と付き合ってるってマジ?」
――――理久と一緒に登校してきたリオのその一言で、教室内の空気が一変した。
「やー、なんか『私を好きにさせてね?』みたいなこと言われたって小耳に挟んでねー? そんなやり取り付き合うことになったカップル以外あり得ないでしょ」
「ンなことある訳ねーよなあ!? お前が俺より先に女子と付き合うとかさあ! 一緒にゴールするって約束したよな!?」
してない。存在しない記憶を叫ぶな。あと空気読め。論点はそこじゃないし何のゴールだよ。
「……リオさん? その情報の出所は?」
「いえなーい」
クッソ……相変わらず訳わからない情報網持ってやがる。
あのテニスコートにいたのは俺と月坂先輩だけだった。他のコートには誰もいなかった筈。
なんであの会話が第三者に漏洩してるんだ……?
「篠原。今の話、ホント……?」
姫廻が青ざめた顔で問い掛けてくる。
俺に恋人ができたのがそんなにショックだったのか?
だとしたら、それって――――
「月坂先輩ってあのメチャクチャ美人な人でしょ……? 正攻法で落とすとか絶対無理じゃん。え、違法なクスリとか使った……?」
「遣うか! どうやって入手すんだンな物!」
格差にドン引きしてただけか……また現実を思い知らされた。これじゃ理久のこと言えないな。
って、今そんなことはどうでもいいんだよ! 誤解! 誤解を解かないと!
「ねーねー! マジで月坂先輩と付き合ってんの!? いつから!?」
「いやいやないって! あんなクッソ美人と付き合える訳ねーだろ!」
「だよな。妄想だろ」
「男子ウザッ! 私たちは篠原に聞いてんだよバーカ! 部外者どっか行け!」
……釈明する暇もなく普段全く絡まないクラスメイトの皆さんが凄い剣幕で質問責めしてくる。っていうか勝手に盛り上がってケンカまで始めやがった。
大きな音って苦手なんだよ。頭がクラクラしてくる。このままじゃ埒が明かないし一旦教室の外に避難しよう。
「あ、篠原が逃げた!」
「逃がすな! こんなイジリ甲斐のある話題滅多にないんだから!」
冗談じゃない。イジられる身にもなりやがれ。狭い交友関係でずっとやってきた俺には刺激が強すぎるんだよ。
ってな訳で離脱!
幸い、一組の教室に紛れ込んでどうにかやり過ごせたけど……
こんなのが一日中続くのか? 最悪なんだけど。
そりゃね、本当に月坂先輩と付き合うことになった上での冷やかしなら全然いいよ。余裕で幸せが勝つから。
でもガセネタでギャーギャー言われたって得られるものは心労しかない。
ま、一度しっかり否定すればすぐ飽きて潮が引くようにいなくなるんだろうけど――――
「たっくん?」
不意に背後から聞こえてきた、余りに聞き覚えのあるその声。振り向くまでもなく、それが誰なのかは一瞬でわかった。
そういや一組だったな。来会。
「苗字で呼ぶんじゃなかったのか?」
「あ」
案の定、来会は口元を抑えて自分の失言を悔いていた。自分で言い出した割に全然徹底できないの、ホントこいつらしい。
でもそれは子供の頃のイメージ。今の来会が周囲からどんな目で見られているのかなんて知らないし、何処まで成長しているのかなんて全く把握してない。
疎遠だった訳じゃないけど、深入りすることは決してない間柄。現実の幼なじみなんて大抵そんなもんだろう。
「別に用事とかあって来たんじゃないんだ。ちょっと避難させて」
「学級崩壊でもしたの?」
「そんな大事じゃない。なんか妙な誤解が……」
「なんか隣、騒がしくない?」
「二組の男子が月坂先輩と付き合いだしたんだって」
「はぁー。そんなんで大騒ぎするとかガキかよ。で、どんな奴? やっぱイケメン?」
「そうなんじゃない? イケメン以外であの人と付き合うとか無理っしょ」
……フェイクニュースってこんなフワっとした感じで広がっていくんだな。
これ大丈夫か? 無駄に広がり過ぎて否定したら顰蹙買いそうな状況になってないか? 俺が見栄張って嘘ついた、みたいなデマが広がりそうで怖いんだけど……
「月坂先輩の話題、凄いね」
それに引き換え、来会は相変わらずマイペース。こういうところは高校生になっても全然変わらない。なんか安心する。
ま、暫くしたらこいつも彼氏に染まっちゃうんだろうけどな……
「一応、知り合いなんだよな俺」
「一応? パートナーなんでしょ?」
……ん?
月坂先輩と組むってこいつに話したっけ? 話してないよな?
「ダメだよ、篠原君。親しい人をそんな言い方しちゃ」
「いや親しい訳じゃ……」
「でも仲良しになったんだよね?」
……どういうことだ?
この来会の言動、昨日の俺と先輩のやり取りを知ってるとしか思えない。
そもそも俺と先輩が付き合ってるなんていう誤報自体、そのやり取りが漏洩していなきゃあり得ない。最初にそれを口にしたのは理久とリオだけど、あいつらが情報源とも限らない。
あの場にいたのは俺と先輩だけ。
だったら先輩が知人に『昨日後輩の男子に告白されちゃった』とか言って、それが広まって理久たちの耳に入ったってことか……?
いや、ないない。どう考えてもそんなこと言うようなタイプじゃないだろ。
でも、他にどんなケースが考えられる? まさか昨日、俺と先輩を誰かが尾行して盗聴してたとか? でも、あんな見晴らしの良いコートの近くで隠れる場所なんてないよな……
「な、なあ明莉」
「苗字」
「……来会。俺と月坂先輩の関係、誰から聞いた?」
「聞いたんじゃなくて見た」
そう答えながら来会は自分のスマホをずいっと見せてくる。
これは……蒼月高校特報LINE?
なんだこれ。聞いたこともない。学年LINEやクラスLINEとは違うみたいだけど……
「新聞部が開設したグループ」
流石だ幼なじみ。俺の考えることなんて秒で察する。
つーか、そんなローカルなLINEに一体何が――――
『学校一美人との呼び声高い二年の月坂結衣菜が、後輩の一年男子・篠原匠と異例の混合ダブルスでペアになった上に「私を好きにさせてくれる?」と大胆告白』
それは、如何にも暴露系インフルエンサーを真似たような下世話すぎる見出しだった。
けど確実に俺の命を脅かす無慈悲な侵略でもあった。
絶句したまま立ち尽くす俺を余所に、一日の始まりを告げるチャイムがいつも通り鳴り響く。
それは明るい未来の始まりを告げる祝福の音なのか、それとも地獄へ突き落とされる直前の警戒音なのか。
答えを出すには……もうちょっとだけ続けなきゃならないみたいだ。
どれだけ絶句してもし足りない、この滔々と流れる日々を。




