第14話 魔法の言葉
自分の才能を諦めているように見える月坂先輩に対して、俺がかけられる言葉は――――何もない。
俺も同じだ。俺は中学時代の仲間がいなきゃテニスを心から楽しめない。楽しめるのも才能ってよく言われてるけど、だったら俺にはテニスを楽しむ才能がないんだろう。
それに実力だって大したことない。これから全国区になれるような伸びしろがあるとも思えない。
だから月坂先輩の気持ちはよくわかる。
だったら、ありのままの情けない自分を知って貰おう。先輩もそうしたように。
「去年、団体戦ですけどインターハイで全国まであと一歩ってところまでいったんですよね」
どう切り出していいか迷った挙げ句、結局選んだのはキャリアハイの誇示だった。
「高校でも続けよう、今度こそ全国にいこうって意気込んではいたんです」
けど個人戦の成績はスポーツ推薦を貰えるほどじゃなかったし、現実を直視したらソフトテニスの強い高校を選んだところで将来の役には立たないかも――――なんて考えてる内に熱も冷めてしまった。
「でも結局、中学時代の仲間とは別々になって、一応テニス部に入ってはみたけどモチベーションが上がらなくて……もう辞めようって思ってた矢先、混合ダブルスに指名されまして」
「そうだったんだ」
俺の唐突な自分語りにも、先輩は嫌な顔一つしないで聞いてくれている。
勿論、俺だって別に自慢したくてこんな長話をした訳じゃない。自分の胸の内を明かさないと、明かして欲しいと願う資格がないからだ。
「だから、最初はすごく戸惑いました」
「うん。普通はそうだよね」
それは共感していないことを意味する言葉。
月坂先輩は混合ダブルスを最初から受け入れてた……?
「私は部内にもう居場所、なかったから」
理由は単純。消去法だった。
でも幾ら消極的な姿勢でも、そう簡単に男子と組むのを受け入れられるものなのか?
そこまでしてソフトテニスを続けたいものなんだろうか。
「先輩はどうやってモチベーションを維持してるんですか?」
テニスプレーヤーとして致命的欠陥を抱え、厄介払いのような形で混合ダブルスに回され、それでも自分から辞めたいとは一度も言っていない。
続けるだけの理由があるんだ。
じゃなきゃ、とても――――
「何もないよ。篠原君の参考になるようなことは何も」
そんな俺の頭の中を見透かしたかのように、月坂先輩は冷静に答える。
「なんとなく続けてるだけ。本当にそれだけ」
答えは、これ以上ないくらいシンプルだった。
でもな……ちょっと簡単には信じられない。確か小学生の頃に始めたって話だったから、単なる惰性でここまで続けるのは決して簡単じゃなかっただろう。
ソフトテニスの存在を教えてくれた天和への義理立て? 始めた頃に親と楽しく打ち合っていた記憶が今も残っているから?
……何勝手に決め付けてるんだよ。他人も納得できるようなきっかけや理由がなきゃスッキリしないのは単に俺の性分ってだけだ。他人に押しつけるようなことじゃない。
先輩本人の言葉を否定する根拠は何もないんだ。そのまま受け取るしかないじゃないか。
ただ、一つだけ確認したい。
「『好きだから』でもないんですか?」
たとえ得意じゃなくても高校生になってまで続けてきた理由として、その一言だけで十分納得できてしまう魔法の言葉。
これまで多くの人から辞めるよう進言されても尚突っぱねてきた動機として、これ以上のものはない。
「ううん」
でも、それすら月坂先輩は拒否した。
「好きになんてなれないよ」
あ……
そうか。そうだったのか。
ようやくわかった。
先輩は――――ソフトテニスを好きになりたかったんですね。
下手の横好きなんて言葉がある。思い通りにいかなくても心は躍るし上手くなくても楽しめる。それ自体は否定しないし、そういう人だって沢山いるだろう。
でも好きだからこそ結果を出せないと余計に悔しいもの。単に自尊心が傷付けられるだけじゃない。好きなことで結果を出せない惨めさは、時に楽しさを凌駕する。次第に結果を出せないかもしれないって不安が勝り、純粋に競技を楽しめなくなる。
そして競技そのものを嫌いになる。
そうやって辞めていった部員は何人もいた。
月坂先輩も、ずっと楽しめない日々を過ごしてきたに違いない。
「だったら、このままじゃ終われないですよね」
先輩は技術とメンタルの問題。
俺はモチベーション。
原因は違うけど、テニスを楽しめなくなってしまった者同士だ。
だったら、組むことに意味があるんじゃないか?
「混合ダブルスの大会なんて多分誰も注目しちゃくれないと思います。それでも、勝てば楽しいと思えますよ。今よりも上手くなって、その実感と結果が結びつけば……きっと好きになれます」
「……篠原君はそれでいいの?」
目標としては余りにも小さい。それは自覚してる。
でも今の俺たちには釣り合ってる。
ちょうどいいんだ。
「はい。一緒にソフトテニス、やりませんか?」
こんな恥ずかしい言葉が自分から出てくるとは夢にも思わなかった。シチュエーションに酔ってるキモい奴と思われたらどうしよう。
でも、これは熱だ。今の俺は熱に浮かされてる。だったらクサい言葉の一つや二つ、吐き出すくらいがちょうどいい。
「うん」
月坂先輩は、唇を微かに振わせながら俺の申し出を受け入れてくれた。
「私を……好きにさせてくれる?」
「えっ!?」
その誤解を招きそうな言葉に、思わず大声が出てしまった。
いやわかってるよ? ソフトテニスを好きにさせて、って言ったことくらい。けど先輩の口からこんな言葉が出てきたら、そりゃさあ……動悸ヤバいな。こりゃ顔も真っ赤だ。
正直言って、下心を持たずにいる自信は全然ない。けど一テニスプレーヤーとして、今日まで辞めず粘ってきた月坂先輩に少しでも良い思いをしてから競技人生を全うして欲しいって気持ちの方が今はずっと強い。
「最善を尽くします」
その答えが最善だったかはわからないけど――――
月坂先輩が、初めて俺の前で笑った。




