第12話 ちっぽけな非日常
唐突すぎた感は否めないけど、この閉塞感は多少強引なくらいじゃないと払拭できない気がする。
別にウチの学校のテニス部が悪い訳じゃない。不穏分子は俺たちの方だ。それなら俺たちが出て行く方が自然だよな。
「公園……って?」
「中垣内先生から貰った資料に書いてあった彩彩アスレティックパークって所です」
資料によるとテニスコートは三面もあるらしい。当日でもレンタル可。平日なら学生は一時間一〇〇円で貸してくれる。
他の部員の目を気にしなくてもいいし、ここを利用するのが一番平和だ。
部活中に学校から抜け出すこと自体は、大した問題じゃない。中学時代は毎日学校の外周をランニングしてたしな。その延長と思えばいい。
それに、混合ダブルスに関しては『ここでこういう練習をしろ』みたいな具体的な指示は一切受けていない。男子の顧問はそもそも姿も見せないし、中垣内先生にしても資料を渡してからは特に音沙汰なし。公式試合にさえ送り込めれば何でもいいんだろうな。
現状はよく言えば自由。でも実際にはほぼ放任……いや放逐だ。
でも俺たちまで投げやりになる必要はない訳で。お互いのプレーをちゃんと理解するには空いたコートが必要だし、それをしないうちに結論を出すのは違う気がする。
「今日何か決めるとか、上手いとか上手くないとか、そういうのは一旦置いときましょう。ポーンポーンって気楽な感じで打つだけ。どうですかね……?」
拒絶されるってことは、まずないと思う。テニスプレイヤーである以上は。
「……ん」
案の定、特に熟考することもなく先輩は頷いてくれた。
彩彩アスレティックパークは蒼月高校から徒歩20分の所にある、この街の人気スポット。緑豊かな公園で広大な芝生と煉瓦造りの散歩道がほのぼのとした雰囲気を生み出していて、平日にはペットの散歩コースにしている近隣住民が多く見られる。
リオに聞いた話によるとデートコースにしては幼稚すぎるって理由で、ここに連れて来る男子はゴミ扱いされるらしい。俺的にはショッピングモールをウロウロするより全然良いと思うんだけどな……
「全面空いてますね」
クラブハウスで借りた鍵を使って中に入ると、学校のコートとは全く異なる青色のハードコートが広がっていて思わず気分が高揚する。公式試合以外でハードコートを使う機会はほぼないからな。
ケースからラケットを取り出す手にも自然と躍動感が出ちゃうね。
「そのラケット……」
月坂先輩が話を振ってくるなんて珍しい。でも意外とは思わない。テニスプレイヤーはなんだかんだで他人のラケットが気になるからね。
「大分前に製造終わったやつですね」
思わず自慢したくなるこの愛用のラケットは、ヨネックスのBORON250。宇宙を思わせるような黒光りするカラーに、微かに青と紫が溶け合って神秘的な色合いになっている珠玉の一品だ。
ただし性能が優れているかと言われると、素直には頷き辛い。
ボロンシリーズはカーボン製のラケットで、AMCボロン繊維と複合した独特な素材が使用されている。その中で一番人気……というかダントツ人気だったのが初代モデルのBORON300。面の小ささが最大の特徴で、長細い形状と反発力の高さ、全体的な重量感など全体的に癖が強い。その分、他のラケットにない打球感があるため上級者向けのモデルとして定着しロングセラーモデルになっていたけど、次々と良質な新作が生まれていく中で流石に現役ではいられなくなり、一〇年くらい前に生産終了している。
それに対し、250はかなりマイナー寄り。300より軽めで柔らかく、操作性を向上させた中上級者向けモデルとして登場した……ものの面の小ささは変わらず結局癖の強いラケットに変わりないため、中途半端な位置付けとなってしまい早々に姿を消してしまった。
当然、これもかなり昔の物。でも保存環境が良かったみたいで今でも特に問題なく使える。
とはいえ中学時代の仲間からは不評で、とにかく扱い辛いと散々言われたもんだ。でも俺にとっては唯一無二の相棒。なんつっても最初の頃なんて学校に置いてあった木製の腐りかけラケットを使ってたからな……アレに比べりゃ遥かにマシ。あれは良い修行だった。
「オークションで?」
「いえ。知り合いの家にあったのを譲って貰ったんですよ」
このラケットは、来会の親父さんから譲り受けた物。親経由で俺がソフトテニスを始めたと知った親父さんが昔使っていた物をプレゼントしてくれたんだ。
まさに家族ぐるみのお付き合いってやつだ。ま、今は苗字で呼び合ってますけど。
「先輩はVOLTRAGE5バーサスですよね」
「これが一番ボレーしやすいから」
ってことは前衛か。
偶然なのか、最初から女子は前衛で男子が後衛って決めた上で候補を絞ったのかは知らないけど、ポジションを変える必要はないらしい。本音を言えばちょっと前衛もやってみたかったけど。
「グリップテープは何使ってます?」
「AC102」
え、あの高いの使ってんのか。羨ましいんだけど! 俺なんて103以外使ったことないのに……
「テンションはどれくらいですか?」
「26」
大分柔らかめだな。中学生の頃から変えてないのかも。
テンション――――ガットを張る強さはフィーリングに直結する。これを失敗したらまず上手くいかない。
ガット張りは学生が自力でやれるものじゃないから基本、張り替えを請け負っている店にやって貰うことになる。幸い対応店舗は結構多く、テニス専門店じゃない普通のスポーツ用品店でも取り扱っていることが多い。
ただし何処の店に任せるかはかなり重要だ。作業する店員次第ではいい加減な仕上がりになることもあるからな……マジで。ちゃんとテニスに精通している店長の所が絶対良い。
ラケットには性能の良し悪しなんてない。当然ラケット毎に特徴はあるし、重さも全然違う。でも『これを使えば試合に勝てるようになる』なんていう魔法のラケットは存在しない。その選手の傾向やポジション、フィーリングに合った特徴を持ったラケットかどうか、それだけだ。
テンションも同様。それでショットの威力が劇的に変わる訳じゃないけど、打球感や手応えはかなり違う。この感覚が狂うとプレーの質はガタガタになる。
もし俺が先輩のラケットを使ったら、最初のうちは全然狙い通りには打てないだろう。
さて、能書きはここまでにしよう。せっかく金出して借りたんだ。喋って時間を潰すのは勿体ない。
「あ、お金先に払っとくね」
「いいですよ。たった一〇〇円だし、俺が誘ったんですから」
「それはダメ。ちゃんとしないと」
月坂先輩は律儀な人だった。
真面目な性格なんだろうな。
だからこそ――――不安が伝わってくる。このコートに来てからずっと自信なさげな表情のままだ。失望させてしまうかも、って気持ちが滲み出ている。
俺も中一の頃はそうだったから、よくわかる。
でもそれは必ず払拭できる。打ち続ければ。
「それじゃ軽い感じで始めましょうか」
「……うん」
月坂先輩の声は明らかに揺らいでいた。




