第09話 青春ノックバック
資料として手渡されたのは、如何にもpdfファイルをコピーしただけって感じの紙が三枚。一枚目は混合ダブルスを推奨する理由、二枚目は大会概要。目を引くような記述は特にない。
三枚目はテニスコートのある公共施設の紹介か。高校の近くにも一つだけある。彩彩アスレティックパークっていう総合運動公園だ。
当たり前だけど、男子ソフトテニス部と女子ソフトテニス部は全く別の部活。混合ダブルスのペアが一組できたからといって合同練習をすることもないだろう。当然、試合を組むこともない。
つまり、俺と月坂先輩がダブルスを組んだ場合、全体練習ではペアで練習する機会がない。
それはこの郊外のテニスコートでやれって暗に示しているんだろう。
でも安いとはいえ有料なんだよな。移動にも時間かかるし。
そこまでして混合ダブルスをやる意味が果たしてあるんだろうか?
テニスを続けること自体に不満がある訳じゃない。狙ったショットが決まった時や前衛を綺麗に抜いた時の快感。接戦時のヒリヒリするような緊張感。試合で勝ったあの瞬間に得られる強烈なカタルシス。どれも言い様のない充足感をくれる。
ただ純粋に、頭の中を真っ白にして歓喜に浸れる唯一無二の時間だ。
特に団体戦は格別だったな。自分の所為でチームが負けたこともあったし、それは本当にしんどかったけど、拮抗した中でチームを勝たせることができた時の感動は他じゃ味わえない。
中学時代は本当に楽しかった。それはあの部の一員でいられたからだ。心からそう思う。
……だからこそ、ケジメはつけなきゃな。
あの頃の幻影を今に押しつけちゃダメだ。もうあの時と同じような感動は味わえない。
もう、二度と戻ってこないんだから。
そんなことを考えながら、資料を机の引き出しに仕舞ってそのまま突っ伏す。
面倒なことになったって気持ちはある。かなり強くある。
でも心の何処かで、辞めない選択肢が生まれたことに対する安堵もある。
どっちも本音だ。
俺は……どうすべきなんだろう。今はまだ答えが見えない。
尚、天和からは『それくらい自分で聞け』とだけ返ってきた。
「で結局、組むの? 組まんの?」
翌日の昼休み、リオと理久が同時に詰めてきた。
視界の両サイドがこの二人で埋め尽くされるとつくづく思う。うん。やっぱ双子だわこいつら。
「つーかそれ以前にテニス続けんの? 辞めるんじゃなかったのかよ?」
「……わからん。どうしたらいいのかわからなくなった」
理久の言うように、もう九割方辞めるつもりだった。俺が楽しいと思っていたのは中学時代のメンバーでやっていたソフトテニス部の空気感であって、ソフトテニス自体には大して愛着もないんじゃないかと。
特定の誰かと組んでいた訳でもないし、迷惑をかける相手もいない。親しい仲間も誰一人いない。後ろ髪なんて引かれようもない。
でも混合ダブルスに回ったことで、俺の境遇は俺自身だけの問題じゃなくなってしまった。
もし俺が辞めたら、別の男子が混合ダブルスに回ることになるんだろうか。それとも俺以外に誰もやりたがらず混合ダブルスでの大会参加自体がなくなってしまうんだろうか。
そういう不確定要素ばかりになってしまったことで、決意も自然と揺らいでしまう。俺の所為で他の部員に迷惑をかけるのだけは避けたい。
「いいじゃねーか続ければ。つか続けない選択いる? 月坂結衣菜ってあのメッッッッッッッッッッッッチャ美人の先輩だろ? そんな人とお近づきになれるチャンスを自分で手放すとかイミフ過ぎて吐きそうなんだけど。馬鹿じゃねーの? なあ」
イミフって久々に聞いたな。相変わらず死語が好きだな理久は。あと異性に飢えすぎだろ。
そういやこの学校、女子柔道部ないんだったっけ。普段からパンプアップした男共に囲まれて汗の臭いと男性フェロモンにまみれた環境で生活してると心が真逆のものを求めるんだろうな。なんかちょっと腹立ってきた。
「お前さ、簡単に言うなよ。お前なら月坂先輩と並んでも結構収まり良いかもしれないけど、俺が先輩と並ぶとマジで悲惨なんだから」
「きゃははははは! そんなこと考えてダブルスって組むん?」
リオの笑い声はやたら目立つ。今も教室中が一瞬こっちを見た気がする。
「いーじゃんね、別に見劣りしても。てかさ、見た目の格差気にしてる時点で恋愛対象として見てるよね」
「それはない」
先輩ってだけでも十分ハードル高いのに、ファンクラブできるレベルの美人だぞ? 画像一枚Xに漂流するだけで万バズ確実だぞ? そんな別次元の存在に恋とか愛とか想像もできない。それこそ女優とかトップアイドルに惚れるようなもんだ。あり得ないだろ。
「何スカしてんだよ馬鹿! 恋しろって! こんなチャンスなんてマジ二度とないんだからさ!」
理久、顔が近い……お前の濃いフェイス間近で見ると脳がバグるんだよ。
大体、そんなこと言われてもなあ。こっちは恋愛どころじゃないんだよ本当に。
そりゃ俺だって、あんな綺麗な先輩とそこそこ長時間会話できるなんて役得だと思ってるよ? 万が一、那由多が一そういう関係になれたら……なんて妄想をできるシチュエーションを体験できただけでも最高に幸せだよ。
でも俺たちは妄想の世界で生き続ける訳にはいかない。現実を見なきゃいけない。
ないじゃん。月坂先輩と付き合う未来なんて俺には。
宝くじは当たらない。ソフトテニスのプロにはなれない。
それが凡人の現実だし、俺の身の丈ってやつだ。
叶わない夢を見て、そのまま誰にも迷惑かけることなく一生夢を見続けるなら、それはそれで一つの人生だ。そういう生き方もアリだろうさ。でも俺はそんな生き方ゴメンだ。凡人だって幸せを掴める。そのためには堅実に生きるのが一番だ。
ユメはいつか消える。俺はそれを知ってるんだから。
「でもま、タクらしーよね」
呆れたようにリオが呟く。悟ったような顔で。
「タクってさ、『なんとなく』で始めないタイプじゃん? つか、きっかけがないと何もできない奴じゃん?」
「お、おお」
リオの俺への解像度高くてビビる。まあこいつ、理久と違って色んなことに鋭いからな。
「だから、こういうわかりやすいきっかけは大事にしないと。またボーッとしてる内に離れてっちゃうよ?」
確かに俺は恋愛に対して消極的だとは思う。幼なじみも女友達も後輩も、たった一日で恋愛圏外になってしまった。
でもそれは、これから生まれるかもしれない自分の恋愛感情を雑に扱っていい理由にはならない。リオはそう言いたいんだろう。
……と思う。多分。




