第34話 奇妙な二人の放課後
あと5話で一度完結となります!
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二学期が始まって数日。
教室の勢力図は、私の知らないところで勝手に塗り替わっていたらしい。
「あーあ、リナちゃん今日もガリ勉モード? つまんないのー」
「黒髪とかマジで似合わないし。何目指してんの? キャラ変痛々しいんだけど」
休み時間。かつての取り巻きだった女子たちが、私の席の近くで聞こえよがしに陰口を叩く。
以前の私なら、仲間外れにされる恐怖でパニックになっていただろう。必死に愛想笑いをして、「そんなことないよー!」と機嫌を取っていたはずだ。
でも、今は違う。
「……うるさいな。単語が頭に入らないんだけど」
私は冷たく言い放ち、耳にイヤホンを突っ込んだ。
彼女たちの「承認」なんて、もう必要ない。
群れて、他人の悪口で盛り上がって、安心しているだけの関係。そんなものがどれだけ脆いか、私は身をもって知ったから。
トントン、と肩を控えめに叩かれる。
イヤホンを外して振り返ると、分厚い眼鏡をかけた小柄な少女――橘結衣が立っていた。
「……リナちゃん。これ、昨日言ってた化学のノートのコピーです」
「あ、ありがと。……助かる」
私がノートを受け取ると、ゆいはふわりと柔らかく笑った。
「いえ。その代わり、放課後は英語の長文読解、コツを教えてくださいね? リナちゃん、発音すごく綺麗だから」
「うん、任せて。……サンキュ」
クラスの隅と隅。派手な元ギャルと、地味なガリ勉眼鏡。
接点なんてあるはずのない私たちがこうして話しているのを、クラスメイトたちは奇妙な生き物を見るような目で見ている。
「落ちぶれた者同士が傷を舐め合ってる」とでも思っているのだろう。
勝手に言ってればいい。
私は今、この奇妙な関係が、案外嫌いじゃなかった。
***
放課後。
いつものように図書室で勉強を終えた後、私はゆいに声をかけた。
「ねえ、ゆい。この後、時間ある?」
「え? はい、今日は塾がない日なので大丈夫ですけど……」
「じゃあ、ちょっと付き合って。……勉強ばっかりじゃ息が詰まるし、お礼もしたいから」
私はゆいの手を引き、強引に学校を出た。
向かった先は、駅前のゲームセンターだ。
「え、ええっ!? ゲ、ゲーセンですか!?」
入り口の騒がしい電子音と、きらびやかな照明に、ゆいがビクリと身を縮こまらせた。
まるで猛獣の檻に放り込まれた小動物みたいだ。
「ちょ、リナちゃん! 私、こういう場所あんまり……というか、初めてで!」
「初めて? 嘘でしょ、プリクラとか撮ったことないの?」
「ありません! だって、お母さんが『不良の溜まり場だから近づくな』って……」
「いつの時代の話よ。……ほら、行くよ」
私は怯えるゆいの背中を押し、店の中へと進んでいった。
かつての私にとって、ここはホームグラウンドだった。
でも、黒髪で地味な格好になった今、ここに来ると少しだけ浮いている気がする。
それでも、隣にオドオドした眼鏡っ子がいるおかげで、なんだか妙な度胸が湧いてきた。
「まずは基本ね。……これ、やってみなよ」
私が指差したのは、エアホッケーの台だ。
ルールは簡単。パックを打ち合って、相手のゴールに入れるだけ。
「え、えっと……入射角と反射角を計算して……」
「勉強じゃないんだから計算しなくていいの! 来たやつを打ち返す! それだけ!」
「は、はいっ!」
カコッ、カコッ、とパックが行き交う。
最初はへっぴり腰だったゆいだが、意外と動体視力がいいのか、徐々にラリーが続くようになってきた。
「そうそう! いけっ!」
「わっ、速い……えいっ!」
カンッ! と鋭い音がして、ゆいの打ったパックが私のゴールに吸い込まれた。
「やった……! 入りました! リナちゃん、入りましたよ!」
「やるじゃん。……ふふ、意外と負けず嫌い?」
「むぅ、手加減なしでお願いします!」
眼鏡をズレさせながら、本気で悔しがり、本気で喜ぶゆい。
その顔を見ていたら、私まで楽しくなってきた。
柏木と付き合っていた頃、ここに来たことはあった。でも、あの時は「彼氏に可愛く見られること」ばかり気にして、ゲームそのものを楽しんでいなかった気がする。
でも今は、ただ純粋に楽しい。
汗をかいて、声を上げて、笑い合っている。
その後も、私たちはUFOキャッチャーでお揃いのキーホルダーを取ったり(私が三千円使って意地で取った)、マリオカートで対戦したりして遊び倒した。
「はぁ、はぁ……た、楽しかったです……!」
店の外に出た頃には、すっかり日が暮れていた。
ゆいは乱れた三つ編みを直しながら、頬を紅潮させていた。
「私、こんなに遊んだの初めてです。……ゲーセンって、怖い場所じゃないんですね」
「でしょ? 食わず嫌いしてただけで、案外悪くないのよ」
「はい! リナちゃんのおかげです。……リナちゃんは、遊びの天才ですね!」
キラキラした瞳で尊敬の眼差しを向けてくるゆい。
私は思わず顔を背けた。
「……別に。昔取った杵柄ってやつよ。今はもう、ただのガリ勉だし」
「ふふ、でも私は今のリナちゃんの方が好きですよ」
ゆいはニッコリと笑った。
「だって、今のリナちゃんは、私みたいな地味な子にも、ちゃんと向き合ってくれますから」
――ドキリとした。
その言葉は、私の胸の奥にある、古傷の蓋をこじ開けた。
「……ゆい」
「はい?」
「私ね……あんたのこと、誤解してた」
私は夕焼け空を見上げながら、ポツリと漏らした。
「一ヶ月前の私だったら、あんたのこと『勉強好きな陰キャ』だって見下して、話しかけようともしなかったと思う。……住む世界が違うって、勝手に壁を作ってた」
「……」
「私、中身なんて見てなかったのよ。服とか、順位とか、彼氏のスペックとか……そういう『外側』しか見てなかった。だから、全部失ったの」
268位。彼氏なし。友達なし。
あのどん底に落ちたからこそ、私は初めて「人の本質」に目を向けることができた。
地味で大人しいと思っていたゆいが、実は負けず嫌いで、優しくて、一緒にいて楽しい子だと知ることができた。
もし、私がカースト上位のままで、柏木と付き合い続けていたら。
私は一生、ゆいと友達になることはなかっただろう。
上辺だけの取り巻きと、空虚な会話を続けていただけだ。
「……きっかけ、だったのかな」
脳裏に、あの少年の顔が浮かぶ。
柏木湊。
私を甘やかし、そして残酷なまでに突き放した元カレ。
(……感謝はしないわよ、柏木)
私は心の中で、彼に向かって毒づいた。
(あんたのせいで、私は恥をかいて、プライドもズタズタにされたんだから。一生恨んでやるわ)
でも。
(だけど……あんたがあの時、私を捨ててくれなかったら。私は一生、本当の友達を作ることもできず、自分の足で立つこともできない、空っぽな人形のままだった)
ゆいが隣で、「また来ましょうね、リナちゃん!」と無邪気に笑っている。
その笑顔を見ていると、柏木への未練や執着が、不思議と薄れていくのがわかった。
「……ふん。まあ、あいつのおかげで、私は少しだけマシな人間になれたのかもね」
「え? 何か言いました?」
「なーんでもない! ほら、帰るよゆい。明日の小テストの範囲、まだ覚えてないんでしょ?」
「ああっ、そうでした! 帰りながら問題出し合いっこしましょう!」
私たちは並んで歩き出した。
繋いだ手はないけれど、そこには確かな絆があった。
私はもう、誰かの「飾り」じゃない。
愛川リナという一人の人間として、これからの季節を生きていくのだ。
――見てなさいよ、柏木、如月。
次の夏休み明けテスト、あんたたちの度肝を抜く順位を叩き出してやるんだから。




