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学年トップの俺を捨てた元カノが、追試で留年の危機らしい。俺は不登校だった美少女の家庭教師を頼まれて忙しいので、復縁は不可能です。  作者: こうと


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第21話 布団の中の二人だけの世界

 ドーン!


 また一つ、腹に響くような雷鳴が轟いた。


「ひゃうっ!」

「……おい、待て!」


 短い悲鳴と共に、如月が俺の布団の中に滑り込んできた。

 制止する間もなかった。

 彼女は俺の背中にぴたりと張り付き、パジャマ越しに腕を回してしがみついてきた。


「ちょ、如月! 狭いし、近い!」

「だめ……離れないで……!」


 彼女の声は切羽詰まっていた。

 背中に伝わる彼女の体は、小刻みに震えている。

 演技? いや、この震え方は本物だ。普段はあんなに凛としている彼女が、雷一つでここまで怯えるとは。


(……追い出せるわけがない)


 怯える生徒を冷たく突き放すなんて、教師として――いや、男としてできるはずがない。

 俺は覚悟を決め、大きく息を吐いた。


「……わかった。雷が止むまでだぞ」

「うん……ありがとう、先生」


 許しを得た彼女は、安堵の息を漏らすと、さらに強く俺に密着してきた。

 薄い布一枚を隔てただけの背中から、彼女の体温が、柔らかさが、そして鼓動が、生々しく伝わってくる。

 お風呂上がりの甘いフローラルの香りが布団の中に充満し、俺の思考回路を麻痺させていく。


(……落ち着け、柏木湊。これは避難誘導だ。災害救助だ。やましい気持ちなど微塵もない)


 俺は必死に自分に言い聞かせ、体を硬くして動かないように努めた。

 だが、背後の「爆弾」は容赦がない。


「……先生の背中、大きいね」

「お前が小さいだけだ」

「あったかい……。先生の匂いがして、すごく落ち着く」

「この服お前ん家のやつだろ?」

「えへへ」


 如月は俺の背中に顔を埋め、スゥーッと深呼吸をした。

 やめてくれ。その吐息が背筋にかかって、ゾクゾクするんだ。


「ねえ、先生」

「……なんだ」

「先生の心臓、すごい音してる。背中まで響いてるよ?」

「……うるさい。雷の音と勘違いしてるんだろ」

「ふふ。私の心臓もね、うるさいの」


 彼女は腕に力を込め、俺を逃さないとばかりに抱きしめた。


「……雷のせいだけじゃ、ないけどね」


 意味深な囁きが、耳元をくすぐる。

 俺の理性が、キシキシと音を立てて悲鳴を上げた。

 勘違いするな。これは吊り橋効果だ。彼女は今、極限状態だから俺に縋っているだけだ。俺個人への好意とは別物だ。

 そう分析しなければ、俺はこのまま振り返って彼女を抱きしめてしまいそうになる。


 バリバリバリッ――!!


 その時、これまでで一番大きな落雷があった。

 窓ガラスがビリビリと振動するほどの衝撃。


「きゃあっ――!」


 ことねが悲鳴を上げ、反射的に俺の体を求めた。

 俺もまた、反射的に動いてしまっていた。

 彼女を守ろうと、布団の中で寝返りを打ち、彼女の体を正面から抱き留めたのだ。


「――っ」


 世界が止まった気がした。

 薄暗い部屋。布団の中。

 俺の腕の中には、震える如月がいる。

 見下ろせば、すぐそこに彼女の顔があった。

 涙で濡れた長い睫毛。潤んだ瞳。少し開いた唇。

 互いの吐息がかかるほどの距離。


「……大丈夫か?」

「……うん」


 如月は俺の胸元をギュッと握りしめ、上目遣いで俺を見つめた。


「先生が守ってくれたから……怖くない」

「そうか。……なら、よかった」


 離れなければいけない。

 そう頭ではわかっているのに、体が動かない。

 彼女の瞳が、俺を吸い寄せるように見つめているからだ。


「先生」

「……ん」

「私ね、先生がいれば、もう何も怖くないよ」


 彼女の手が、俺の頬に触れる。

 冷たくて、優しい手。


「学校も、雷も、未来も……先生が隣にいてくれるなら、全部平気なの」

「……買い被りすぎだ」

「ううん。先生は私の避難所シェルターだもん。……絶対、出て行ってあげないから」


 それは独り言のような、しかし確固たる独占宣言だった。

 彼女の瞳に宿る光は、雷光よりも強く、俺を縛り付けていた。


 俺は何も言えず、ただ彼女の頭を不器用に撫でることしかできなかった。

 心地よい沈黙が落ちる。

 外の嵐なんて、もうどうでもよかった。

 この布団の中だけが、世界の全てだった。





 ***





 翌朝。

 小鳥のさえずりで目が覚めた。

 台風は嘘のように去り、カーテンの隙間からは眩しい朝日が差し込んでいる。


「……んぅ」


 胸元で気配がした。

 見ると、如月が俺のパジャマを握りしめたまま、すやすやと眠っていた。

 無防備な寝顔。長い睫毛が影を落としている。

 結局、彼女は朝まで俺の腕の中から離れなかった。


(……俺は一睡もできなかったけどな)


 目の下に隈を作った俺は、苦笑しながら彼女の髪をそっと撫でた。

 不思議と、眠気よりも幸福感が勝っていた。


 この「お泊まり」という一線を超えたイベントによって、俺たちの関係は、もはや「教師と生徒」という枠組みでは説明できないところまで来てしまっていた。


 俺が如月を起こさないように身じろぎしていると、枕元のスマホがブブッと震えた。

 お母さんからか? と思って画面を見る。


 ――表示された名前に、俺の幸福感は一瞬で冷え込んだ。


『愛川リナ』


 画面には、元カノの名前が表示されていた。

 しかも、不在着信の通知が十件以上溜まっている。

 俺たちが甘い夜を過ごしている間に、一体何があったのか。


 嵐は去ったはずだった。

 だが、俺のスマホの中では、別のドロドロとした嵐が吹き荒れようとしていた。

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