第17話 デートの約束
一学期の終業式。
校長先生の長い話が終わり、教室に戻ってきた生徒たちは解放感に満ち溢れていた。
明日からは夏休み。約三十日間の自由な時間が約束されている。
「柏木、お前夏休みどうすんの? また引きこもって勉強か?」
「失礼な。……まあ、受験生になる前の基礎固めはするつもりだけどな」
「ブレねえなぁ。ま、熱中症には気をつけろよ」
悪友の藤堂が鞄を肩にかけ、ひらひらと手を振って帰っていく。
俺も帰ろうと荷物をまとめていると、隣の席から、じーっと熱い視線を感じた。
如月ことねだ。
彼女は頬杖をつき、上目遣いで俺を見つめている。その瞳はどこか恨めしそうだ。
「……どうした、如月。通知表の成績、良かっただろ?」
「うん。体育以外はは全部テストで挽回したって感じだった。先生のおかげ」
「ならもっと喜べよ」
「喜べないよ……」
如月はむぅ、と頬を膨らませ、机の下で俺の制服の裾をギュッと掴んだ。
「だって、明日から夏休みだよ?」
「ああ。学生の本分たる長期休暇だな」
「学校がないってことは……先生に会える時間が減っちゃうってことじゃん」
彼女は深刻な顔で言った。
不登校だった彼女にとって、学校は「先生(俺)に会える場所」になっていた。それがなくなることは死活問題らしい。
「ここ最近はほぼ毎日会えたのに……。夏休みになったら、家庭教師の時間しか会えない。一日二十四時間のうち、たったの二時間……残りの二十二時間は『先生不足』で干からびちゃう」
「サボテンかお前は」
俺は苦笑した。
相変わらずの依存っぷりだ。だが、ここまで慕われて悪い気はしない。
「それに、夏休み中は宿題もいっぱい出るし、一人じゃ不安なの。……ねえ、先生。夏休みも毎日来て? 朝から晩まで」
「い、いや。流石に毎日は無理だぞ。俺にも予定があるし、お前の親御さんにも迷惑がかかる」
「迷惑じゃないもん! ママも『柏木くんなら住み込みでも歓迎よ』って言ってたもん!」
「お母さんまで……」
……外堀が埋められつつある。
だが、さすがに毎日入り浸るのは、家庭教師の範疇を超えている気がする。けじめは大事だ。
「毎日は無理だが……そうだな。週3回に増やそうか。『夏期特別講習』って名目で」
「えっ、ほんと!?」
「ああ。それに、二学期からはもっと応用問題が増える。新しい参考書も必要になるな」
俺がそう言うと、如月がパッと顔を輝かせた。
「参考書! 買いに行く! 私、先生と買いに行きたい!」
「ん、まあ俺が選んだ方が確実か」
「行こう行こう! いつにする? 明日は? 明後日は?」
如月が身を乗り出してくる。
その勢いに押され、俺はスケジュール帳を確認した。
「明日は空いてるな。じゃあ、駅前の大型書店に行くか」
「やったぁ! ……それって、デートだよね?」
「買い出しだ」
「ふふ、私にとってはデートだもん。……楽しみ。何着ていこうかなぁ」
如月は嬉しそうに体を揺らし、俺の手を両手で包み込んだ。
その顔があまりにも可愛くて、俺は「買い出しだ」ともう一度否定する気力を失ってしまった。
まあいいか。可愛い生徒のモチベーションが上がるなら。
「じゃあ明日、10時に駅前の時計塔の下で待ち合わせな」
「うん! 絶対遅れないで行くね!」
俺たちは約束を交わし、教室を後にした。
明日の予定が決まっただけで、俺の足取りも自然と軽くなっていた。
――だが。
俺たちは気づいていなかった。
教室の後ろで、掃除用具ロッカーの陰から、じっとこちらを伺っている人影があったことに。
「……明日、10時。駅前ね」
愛川リナは、スマホのカレンダーに素早くメモを打ち込んだ。
その口元には、獲物を見つけた肉食獣のような笑みが浮かんでいた。
「チャンス到来。……待っててね柏木。そのデート、私がもっと『楽しく』してあげるから」
的外れな作戦を胸に秘め、元カノもまた、夏休みの戦場へと向かう決意を固めていた。




