第14話 悪友はひとりごつ
俺、藤堂瞬は、教室の片隅で紙パックのコーヒーを啜りながら、深いため息をついた。
「……いや、おかしいだろ」
視線の先には、窓際の席。
我がクラスの話題の中心、柏木湊と、復活の美少女・如月ことねがいる。
テスト期間中の昼休み。勉強するのは勝手だ。
だが、あいつらの周りだけ重力が歪んでいるというか、透明な壁(ATフィールド)が展開されているというか……とにかく、異質さが際立っていた。
「ここ、また間違えてるぞ」
「むぅ……ごめんなさい、先生」
「謝らなくていい。できるようになればいいんだ」
柏木が赤ペンでノートを指し示す。
そこまではいい。問題は、その手だ。
柏木は右手でペンを走らせているが、空いている左手は机の下にある。
そして、その左手は――隣に座る如月の両手によって、ガッチリと包み込まれ、握りしめられていた。
まるで、少しでも手を離せば柏木が消えてしまうとでも言うように、指を絡ませ、愛おしそうに撫でている。
しかも、二人の椅子の距離が近すぎる。肩と肩が触れ合う、そんな距離。
周囲の男子連中が「うわぁ……」「爆発しろ」と怨嗟の声を上げているが、当の柏木は涼しい顔で解説を続けている。
(……柏木の野郎、アレで無自覚なのか?)
俺は呆れて、二人の席に近づいた。
「よう、バカップル。公開イチャイチャプレイも大概にしとけよ」
俺が声をかけると、柏木がキョトンとした顔で振り返った。
「イチャイチャ? 何を言ってるんだ藤堂。俺たちは真剣に物理の補習をしてるんだが」
「あのな……机の下でガッツリ手を繋ぎながら何言ってんだ。手汗でノート湿るぞ」
俺が指摘すると、如月がゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、柏木に向けているトロトロに甘いものとは違い、無機質で冷ややかなものだった。
「……充電中」
「は?」
「先生成分を補給しないと、脳が働かないから……。邪魔しないで」
如月はボソリと言うと、柏木の手をさらに強く握り直し、自分の頬にスリスリと寄せた。
おいおい、完全に自分の所有物扱いじゃねーか。
だが、さらに恐ろしいのは柏木の反応だ。
「悪いな藤堂。こいつ、昔のトラウマで不安が強いらしくてな。こうして誰かと繋がっていると落ち着くみたいなんだ」
「……お前、それを本気で言ってるのか?」
「? ああ。一種のアース(接地)みたいなもんだろ。精神的に安定して勉強効率が上がるなら、左手くらい安いもんだ」
「なんだその地味に物理の知識絡めてくる感じ」
柏木は至って真面目な顔で言いきった。
こいつも大概バグってる。
『勉強』というフィルターを通せば、美少女からの過剰なスキンシップも「効率化の手段」として処理してしまうらしい。
(……どっちもどっちか)
如月ことねは、柏木への愛が重すぎて依存しているヤンデレ予備軍。
柏木湊は、自己評価が低すぎて好意をバグと認識するキチガイ。
混ぜるな危険。だが、奇跡的なバランスで噛み合ってしまっている。
ふと、教室の後方を見る。
そこには、愛川リナが一人で机に突っ伏していた。
取り巻きも離れ、彼氏の長谷川とも険悪。かつて柏木を「便利な道具」として使い潰していた女王様の末路だ。
あの頃の柏木は、いつも死んだような目をしていた。
「リナのためだから」と言い聞かせながら、すり減っていくのが傍目にもわかった。
それに比べて、今はどうだ。
「よし、この問題解けたな。如月、偉いぞ」
「えへへ……先生、褒めて?」
「はいはい」
繋がれていない方の手で、柏木が如月の頭をポンポンと撫でる。
その横顔は、呆れているようでいて、どこか満たされているように見えた。
誰かに必要とされ、誰かを導くこと。それが今のあいつの生きる活力になっているのは間違いない。
(……まあ、あいつが楽しそうなら、いっか)
たとえその相手が、若干愛の重い依存症ガールだとしても。
あのクソみたいな元カノに搾取されるよりは、一億倍マシだ。
「はいはい、ご馳走さん。邪魔して悪かったな」
俺は肩をすくめ、自分の席へと戻ることにした。
「あ、藤堂」
背後から柏木が声をかけてきた。
「今日の放課後、また図書室で勉強するけど、お前も来るか?」
「遠慮しとくわ。お前らの間の『濃密な空気』に当てられて窒息死したくねーからな」
手を振って断ると、如月が勝ち誇ったように俺を見つめ、柏木の手をさらに自分の胸元へ引き寄せたのが見えた。
『先生は渡さない』という無言の圧。
さて、来週のテスト結果発表が楽しみだ。
あの二人が叩き出すであろうとんでもない『数字』が、この教室の勢力図をどう塗り替えるのか。
特等席で見物させてもらうとしよう。




