第13話 期末テスト前日
期末テスト前日。
教室の空気は張り詰めていた。特に、赤点候補者たちの席周辺は悲壮感が漂っている。
その筆頭である愛川リナは、休み時間になるたびに周囲に当たり散らしていた。
「あーもう、わかんない! なんでこんな問題出すわけ!? 教師の性格歪んでんじゃないの!?」
バン、と机を叩く音。
長谷川は部活の朝練疲れで寝ており、取り巻きの女子たちもリナの剣幕に引いている。
頼みの綱だった俺を切り捨てたツケが、ここに来て最大利子となって彼女に襲いかかっていた。
一方、俺の席。
「……先生。この世界史の年号、語呂合わせ作ったの。聞いて?」
「お、いいな。言ってみろ」
「『イチゴパンツで本能寺』」
「……1582年か。まあ覚えやすいけど、お前なぁ」
如月ことねは「へへへ」と笑いながら、俺の袖を摘んで揺らしている。
余裕だ。
この一週間、俺のスパルタ指導に食らいついてきた成果が出ている。基礎は完璧、応用もほぼ網羅した。今の彼女なら、学年上位も狙えるレベルだ。
そんな俺たちの様子を見て、リナがカツカツと足音を荒らげて近づいてきた。
その目は血走り、明らかに情緒不安定だ。
「……ねえ。ちょっといい加減にしてよ」
リナが俺たちの机の前に立ち塞がった。
「なんだ? 今は最後の追い込み中なんだが」
「余裕ぶっちゃってさ……。ねえ柏木、あんた如月さんに『何』を渡したの?」
「は?」
「とぼけないでよ! 不登校だった子が、たった一週間で授業についていけるわけないじゃん! あんた、テストの問題盗んだんでしょ!?」
教室が静まり返った。
とんでもない言いがかりだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに、俺は呆れて溜息が出た。
「……何を言うかと思えば。俺が職員室に忍び込んだとでも?」
「だってそうじゃなきゃおかしいでしょ! あんた、冴島先生のお気に入りだし! 如月さんの点数を上げるために、裏で手を回して化学に限らず他のテストの答えも横流ししてるに決まってる!」
リナの声は大きかった。
焦りと嫉妬で正常な判断ができなくなっているのだろう。「自分が理解できない成果」を「不正」と決めつけることで、精神の安定を図ろうとしている。浅ましいにも程がある。
「訂正しろ。それは俺だけじゃなく、必死に努力した如月への侮辱だ」
「努力? はっ、笑わせないでよ。要領の悪いあの子ができるわけ――」
「――おい」
その時、教室の温度が氷点下まで下がった気がした。
そういったのは俺――ではなく隣に座っていた如月だった。
いつも俺に向ける甘い瞳ではない。ゴミを見るような、冷徹な瞳だ。
「先生を、侮辱しないで」
静かだが、よく通る声だった。
あの如月がこんな風になるなんて思いもしなかった。
「私が馬鹿にされるのは慣れてるからどうでもいい。でも、先生の指導を『不正』呼ばわりすることは許さない」
「な、何よ……実際そうじゃなきゃ説明つかないでしょ!」
「説明ならできるよ。今ここで」
如月はそう言うと、リナの手からくしゃくしゃになった数学のプリントをひったくった。
それは昨日の授業で配られた、難問プリントだ。リナの回答欄は白紙のままである。
「この問題の解き方がわからないから、イライラしてるんでしょ?」
「っ……返してよ!」
「見てて」
如月は俺のペンを借りると、プリントの裏面にさらさらと数式を書き始めた。
迷いがない。
美しい文字で、計算式が組み上げられていく。
「定義域がここだから、場合分けは三つ。それぞれについて最大値を求めると……こうなる」
わずか一分と少し。
如月はペンを置き、プリントをリナ突き返した。
そこには、模範解答よりもエレガントな解法が記されていた。
「……嘘」
リナが絶句する。
周囲で見ていたクラスメイトたちからも「うわ、すげぇ」「ガチで解いてる……」と感嘆の声が漏れる。
「不正なんて必要ない。先生の教え方が『魔法』みたいに分かりやすいだけだから」
如月は勝ち誇ったように胸を張った。
その姿は、あまりにも堂々としていて、美しかった。
「騒がしいな、何事だ」
そこへ、タイミングよく冴島先生が教室に入ってきた。
リナがビクリと肩を震わせる。
「あ、愛川。お前、なんかさっき『柏木が問題を盗んだ』とか言ってなかったか?」
先生は冷ややかな目でリナを見下ろした。
全て聞こえていたらしい。
「そ、それは……その……」
「馬鹿を言うな。私がセキュリティ管理を怠ると思うか? それはほかの先生もいっしょだ。それとも、柏木がそんなリスクを冒す人間に見えるか?」
先生は呆れたように首を振った。
「愛川。他人を貶める暇があったら、単語の一つでも覚えたらどうだ。……今のままだと、お前の期末テストの結果は『悲劇』にしかならんぞ」
教師からの最後通告。
リナは顔を真っ赤にして、涙目で自分の席へと逃げ帰っていった。
完全な敗走だ。
***
HR終了後。
俺は如月に小声で話しかけた。
「……ありがとな、如月。怒ってくれて」
「ううん。当然のことだもん」
如月はふにゃりと笑い、机の下で俺の手をぎゅっと握った。
「先生はすごいんだよ。世界一の家庭教師なんだよ。……それを証明するのは、私の役目だから」
彼女の瞳には、揺るぎない信頼があった。
俺は照れ隠しに視線を逸らした。
(……証明、か)
そうだな。
言葉で言い返す必要はない。
期末テストで、圧倒的な「数字」を叩き出せば、それで全てが決着する。
俺は握り返された手の温もりを感じながら、勝利を確信していた。
リナの自滅は確定した。あとは、俺たちがどこまで高く飛べるかだ。
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