こだわりはない
――翌日。いつもジョゼフィーヌ先生に習っている通りの礼儀作法を一通りお父様やテノールさんの前で披露すれば、二人から合格点を貰えたのだった。
スレイさんのご実家に招待される事になった為、新しいドレスが必要だとお父様に言われ、お昼になると二人で街へやって来た。馬車を使うという発想がないお父様は、私を抱っこするなり転移魔法であっという間に移動した。
「ふむ……」
「どうしたの?」
何時下ろしてくれるのかと待っていたら、何やら悩みだしたお父様に「決めた。このままブティックに行く」と決められてしまい抗議した。
「歩きたい!」
「職員の子持ちが言っていたんだがな、子供はあっという間に大きくなるから、小さい内にしか出来ない触れ合いをするべきなんだと」
それが抱っこ?
「日々成長しているお前をこうやって抱っこ出来るのもあと少しだけだろうからな。出来る内はさせて。な?」
「うう……」
ちょっとだけ黒眼鏡をずらして見えた瞳は寂しそうに見えてしまう。抱っこをされるのは大好きな私としてはお父様の言葉に拒否を突き付ける考えは霧散してしまい……ギュッと抱き付いた。これが答えだとお父様が判断し、目的のブティックを目指して歩き始めた。
観光客や平民が大勢いる中心街にも貴族御用達の店は多く存在する。今回は貴族街ではなく中心街へと足を運んだのは、お祖母様の代から懇意にしているブティックに行く為だ。
「お前が着ている服や今まで着ていた服は、全部そこのブティックに頼んで作らせたものなんだ」
「特注品だったの?」
てっきり、既製品だと思っていた。
「既製品でも何でも良かったんだがな。オーナーにお前の服を用意してくれと肖像画を渡したら、マルティーナ専用のデザインを幾つも作ってしまったんだ」
「そうなんだ」
「今回もお前専用のデザインでドレスを作らせる。もしも希望があったら言えばいい」
「うん」
どんなお店なのか、オーナーはどんな人なのか楽しみ。
途中寄り道をしつつブティックに到着し、お父様に降ろされた私は手を繋いでお店に入った。分厚い扉を開けたお父様に続いて入店したら、一人の女性が待っていた。
「お待ちしておりました、ルチアーノ様」
「ああ」
顔を上げた女性は明るい茶髪を後ろに一つに纏め、穏やかな色を携えた水色の瞳と下唇の黒子が魅力的に見えてしまう。
お父様に背を押された私は緊張しながらも女性に挨拶をした。
「は、初めまして。マルティーナ=デイヴィスです」
「初めまして、マルティーナお嬢様。オーナーのリコリスでございます。お嬢様のドレスをデザインするようルチアーノ様より仰せつかっております。本日はよろしくお願い致します」
良かった。ちゃんと挨拶出来た。
「リコリス。マルティーナはおれや屋敷にいる人間以外と殆ど会ったことがない。多少人見知りするだろうがあまり気にしないでくれ」
「分かりました。マルティーナお嬢様、気を張らずリラックスしてくださいね」
「はいっ」
深呼吸を三回したけど駄目だった。返事をした声が緊張してたもん。「此方です」とリコリスさんに奥へ案内されたのは来客用の部屋。二つのソファーがテーブルを間に挟んで置かれたシンプルな部屋だけれど、白を基調としている為清潔感があって落ち着く。ソファーに座る際、お父様に膝の上に乗せられる。隣に移ろうとしてもお腹に回った腕の強さに早々に諦めた。
全く気にしていないリコリスさんは、テーブルにノートと羽ペンを用意した。
「早速ですがドレスの作成に入らせて頂きますね」
「ああ」
「アークラント伯爵家の招待に相応しいドレス、でしたわね」
アークラント? それがスレイさんの家名なんだね。
「おれの部下の実家だ。格式ばった招待でもないがマルティーナが恥を搔かないもので頼む。おれはドレスに全く興味がない分、マルティーナに何を着せたら良いか分からん」
「お任せください。マルティーナお嬢様、デザインに希望はありますか?」
きっと聞かれると思っていたけど、私の方も全然分からない。前世の時も無難に似合うものってことで無地かキャラクターものの服を好んで着ていたくらいだ。
「うーん……他家の貴族の家に行っても恥ずかしくないデザインで」
お父様と変わらない回答じゃん。リコリスさんは困らず、次は色についての希望を訊ねてきた。
色か。これくらいなら自分でも答えられそう。私はすぐに青がいいと答えた。
青は私とお父様の瞳の色。お揃いの色を纏いたいと伝えたら、微笑まし気に見つめられちょっとだけ恥ずかしい。お父様にも後ろから抱き締められてより恥ずかしくなったのは言うまでもないが、嬉しそうな姿を見たら良かったと思えたのだった。
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