悪戯手紙
前世の私は寝るのが好きだった。休日、特に土曜日は必ずと言っていい程昼寝をした。携帯の目覚まし機能を使って時間を設定してはいたけど、起きてもアラームを解除してしまって結局三時間以上寝るのがザラだった。マルティーナになった現在も寝るのが好きだ。というか、まだ子供のせいかもだけど急に眠気に襲われて寝てしまう。
朝食を終えてお父様と手を繋いで庭を歩いていると大きく欠伸を漏らした。
「眠そうだな」
「うん……なんでだろう」
握られていた手を解かれ、私を抱っこしたお父様に心当たりを訊ねれば、体質のせいだと話された。私はお父様が子育てをしたいが為に創られた人造人間と言えばいいのか、取り敢えず普通の人間じゃない。
「成長すれば治るだろうがもう暫くは、不規則に眠気が襲うだろうな」
「うーん……」
「昼間どれだけ寝たって夜はきちんと眠れているんだ。そう問題視しなくていい」
「うん……」
確かに。夜眠れないと辛い。
お父様の肩に頭を乗せて目を閉じかけた時、足音が届いた。目を閉じたままやって来たのがテノールさんだと知る。
「旦那様。先程、モーティマー公爵家からお手紙が届けられました」
「モーティマーというと……」
「国王陛下の右腕と名高いモーティマー公爵です」
「はあ」
お父様の至極面倒くさそうな溜め息を聞くと気になってしまって重たい瞼を無理矢理上げ、顔を上げた私に気付いたお父様を見上げた。
「寝てろ」
「気になるもん。モーティー公爵家のお手紙ってどんな内容?」
「モーティマーな。テノール、封を切ってくれ」
モーティマーか。眠くてちゃんと名前を聞いてなかった。
封筒から手紙を取り出したテノールさんから受け取り、字面を追うお父様は「はあ」とまた溜め息を吐くと手紙を燃やした。あっという間に灰になった手紙は空へ舞い、風と共に流されていった。
「良いのですか?」
「ああ。下らねえ」
「お父様、どんなお手紙だったの?」
「息子の友人作りの為に開くパーティーにおれの娘を出席させろっていうものだ」
少し前、城に行って陛下や王妃様、第二王子に絶対に私と婚約させないと釘を刺したと言っていたっけ。王子が駄目なら自分の側近の息子と婚約を……と考えたのだろう。それを隠す為に友達作りと称して招待状を送った。魂胆が丸見え過ぎて大丈夫だろうか。
「テノール。スレイに『悪戯手紙』を持って来いと伝言を送れ」
「畏まりました」
お父様の指示を実行すべくテノールさんがこの場を去ると私は『悪戯手紙』とは何かと訊ねた。普通の手紙と違い、魔導研究所で作成された便箋を使った手紙とのこと。文字を書いた後予め設定されてある魔法に己の声を吹き込むことで、手紙を開いたら本人の声で手紙の内容を喋ってくれるのだとか。文字を書く時に送った思念で感情表現もバッチリ。
「ふわあ……そんな手紙を送って怒られない?」
「ああ。怒られない。おれに怒れる奴なんざそうはいない。いるなら見て見たいな」
「もう」
自信家で傲岸不遜な所が多いものの、それらに見合った実力があるのも事実。娘の私には甘々なので気にしないでおこう。
「ベッドに運んでやろうか」
「ううん。頑張って起きてる。お父様の言う『悪戯手紙』でどんな手紙を書くか興味ある」
「面白くもなんともねえよ」
それでも初めて見る『悪戯手紙』自体にも興味があるのだ。
「モーティマー公爵の息子ってどんな子?」
「知らん」
「だよね」
社交をする気もなければ、他者との交流も最低限しかしないお父様が知っている筈もない。
でも、と私は呟いた。
「友達か……」
「欲しいのか?」
「そりゃあ、まあ……」
「なら、魔導研究所に務める職員の子供に会ってみるか?」
「いいの?」
「ああ」
職員の子供なら両親共にお父様が知っている人の方が多く、万が一私に危害を加えたとなれば自分達に矛先が向くのを解り切っており、下手な真似はしてこないからというもの。魔導研究所の管理長を務める人の娘に下手ことはしないでしょう……。
「棟の一つに託児所を設けてある。平民や平民と変わらない貴族も多くいるからな、小さい子供の預け先がなく働けなくならないようにと母の代で作られたんだ」
「お祖母様は視野の広い人だったのね」
「王女という身分ではいたが、母は根っからの魔法馬鹿だった。政略結婚の手駒にされないよう、父の求愛を一度で受け魔導研究所の管理を任されたんだ」
「そうだったんだ」
お父様や私の魔力の強さはその二人譲りであるが、お父様の魔法に対する熱意は祖母譲りなのだろう。
暫くお父様とお喋りをしていれば、例の手紙を持ったスレイさんがやって来た。
「管理長、届けに来ましたよ」
「態々来たのか」
「良いじゃないですか。マルティーナちゃんと会いたかったですし」
「おれの娘はまだ六歳だ。二十五歳のお前と仲良くさせてどうなるってんだ」
「僕の年齢を一々出さなくていいです……!」
今日は綺麗な研究服を身に纏い、無精髭も剃って目元の隈もマシになっており、好青年にしか見えない。スレイさんが差し出した便箋が『悪戯手紙』のようだけれど、一見すると普通の便箋にしか見えない。
気になってしまい私が便箋を受け取った。
「これが『悪戯手紙』? 普通だね」
「ああ。貸してみ」
お父様に渡すとどこからともなく羽ペンが飛んできてお父様の手中に収まった。宙に浮かせたまま器用に手紙を書き終えると便箋は勝手に二つに折られ、スレイさんが持って来た真っ赤な封筒の中に入った。
「これで終わり?」
「ああ。スレイ、お前が持って来たのは予めおれの声を記録してあるやつなんだろう?」
「ええ。マルティーナちゃんが生まれてから、管理長がよく『悪戯手紙』を使っているのは知ってましたので」
どんな内容の手紙を書いたの? って聞いたら。
「てめえのガキにくれてやる娘はおれのところにはいねえよ。って書いた」
うわ、直球にも程がある。
「モーティマー公爵は滅多なことで怒らないと有名ですけど……さすがに怒るんじゃ」
「公爵の方より、公爵夫人が怒るだろうな。あの女は王妃と同じで自分の息子に大層な自信を持っている」
更にお父様にドン引きしたのは言うまでもない。
この人、絶対楽しんでやってるな。
「ところでなんですが管理長」
「なんだよ」
「昨日、僕の両親にマルティーナちゃんのことを話したんですよ。そうしたら、是非我が家に遊びに来てほしいと」
「お前の実家か……」
魔導研究所にある託児所へ私を行かせるつもりだったこと、スレイさんの実家はお父様自身よく知っていて伯爵夫妻の人柄も当然把握しており、私を連れて行っても問題ないと判断した。
「どうする? マルティーナ」
「マルティーナちゃんが来るなら、兄夫婦も同席することになるけれど、全然怖い人達じゃないよ」
スレイさんを見ていると家族の人達も優しい人なのだと伝わるけれど、不安があった。
「私……お父様や屋敷の人以外だとジョゼフィーヌ先生にしか会ったことがなくて……ちゃんとご挨拶出来るか心配」
お父様を筆頭にテノールさんやマリン、屋敷に仕える人達は皆良い人ばかりだ。ジョゼフィーヌ先生も然り。人見知りをする性格じゃなかった筈なのに、屋敷の外の人に会う事が少し怖い。
「それなら、両親だけにしましょうか? 人が少ない方がマルティーナちゃんも安心するでようし」
「おれはどちらでも構わない。ただ、マルティーナに無理をさせるつもりはない」
どんなにお父様が拒否しようと私が成長すればするだけ、お父様の力欲しさに周りは強硬な手段を取ろうとするだろう。……お父様なら心配しなくてもいいかもだけど。
ただ、何時までも蝶よ花よと愛でられるだけじゃ駄目。愛されつつも自立する部分はしたい。
「お父様が一緒に来てくれるなら行ってみたい」
「なら決まりですね!」
「お前が決めるな」
「良いじゃないですか! 管理長だってマルティーナちゃんがこう言うなら来てくれるでしょう?」
「お前のせいで行く気がなくなった」
「またそんなことを言う……」
二人のやり取りを見ていると胸に生まれた不安はいつの間にか消えていた。
「スレイさんのご実家に行くなら、ジョゼフィーヌ先生にちゃんとマナーが出来ているか見てもらいたいけど、暫くは来られないんだよね」
お父上が亡くなったと以前マリンに聞いた。喪に服している間、仕事をしてはならない訳ではないが家族の中で一番仲が良かったジョゼフィーヌ先生はショックが大きく、暫くの間休暇を求められた。
「それならおれが見てやる。一応、ジョゼフィーヌにお前の出来は聞いているが問題はないと思うぜ」
「そうだといいな」
私に甘いせいで色眼鏡で見ている可能性もあるお父様の評価が少し心配になった。
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