父の最優先は娘
「すー……すー……」
穏やかな寝息を立てて眠るマルティーナをそっと抱き上げ、書斎に置いてあるソファーに寝かせたルチアーノは自身の上着を小さな体に掛けた。自分と同じ金寄りの白金色の髪を撫でる。髪も瞳も顔立ちも魔力の強さすら自分と同じ愛する娘。突拍子もない発案によって生まれた娘は日々順調に成長しており、成人すれば大層美しい娘に育つだろう。
「ちと野暮用に行って来るわ」
マルティーナに構っていると済ませる気がすっかりと無くなっていたのだが、やはり済ませておいた方がいいと判断し、転移魔法であっさりと王城に飛んだ。敢えて庭園に到着したルチアーノは突然現れた自分にギョッとしながらも、会釈をした騎士に笑い掛けた。
「よう。ちょっとは警戒しろよ」
「ルチアーノ様がいきなり現れることに慣れてしまったもので」
「そうかよ」
出会ったのは顔見知りの騎士。何度もルチアーノがこうやって出現する為、口を出したのは四度まで。五度目からは驚きながらも会釈をするだけで済ませた。適当に会話を切り上げたルチアーノは真っ直ぐな足取りで城内に歩を進める。黒眼鏡に隠された青の瞳には複雑な術式が刻まれていた。千里眼には及ばないが遠くにいる景色を映し出す。
「えっと……いた」
目当ての人物は王妃と第二王子と共にサロンにいるようだ。慣れた足取りでサロンを目指したルチアーノは、出入り口の前を警護する騎士に中にいる国王に自分が来たと告げる様入らせた。すぐに騎士は戻り、国王達の許へと案内された。
王妃ジュディーヌが気に入るサロンの内装は金色が目立ち、ずっと見ていると目が痛くなる。夫の瞳の色を好いているのは知っているが何でも金色を使われると目が眩しくて痛い。やって来たルチアーノに三者三様の表情が向いた。
「ルチアーノ。今日は来ないと思ったぞ。そなたの愛娘はどうした。今日は連れて来るようにと言った筈だ」
紫がかった黒髪に先代と同じ金色の瞳の美丈夫は、妻や子からルチアーノに視線を流すと鋭く細めた。ルチアーノの野暮用とは、今日この場にマルティーナを連れて来るよう国王クロウリーに命じられていた事。もしもマルティーナが第二王子に興味を持てば連れて来る気でいたが、しっかりと本人の意思を確認して連れて来なかった。
ルチアーノは幼いながら父親に似た鋭い眼で自身を見上げる第二王子ヴィクターを見やった。
「おれの娘は王子様に興味ないものでな。クロウリー、改めておれの娘と第二王子の婚約は無しだ」
「何故だ。ヴィクターの何が気に食わん」
「おれの言った通り王子様ってやつに興味がないんだよ」
「お前がそう言っているだけで実際ご息女の気持ちは違うかもしれんぞ」
「今日本人に聞いた。王子に会ってみるか? と聞いても娘は会わないと言ったんだ」
「ふむ……」
是が非でもヴィクターとマルティーナの婚約を結びたいクロウリーが策はないかと思考を巡らせているのは明白。何を言われようとルチアーノはマルティーナを嫁がせる気は更々ない。
「ルチアーノ卿」
鈴の音を転がした可憐な声色でルチアーノを呼んだのは王妃ジュディーヌ。少女のように愛らしい相貌には似合わない険しさが浮かんでいる。
「卿の娘とて一人の少女。実際にヴィクターに会えば考えを変えるでしょう」
「ないな。貴族の位にいない自分より、高位貴族の令嬢を王子妃に選ぶべきだと言っていたぞ」
「確かにヴィクターと同い年か歳の近い令嬢は、王家に嫁げる高位貴族の中に複数人います。それを置いてでも卿の娘を王家に迎えるメリットがあるのです」
「おれにはねえな」
「なっ」
クロウリーは言葉を選んでルチアーノを説得しにかかったのに、ジュディーヌはほぼ直球で言葉を放ってきている。尚も拒否の姿勢を貫くとジュディーヌの頬が赤く染まっていく。
「ルチアーノ卿」と次に呼んだのはヴィクター。
「あ?」
「っ」
国王、王妃の二人に拒否を突き付けている以上マルティーナと同い年の第二王子に用はなく、何かを言われる筋合いもない。ルチアーノが面倒くさげに返事をすれば、無意識に圧を掛けてしまったらしくヴィクターの表情が青く染まった。聞く気のないルチアーノは心配をするジュディーヌにヴィクターを任せ、さっさとサロンを出て行った。
するとクロウリーが追い掛けて来た為足を止めた。
「ルチアーノ卿っ」
「態とじゃない。つい、な」
「もう一度、ご息女とヴィクターの婚約の件、考えてくれないか。王家の打診を断ろうと他の貴族達からもご息女への求婚が殺到するだろう」
「ああ。現在進行形でな。だが、誰に何を言われようが娘の意思を無視して婚約者を作る気はない」
王子様に興味がなければ、貴族の令息だって興味の範囲内には入らない。
がっくりと肩を落としたクロウリーを一瞥したルチアーノは転移魔法で屋敷に戻った。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ。マルティーナは?」
出迎えたテノールにぐっすりと寝ていると言われ、マルティーナが起きたら夕食を食べると告げたのだった。
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