二七歳
五年間、毎日顔を合わせている訳ではないけれど、定期的に会っていると分かるようになった。ジョーリィ様は五年前よりずっと綺麗に、凛々しい美少年に育ちました。
「マルティーナ様!」
今日はジョーリィ様が遊びに来ていて、会うのは二ヵ月ぶり。改めて見るとジョーリィ様は公爵に似ているけれどちょっと女性寄りの顔付きだ。会ったことはないけれど公爵夫人に似ているのかな。
温室にジョーリィ様を案内し、とある花壇の前に止まった。
「お父様が自由に使っていいと言った区画です。ジョーリィ様見てみたい植物ってありますか?」
「よく植物図鑑を読んでいるので実際に見てみたい種類は沢山あって、どれかってなると……あはは、全然決まりません」
「いいえ。ゆっくりでいいですよ」
突然の提案をしたのは私だ。急かすつもりはない。温室を見て回りたいというジョーリィ様の希望で中を一周することに。勿論、危険な魔法植物を育てているエリアは禁止で。一度忍び込もうとしたらお父様に叱られたっけ……。
「モーティーマー公爵って怒ったりしますか?」
「父上が? いいえ、父上が怒ったところなんて見たことありません。母上も」
声を張るというより、淡々とした口調と困り顔で叱られるらしく、二人が感情を激しくしている場面をジョーリィ様は一度も見ていないのだとか。公爵とは頻繁に会うけれど、言われてみると人形みたいな綺麗な微笑やちょっと困っているなっていう表情しか知らない。お父様なら色々と知っていそう。
「マルティーナ様。温室に咲いている青い薔薇を分けていただくことってできますか?」
「お父様に頼めば幾らでも持って行っていいですよ」
前世でもそうだが青い薔薇は自然界では咲かない。お父様の神聖力を使って咲かせたそうだけれど、自然界で咲く方法はないかとお父様は探っている。土地そのものが神聖力に包まれているなら可能性があるらしいが、抑々神聖力は主にエルフだけが持つとされる貴重な力。人間や他種族に使い手がいるのは突然変異種な為重宝される。更にエルフ並に強い神聖力となると世界でも極僅かと変わる。神官長がその極僅かの一人。何れサンタピエラ伯爵令嬢も加わるだろうとは、何時だったかお父様と公爵が話していたのを覚えている。
「母上は薔薇の花が好きだとよく僕に話してくれました。色の好みは特にないとも言っていたので、誕生日に贈るなら特別な色を贈りたいなって」
「素敵ですね。公爵夫人、きっと喜ばれますよ」
聞いて良いのか、避けた方がいいのか。圧倒的後者であろう質問が喉元まで出かかりギリギリで呑み込んだ。私が何が聞きたいかって? モーティマー公爵は勿論奥方にプレゼントを贈るかどうか、だ。
ただ、公爵の性格からして贈らないって聞いても驚きがないのが……うん……五年の歳月は決して短くない。人間の感覚をまだまだ持っている私にしたら。
「誕生日かあ……お父様は五十を過ぎた辺りで自分の歳を数えるのを止めたって言ってたなあ」
「エルフ族は長寿ですから、僕達人間なんてエルフ族からするととても短命な生き物に見えるでしょう」
「私はまだまだ分かりません」
「マルティーナ様も長く生きたらきっと分かるようになりますよ」
そういうものなのかな……二百年以上生きるお父様にとって人間の寿命はどう見えているのかがジョーリィ様との会話でちょっと気になりだした。
「ルチアーノ卿は確か二百年以上生きておられますよね」
「はい。正確な数字は覚えてないって言ってますけど。そういえば、公爵や公爵夫人は何歳になるのですか?」
此処にいるのは私とジョーリィ様のみ。他人、しかも貴婦人の年齢を聞くのは御法度とジョゼフィーヌ先生がいたら注意されるやつ。
「父上は今二十七で、母上は三十三です」
「え?」
公爵が二十七? え、ジョーリィ様は十三歳。単純に計算しても公爵が十四歳の時にジョーリィ様生まれてるの?
公爵夫人とは六歳差……夫人がジョーリィ様を産んだのが二十歳。こっちは変じゃない。あきらか公爵だけ年齢がおかしい。でも異世界だし、公爵のお家ってかなり複雑だったんだよね……それなら有りなの?
「僕が聞いた話ですが……祖父母が事故で早くに亡くなって父上が爵位を継ぎましたが、当時の父上はまだ八歳……僕よりも下の年齢だったと聞いています。ルチアーノ卿が父上が成人を迎えるまで後見人になってくれましたが横槍を入れる人がいたんです」
「横槍?」
「僕の大叔父です。もう亡くなっているとは聞いてますがルチアーノ卿ではなく自分が父上の後見人になると先王陛下に訴えたんです」
口では両親を亡くした甥を気遣う良き叔父を演じていたけれど、実際は莫大な財産と圧倒的権力を持つモーティマー公爵家の実権を握るのが目的。まだ八歳の公爵を傀儡にし、好き勝手しようという画策は当然お父様は見抜いていた。先にお父様が手を回していた為、叔父の訴えはあっさりと却下され、連れて戻った妻や子等共々追い出された。
モーティマー家を狙うのはその叔父だけではない、あらゆる親類が虎視眈々と狙っていた。そこで現在でも宰相を務めるスペンサー卿がジョーリィ様の母君を紹介したのだ。
前の婚約者を病により亡くし、六歳年上とはいえ、淑女としても公爵夫人の器としても申し分なく、公爵自身が拒まなかったのもあり婚約は成立。モーティマー家を守る為、婚約を結んだ半年後には結婚式が挙げられたと聞いてたまげた。
「八歳で結婚か……ちょっと想像が出来ないですね」
「僕も。母上に聞いたら、珍しくはあるけれどないことではないと言われました」
結婚六年目でジョーリィ様が誕生。言葉だけなら長くかかっているけど公爵の年齢を思い出すとまだ子供だ。
「今でも結婚生活が続いているなら、公爵と夫人は仲良しなんですね」
「どう……だろう」
関係良好であってと願ったものの、言い難そうにするジョーリィ様を見ると私の願いは呆気なく散っていった。
「仲が悪い訳じゃありません。母上は父上を尊敬していますし、父上も母上を労わっています。夫婦としての関係も悪くないですが……ごめんなさい、上手い言葉が見つからなくて何て言ったらいいか」
「あ、ああっ、私こそごめんなさい。不躾なことばかり聞いて……」
「お気になさらず。マルティーナ様に興味を持ってもらえて僕は嬉しいです」
これがあの第二王子だったらずっっっと切れてるよねえ……生まれ持った性格の違いは大きい。心の広いジョーリィ様には感謝だ。
私は話題を変えようと全く別内容のものを切り出した。ずばり、好みのタイプについてだ。突然の話題変更に目を丸くするジョーリィ様は、好みのタイプ……と呟くと薄らと頬を赤らめた。好きな人がいるパターンだ!
「えっと……僕は……その。その……マルティーナ様のような、明るくて活き活きとした人といると……僕も楽しくて一緒にいてほしい、です」
例えで私の名前を出したのは身近なのが私だからだよね。ジョーリィ様の好みのタイプに該当するのって思い切りジュリエット様な気がする。公爵は誰がジョーリィ様の婚約者になろうとあまり興味がないようだし、公爵夫人と頑張ってジュリエット様を婚約者に出来たらいいよね。
——今日の交流も夕方になると終わりを迎え、公爵とジョーリィ様を乗せた馬車を見送るとお父様に抱っこをせがんだ。軽々と抱き上げたお父様は珍しいと笑う。
「どうしたんだ」
「なんとなく」
「そうか。ジョーリィとは何をしてた」
「温室で散歩してた。ねえお父様、公爵の年齢を今日ジョーリィ様に聞いて吃驚しちゃった」
「ああ、あいつ確か二十七だっけ」
「十三歳の息子を持つ父親には見えない」
「こればかりはな。リディーティア夫人とは六歳差でな、成人を待つ前に子を儲けるとあの夫婦が決めたんだ」
王国の成人は男性が十八、女性が十六。公爵が成人の十八歳を迎えるとその間に夫人は二十四になる。全然高齢出産じゃないけれど、こっちの世界では違うのかな。
「驚くことはねえよ。歳の差婚なんてそんなものだ」
「逆だったらどうする?」
「ドン引きする」
「だよね」
なら、初めて聞いた私がドン引きした気持ち、お父様にだって分かる筈。
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