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黒魔法について

 



 案の定、事態を重く見たクロウリーが関係者を二日後に招集した。広い会議室で円形のテーブル席に座るのは関係者達を集めたクロウリー、顔を青褪めチラチラとルチアーノを見るヴィクターやサンタピエラ伯爵、顔を渋くさせているラウゼスに、同じ場所にいたラナルドという面子だ。今日は敢えて黒眼鏡を掛けていないルチアーノの表情は丸分かりで、口は嗤っているのに目が何も宿していないのを見てヴィクターとサンタピエラ伯爵の顔色は悪くなるばかり。



「クロウリー、お前どこまで聞いた」

「ヴィクターがミエール嬢をラウゼスの許可無しに勝手に連れ出し、お前の屋敷に突撃をかました挙句、マルティーナ嬢に盛大な竹箆返しを食らったこと全て聞いている」



 つまり、ルチアーノが許す条件にヴィクターとミエールの婚約を提示されたのもクロウリーは把握している。この二日間散々叱られたであろうヴィクターの目元は腫れており、青褪めた顔でルチアーノを見ながら父にも怯えた眼差しをやっていた。



「なら話は早い。サンタピエラの娘と婚約させるしないはもうどうでもいい。さっさと第二王子とマルティーナの婚約を白紙にしろ。お前だってもう分かっただろう。ヴィクター(こいつ)に、王族の自覚がないと」

「……」



 五年間、口酸っぱく政略結婚の重要性とマルティーナを娶ると得られる多大な利益をクロウリーや宰相は何度も何度もヴィクターに話した。ヴィクターに深く肩入れするジュディーヌにも同様。深く頭に痛みを感じるのは気のせいではない。クロウリーが口を噤むとルチアーノの矛先はサンタピエラ伯爵に変わった。



「伯爵。お前も黙ってないで何か言えよ」

「あ、は、はい……。ルチアーノ卿……ミエールは既に一生を大聖堂に捧げる覚悟を持ってラウゼス神官長に弟子入りをしました。多忙を極める王子妃などとても……」

「別に第二王子の妃なら、王太子妃と違ってそこまで公務はねえだろ」

「それは……そうかもしれませんが……」

「強い神聖力を持った人間と子を儲けると、子供も神聖力を持つ確率が上がる。クロウリー、サンタピエラの娘が嫁げば神聖力を持つ王族の誕生も夢じゃないぜ」

「ルチアーノ卿……!」



 愛する娘を王家に新たな力を生む孕み袋のような言い分をしたルチアーノに怯えていたサンタピエラ伯爵は抗議の声を上げた。が、一度睨まれただけで沸き上がった怒りは吸収され、残ったのは絶対的強者に対する恐怖心だけだった。

 腰抜けめ、と吐き捨てたルチアーノの苛つきは室内の空気に重力を纏わせ、息を吐くと大量の酸素が逃げ出し呼吸を苦しくさせる。殺気に包まれた室内にいてはヴィクターやサンタピエラ伯爵に悪影響が及ぶと危惧したのはラウゼスだ。



「ルチアーノ卿、少し殺気を和らげろ。陛下や私、ラナルドは慣れていても他二人に耐性はないんだ」

「お前だって他人事じゃねえんだよラウゼス。王家も大聖堂も揃いも揃っておれの娘に拘ってくるな」



 今日が好い機会だと敢えて苛立ちをぶつけるルチアーノの真意を果たして何人が察しているか。一人は確実に察しており、他は薄々といったところ。濃度が濃い殺気を集中的に向けられればラウゼスとて冷や汗を流す。



「ルチアーノ様」



 感情のない淡々としたラナルドの声が殺気を充満させるルチアーノに待ったを掛けた。



「ラウゼスの言う通り、一旦殺気を仕舞われては? これではルチアーノ様が話をしたくても誰も話せませんよ」

「じっくりゆっくり話す気はない。さっさとマルティーナから手を引けって言ってんの」

「この件が終わった後も別の問題があるのですよ。ヴィクター殿下と伯爵は退席しますが陛下やラウゼスには残ってもらわないと」



 別の問題。既にクロウリーの耳にも入れた黒魔法の件。体力を全て削って話せないのは本末転倒な為、仕方なしにルチアーノは殺気を消した。途端空気が軽くなり、咳き込むヴィクターとサンタピエラ伯爵。宰相が二人の背を順番に撫でるのを横目にクロウリーは重く口を開いた。



「分かった……。ヴィクターとマルティーナ嬢の婚約は一旦白紙に戻す」

「一旦じゃなくて永遠だっつうの」

「宰相、ヴィクターと伯爵を別室に案内後、回復したらそれぞれ帰してくれ」

「畏まりました」



 遂に国王本人に言質を取ったとルチアーノはちょっとだけ疲れた息を吐いた。激しく咳き込むヴィクターが合間にクロウリーを呼ぶも、咳が酷く言葉にならない。宰相が呼び付けた二人の騎士がそれぞれヴィクターとサンタピエラ伯爵を支えて会議室を出て行こうとする。その間際、ヴィクターが縋る様な眼をルチアーノに見せた。興味もないルチアーノは知らぬ振りをし、扉が閉まると雰囲気を変えた。



「クロウリー、王国が把握している黒魔法関連の事件で最近起きたものはあるか?」

「ラウゼスが主張していたように此方も把握している限り、黒魔法に関連した事件は二十年以上起きていない」



 黒魔法を扱うと危険視されている指名手配犯も現在はいない。二十年以上前の事件により、一斉摘発が起きた為だ。教団が違法に滞在していた屋敷にあった黒魔法の書物や道具も既に廃棄済み。



「残るとするなら、他国からの流れ者という可能性がある」

「他国か……近隣諸国に該当者がいるか確認出来るか?」

「今確認を急がせている」



「しかし」と続けたクロウリーの何故二十年経った今、再び黒魔法が表舞台に出て来たのかという疑問は全員の疑問でもあった。



「……一つ言うなら、ルチアーノ卿の娘が生まれたからじゃないか」



 そう発したのはラウゼス。



「黒魔法の儀式で最も大切なのは強大な魔力と澄んだ魂とされている。お前譲りの魔力、エルフ特有の澄んだ魂。そして、お前と違ってまだまだ子供だということだ」



 強大な力を持っていようとその扱い方をまだ知らないマルティーナを攫い、儀式の生贄にするのは容易。マルティーナを狙っているという予想が当たっているなら、よりマルティーナを社交界へ出す気が失せた。ルチアーノの濃い青の瞳がチラリとラナルドへ向く。



「お前が教団に攫われた時、お前以外に強い魔力を持っている子供はいたか?」

「どうでしたかね……ぼくが連れて来られた時には、既に十人以上の子供が生贄にされていました。生きていたのは、檻に入れられていた数人の子供とぼく。その後についてはルチアーノ様とて知っているでしょう」

「お前以外は全員死んでた」



 特にルチアーノの前に生贄にされた少女は体内を開かれ臓器を抉られていた。

 生きたままされた行為によって少女は絶叫を上げ、両親に助けを求め泣き叫んでいた。



「ぼくもああなるのかとぼんやり見ていましたが……両親に助けを請う自分をどうしても想像出来なかった」



 物心ついた時気付いた。泣いても、呼び掛けても、気を引こうと無茶な真似をしても……父や母は一切ラナルドを見ないと。彼等の目は常に己の愛する人にだけ向けられていた。貴族としての責務だけを熟す典型的な仮面夫婦。祭壇に倒された時、あの少女のように泣き叫んだところで誰も助けが来ないなら迫りくる死を受け入れるだけだと覚悟した。

 ルチアーノの救出は奇跡と言って良い偶然に過ぎない。



「両親が事故死したと聞いた時も何も悲しくなかった。寧ろ、幸いだったでしょう」



 互いに愛人を連れて旅行へ行っている最中、愛人と共に命を落とした。愛する人と共に最期を迎えられたなら両親も本望だっただろうとラナルドが語る側では、感情がないにも程があるとクロウリーもラウゼスも顔に出ていた。唯一変わらないのはルチアーノだけ。

 ふっと笑ったラナルドの「話が逸れましたね。本題に戻りましょう」という台詞で強制的に話題は戻った。



「黒魔法の調査はぼくと陛下が指揮をし、第七部隊と王家直属の密偵を使った編制を考えています。陛下、いかがですか」

「うむ。それでいい。面子については私とラナルドでそれぞれ選抜しよう」

「分かりました」



 実際に調査をしないことには何も始まらない。黒魔法の存在が復活してきているという予想が当たれば、対抗出来るのは神聖力を持つ者だけ。



「ラウゼス、お前黒魔法の使い手と遭遇したことは?」

「ない。先代の神官長も恐らくない筈だ。唯一の対抗手段は、神聖力と言われているがまともに相手が出来るのはお前か私くらいだ」



 将来聖女と有望視されているミエールに戦いの経験はなく却下。他に神聖力を持つ神官では、力が足りず返り討ちとなる。

 今日の会議はお開きとなり、宰相が出入り口の扉を開くと驚きの声を上げた。四人の視線が宰相に向いた直後、足下に人影が見えた。



「ヴィクター殿下!?」



 少し前に退室をさせたヴィクターが扉の前にいた。退室当時青褪めていた顔色は幾分かマシになっており、父たるクロウリーの厳しい声に震えながらも婚約の白紙の撤回を求めた。元はと言えば誰のせいだと叱責されようとヴィクターは友人の家庭を壊さない為と主張した。

 すぐに思い当たるのはラナルドの息子のジョーリィ。頭に疑問符を飛ばすクロウリーに分かってもらいたいヴィクターは懐から黒眼鏡を出したルチアーノに声を上げた。



「ルチアーノ卿! マルティーナは友人と口にするジョーリィの家庭を壊す気でいる! 前に好きな人の名に公爵の名を挙げていた!」

「だとよ。十一歳は守備範囲内だったか?」

「マルティーナ様の発言の意図を知っていてぼくに振りますか。殿下、一度話しましたよね。あの時のマルティーナ様の発言の意図を」



 しかもつい最近だ。好きなタイプは頼りになる人と切り出したマルティーナが挙げたのはルチアーノとラナルドの二人だったに過ぎない。同年代の子供とまともに交流を持つのはジョーリィのみで他は大人でも魔導研究所で働くスレイか屋敷の人達のみ。人付き合いの狭いマルティーナが挙げられる人の名前等たかが知れている。話の内容を理解したクロウリーの失望を隠せない様にヴィクターは大きく焦り出した。



「ち、父上。私は嘘を言っていません」

「嘘か真かはこの際どうでもいい。ヴィクター、お前には王族としての自覚があまりにもなさすぎる。ジュディーヌが何と言おうとお前はもう暫く王族としての自覚を持つ教育を受けてもらう。無論、異論は受け付けない」

「……」



 ヴィクターにとって絶好の機会だと狙った瞬間は、尊敬する父を失望させる時間となってしまった。クロウリーの呼んだ騎士が駆け付け、ヴィクターを連れて会議室を出て行った。

 不意にラナルドがクロウリーを名前で呼んだ。



「先王陛下の魔の手から婚約者だった公爵令嬢を逃がす為に、貴方は王妃殿下を選びましたがやはり人選は間違っていたのでは」

「不敬だぞラナルド。ジュディーヌを選んだのは私の意思だ」

「出過ぎた真似をしました」



 既にルチアーノは興味が失せて転移魔法で姿を消し、ラウゼスも素早く会議室を出て行った為、今いるのは宰相を含めた三人のみ。当時の婚約破棄騒動の真実を知る数少ない者達だ。


 



読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
んんん、王妃があれなのは望んでなかったんだ でも婚約者関係は戦犯すぎるからな、見直すとかは一切ないわ
おっ、王妃や子供たちと同レベルかと思いきや、王には事情ありそう?
仮に本気でマルティーナが公爵を好きだとして、公爵がそれに応えてマルティーナと愛人関係?にならないとヴィクターの言う「友人の家庭を壊す」にならないよね?そしてその場合は公爵にも非がある事に。ヴィクターの…
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