お帰りください
今頃になってサンタピエラ伯爵令嬢が接触を試みるのはどうしてかなと温室にいる私が考えていると今日もやって来たモーティマー公爵曰く、深い意味はないとのこと。社交界では未だ私を知りたがる貴族は大勢いる。子供達だって例外ではない。お茶会で私が話題に上がらない日はないらしく、一度でもいいから私を一目見たいという願望が令嬢令息達の間で流行っていると聞いて軽く眩暈がした。私を珍獣か何かと勘違いしてない?
「お父様って怖がられているのか、いないのか、よく分かりません」
「普通は圧倒的に前者の方ですよ。ただ、マルティーナ様はルチアーノ様に瓜二つでもルチアーノ様じゃない。だから気になる人が大勢いる」
うん、やっぱり分かんない。
「マルティーナ様が五年前ジョーリィに贈った『ディアナ』がもう半年程で開花しますよ」
「まだ半年も……」
月の女神の名前が付いた植物は、水の代わりに毎日決まった量の魔力を注ぎ続けることでその人だけの魔法石を生み出す。五年という歳月が掛かる上、魔力を注ぐだけではなく土の管理や日光浴、更には温度管理も大変と後になって聞いてジョーリィ様に申し訳なくなったのを覚えてる。九歳の誕生日プレゼントを渡した翌月に会った時は、その話をして謝ると逆に感謝された。
『マルティーナお嬢様と五年後もこうやって会えるなら、僕にとって苦になりません』ってすごく嬉しそうに言われたら私も嬉しくなった。五年後の現在もお友達として私に接してくれる。私の方こそ感謝で一杯だ。
今お父様は公爵が来たのと同時に魔導研究所へ行ってしまった。来なかったら来なかったで私を連れて行くだけなのだが、今日は何故か私を連れて行くことに抵抗を見せた。何かあったんだろう……。
温室には野菜や果物も育てられている。主に新しく開発した土や肥料でどれくらい育つかを観察する為。温度を自在に調整する魔法石があるお陰で季節関係なく育てられるのが利点。私が収穫しているのはトマト。夏の定番野菜だ。前世だとミニトマトが好物でよくお弁当に入れてもらってたっけ。こっちの世界にミニトマトはない。お父様にミニトマトのこと話したら、子供にも食べやすそうだと興味を示され、植物部門にミニトマトを作らせている。
収穫したトマトをカゴの中に入れ、また収穫出来るトマトを見る。
「そういえば、ジュリエット様はお元気ですか?」
「ジュリエットですか」
ジュリエット様は公爵夫人の妹夫妻の子で訳があって公爵家で預けられている。誰の目から見ても分かるくらいジョーリィ様が好きなジュリエット様は、初対面の頃より私を敵視している。
「もうすぐ生家に戻ります。五年も預かったなら、生家に返しても良い頃合いです」
「ジョーリィ様は寂しがるのでは?」
「ジョーリィというより、ジュリエットが嫌がっていますよ。ジョーリィの婚約者になりたいと妻とぼくに直談判をしてきました」
二人の仲が良くても家柄が違い過ぎる。ジョーリィ様はモーティマー公爵家の次期当主でジュリエット様は男爵家の出身。高位貴族の養子になって嫁入りする手もあると前にお父様に教えられているが、そうほいほいと養子にしてくれる家があるとは考えにくい。
「公爵は反対っぽいですね」
「ぼくはどちらでも。好きにしたらいいと妻やジョーリィに言ったので彼等が決めるでしょうね」
「え」
え? こ、この人が当主だよね? 決定権を持ってるんだよね? 公爵夫人とジョーリィ様の意見が一致したらジュリエット様と婚約させるんだ……。や、やっぱり、五年経っても変わらないことは変わらないんだね。
感情の起伏が薄く、極一部にしか興味を示せない公爵の関心を引けるのはお父様かお父様の娘である私。
「もしも、ジュリエット様が本当に婚約者になったらジョーリィ様と会うのは控えた方が良さそうですね」
「ええ。ジュリエットは嫉妬深く、ジョーリィに気があると思う相手を排除する傾向にある。そうなったらぼくの方からも、ジョーリィにマルティーナ様に会うのを止めるよう伝えておきましょう」
善意なのか、他意があるのか……。違う、どちらでもない。有りの儘の事実を公爵は言っているだけに過ぎない。
会話をしながらトマトを沢山収穫した。カゴ一杯に入ったトマトは大玉で綺麗な赤。両手でカゴを抱こうとしたら、公爵にあっさりと抱えられてしまった。
「ぼくが持ちましょう」
「ありがとうございます」
悪い人ではない、ないけど……極端な人だよねえ……。
「マルティーナ様、話は変わりますがサンタピエラ伯爵令嬢に会いますか?」
「うーん」
会ってみたい気持ちはあるけれど、一度会ったことをあの王子に知られたらどんないちゃもんをつけられるか分かったものじゃない。それともう一つの懸念がある。
「サンタピエラ伯爵令嬢と一緒に神官長が来たら嫌だなって」
「でしょうね。ぼくも同じことを思いました。一応、ラウゼスには念押しはしましたが……サンタピエラ伯爵令嬢に会うなら、ラウゼスがもれなく付いてくる覚悟はしておいた方がいいでしょう」
「うう……サンタピエラ伯爵令嬢には申し訳ないですが会うのは絶対無しで」
顔が怖すぎて可能なら会うのを避けたい。
「ところでこれは何処に?」
「あ、えっと、厨房に」
「ルチアーノ様が新種のトマトを作ると意気込んでましたが何かアイディアを?」
「えっと、一口サイズのトマトが食べたいってお父様にお願いしました」
「なるほど。それなら、食べやすい上にサラダの見栄えが良くなりそうだ」
「公爵はトマト好きですか?」
「好き嫌いはありません」
うん、そう見える。あったら意外だなって思えたのに。
温室を出て屋敷に戻るには庭を通らないとならず、公爵と並んで外へ出ると庭師のおじさんと遭遇した。「あ」と私を見つけるなり駆け寄ったおじさんの様子を見ていると嫌な予感がする。何度も体験していると自然にね……。
「マルティーナお嬢様、良かった、今お嬢様の婚約者の王子殿下が来ていらしてヘレンさんやテノールさんが対応をしています」
昨日公爵が城内で殿下と会い、サンタピエラ伯爵夫人の招待を断った旨を聞いた翌日にこれ。明らかにサンタピエラ伯爵夫人の招待に応じろと直談判をしに来たのが丸分かりだ。はあ、と大きく溜め息を吐いた私は公爵を見上げた。
「お父様の不在を何処で嗅ぎつけて来たと思いますか?」
「さて。庭師殿、来ているのは殿下お一人ですか?」
「いえ……それがもう一人いらっしゃいます。確かテノールさんはサンタピエラ伯爵令嬢と……」
……え? サンタピエラ伯爵令嬢までいるの?
目が点になる私と呆れ混じりの笑みを浮かべる公爵。トマトを入れたカゴをおじさんに託した公爵は「ぼくがお二人にお帰り頂きますのでマルティーナ様は庭師殿と厨房に行って届けて来て下さい」と言い、恐らくヘレンさん達が対応しているであろう玄関ホールへ行ってしまった。
「お嬢様どうしましょう」
「うーん……会いたくないけどちょっと気になる」
「トマトはあっしが責任を持って厨房へ届けますんでお嬢様は公爵様を追い掛けてください」
「ありがとう」
おじさんの気遣いにお礼を言い、先に行った公爵を走って追い掛けるとすぐに追いついた。
「気になりますか?」
「はい! 私個人としては、サンタピエラ伯爵令嬢かどんな方か見てみたいです」
「分かりました。ご令嬢がいるなら、殿下とて爆発はしないと思いますが……ぼくの側についていてください」
「勿論です!」
絶対的安全圏はモーティマー公爵の側しかない。
差し出された手を取った。
こうやって公爵と手を繋いで歩くのも随分と慣れた。一番はお父様だけどね。
玄関ホールに来るとテノールさんとヘレンさんに食って掛かっている殿下と殿下の後ろで気まずそうにしている少女が中央にいた。人の顔を見た途端、相変わらず睨んでくる殿下はスルーでいいとして、一緒にいる神官服を纏った女の子がサンタピエラ伯爵令嬢。
蜂蜜色の金糸を後ろに一つに纏め、薄い桃色の瞳は不安げに揺れ殿下と私達を交互に動ていた。
「マルティーナ! 一体何時まで私とミエール嬢を待たせる気だ! もう二十分は経っているんだぞ!」
「殿下」
え? そんなに前から来てたの?
二十分も粘ったのだと考えるとドン引きする。ヘレンさんとテノールさん疲れてる……お父様が戻らなくて良かった、こんな場面を見たら殿下だけじゃなくサンタピエラ伯爵令嬢にも被害が向かっていた。
繋いでいた手を離し、私の前に立った公爵は非常識なのは殿下とサンタピエラ伯爵令嬢の二人だと容赦なく言い放った。婚約者だと言いそうになった殿下を止めたのも公爵のこの一言。
「ルチアーノ様が不在だと、どこで嗅ぎ付けたかは知りませんがそういうことはルチアーノ様に言いなさい。殿下の言い分をしっかりと聞いて下さいますよ」
「っ……」
「それとサンタピエラ伯爵令嬢」
「は、はい!」
「君も君だ。殿下に押し切られたか知らないが時には断ることも臣下として重要な決断の一つ。何より、ラウゼスは君が此処に来たことを知らないのでは?」
顔を青くする辺り怖い神官長には言ってないね……。二人がどんなやり取りをして突撃をかましたかは、何となく想像がつく。公爵曰く、規則を破る人には容赦しないことで有名だとか。自分で弟子にしたサンタピエラ伯爵令嬢も例外じゃない。
「公爵、ミエール嬢を怯えさせるな。私が無理に連れ出した。神官長のお叱りは私一人で受ける」
「ご令嬢の前で格好つけたいのは結構ですがね殿下、貴方の勝手な行動についてはルチアーノ様や陛下に報告させていただきますよ」
「ふ、ふん、父上やルチアーノ卿が怖かったら来ていない!」
威勢だけはいい。威勢だけは。
私は何時口を挟んだらいいのか。タイミングを見計らっているがすっかりと場の主導権を公爵が握っている為迂闊に口を出せない。
不意に殿下と目が合って内心うげっとなる。きっと顔にも出た。ものすごい目で睨まれたもん。
「……なんですか」
「人の顔を見るなり、その目はなんだ」
「私の本心です。いきなり押しかけて騒ぐ殿下に辟易しています」
「五年も経ったんだぞ? 少しは私の婚約者らしく振舞おうと思わないのか!」
「思いませんよ。今この場で殿下が死にそうな目に遭っても私は助けません。それぐらい殿下が大嫌いです!」
「なっ!」
絶句する殿下の横、サンタピエラ伯爵令嬢に至っては驚きながらも非難の視線を向ける。事情を知らない人からすると歩み寄ろうとする殿下を私が拒絶している風にしか見えないよね……。
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