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ラナルドの助言

 


 騎士団演習の見学をルチアーノ、マルティーナ父娘がすると決まった翌日。その旨をクロウリーに伝えるべくラナルドは城を訪れていた。執務室に入り、用件を伝えるとクロウリーは了承の意を示した。



「分かった。しかし、マルティーナ嬢は剣技に興味があったのか」

「いえ? ぼくがお誘いしたら話に乗ってくれただけです。マルティーナ様より、ルチアーノ様が了承したのが少し意外でした」



 娘を溺愛しているとは既に王都では周知の事実。あのルチアーノ=デイヴィスの娘を見たいと思う貴族は未だに多くいるが、彼の鉄壁ともいえる妨害によってほんの一部しかマルティーナの姿を見られていない。現在でもヴィクターは良好な関係をマルティーナと築いていない。最近はマルティーナに会っても以前のような傲慢な口調は控えているようだが、態度は全く変わっていない。ヴィクターが変わらない限りマルティーナは受け入れない。耳に胼胝が出来る程言い聞かせているのに、改善の兆しが見られないのは自身の初恋に重きを置いているせいだ。ヴィクターの想い人ミエールを預かっているラウゼスには苦情が来ていた。



「ヴィクター殿下とサンタピエラ伯爵令嬢を婚約させるのもまた一つの手かと」

「そんなことをしたら、今度はラウゼス達神官を敵に回す。最も利益があるのがマルティーナ嬢だというのに、ヴィクターは未だそれを理解しようとしない」

「いずれにせよ、他のご令嬢を探しておくことです。ルチアーノ様が強硬手段を取る前に」

「……」



 婚約破棄になろうと解消になろうとラナルドにとってはどちらでも良い。目の前に座る友人は、味方になっているようでなっていないラナルドに深い溜め息を見せた。



「ヴィクターが」

「はい」

「マルティーナ嬢はお前に懸想していると一度私に言ってきた」

「それは光栄なことです」

「好みの男性がルチアーノとお前だと答えたと言っただけみたいだがな」

「知っていますよ」



 あの時同じ場所にラナルドもいた。というよりルチアーノが不在な為、代わりに保護者の役目を務めていただけに過ぎない。

 頼りになる人という観点でマルティーナの身近にいる人となるとかなり限られ、出て来たのがルチアーノとラナルドの名前だったに過ぎない。そういえば何度かヴィクターがマルティーナに気を付けろと言ってきたのはそういう意味だったのかとラナルドは漸く理解した。幼女に恋心を抱く気質はないものの、相手がマルティーナだと何故か悪い気がしない。思い浮かんだ言葉をそのままクロウリーに話してみると端正な顔が瞬く間に青褪めた。



「お、お前っ、本気で言っているのか?」

「どうでしょう。ただ、マルティーナ様に怖がられていないなら光栄です。ラウゼスはすっかり嫌われてしまいましたがね」



 会ったら怯えてルチアーノか、不在の時はラナルドの後ろに隠れるか、一人の時は猛ダッシュをして逃げる始末。神官を伴ってラウゼスが謝罪に訪れてもマルティーナは心を開かず背を向けていた。たった一人しかいない肉親を奪われそうになって感じたマルティーナの恐怖は計り知れない。心の傷は簡単には癒えない。



「各部隊の隊長には、当日ルチアーノ様とマルティーナ様を見掛けても決して失礼のないように、と伝達をしておきます。一部余計な真似をしでかしそうな部隊はありますが……まあ、その時はその時かと」

「お前……面倒なだけじゃないか?」

「いいえ、全く。では陛下、ぼくはこれで」



 呆れと疑心の籠った目で見上げるクロウリーに一礼をした後、執務室を出たラナルドは城内を歩く。擦れ違う騎士や役人がラナルドを見る度頭を下げるものの、当の本人は一切関心を寄せない。道の向こう側から王妃ジュディーヌに連れられたヴィクターとサンタピエラ伯爵夫人、それにミエールがやって来た。珍しい組み合わせでは……あるか、と心の中で零すといつの間にか距離が縮まっていた。



「ラナルドじゃない。陛下に会っていたの?」



 ジュディーヌに礼を見せた後、近日開催される騎士団の演習についての話をしに来たと告げた。見学をしにルチアーノとマルティーナが来る旨はまだ話さない。今此処で話したってジュディーヌとヴィクターを刺激するだけ。



「王妃殿下とヴィクター殿下は見学されませんか?」

「私は嫌ですわ。野蛮な行為なんて見たくありませんもの。ヴィクターも同じです」

「そうですか」



 なら当日マルティーナがヴィクターに会う確率はぐっと下がった。王太子たるハイターの見学は免れない。次期国王として騎士団の実力を知っておくのも必要な公務の一つだ。王国を守る騎士達が行う演習は、経験を積む上でも欠かせない。それを目の前の王妃は分かっているのか、いないのか。ルチアーノがいたら容赦なく罵倒していただろう。



「サンタピエラ伯爵夫人、それにご令嬢も一緒とは。珍しい組み合わせですね」

「私がお茶に招待したのよ。ミエール嬢は、聖女の期待をされているご令嬢ですもの。王家としても将来有能な方には是非頑張って頂きたくて、こうして招待しました」

「そうでしたか」



 薄紫の瞳が居心地悪そうにしている伯爵夫人を捉えていた。内心マルティーナという婚約者のいるヴィクターをミエールに近付けさせたくないのだろう。仲介を頼まれているラナルドに見られたのも伯爵夫人にとっては痛手。ただ、顔色が悪いのは伯爵夫人だけでミエールは期待した面持ちをラナルドに見せていた。



「ご令嬢はぼくに何か話したいことが?」

「はい!」



 気付いてもらえたとミエールは喜び、早速マルティーナの話を出した。途端ヴィクターとジュディーヌの表情が曇ったのは言うまでもない。



「マルティーナ様が如何されました」

「よくお茶会でもマルティーナ様を見たことがないとお友達の話題になりますから、お母様にお茶会の招待状を以前マルティーナ様宛に送ってもらいました。そうしたら、ルチアーノ卿が断りの返事を送られて……」

「知っていますよ。ルチアーノ様がご自身の気分で断ったと仰っていました」

「でも、マルティーナ様の御意思はどうなのか知りたいと思いませんか?」

「マルティーナ様は父親であるルチアーノ様を信頼されています。ルチアーノ様が断ったなら、従うまでです」



 まだ納得していないミエールは一旦置き、刺々しい視線を注ぐヴィクターに意識を変えると眉を険しくされる。



「モーティマー公爵はルチアーノ卿と親しいのなら、サンタピエラ伯爵夫人やミエール嬢に少しは情を見せてやるべきだ」

「ぼくがですか?」

「マルティーナだって何れ私の婚約者として社交界に出ねばならない。その前に、少しでも貴族達と交流を持つべきだ」



 きっとヴィクターはこの場にいるミエールに第二王子として婚約者として正しい姿勢を見せたいだけなのだろう、尊敬の眼差しをミエールに向けられ満更でもない様子だ。ヴィクターがミエールに親切にしている理由を知っている伯爵夫人は卒倒しかけている。この場にルチアーノがいなくて良かったと思うのは今日で二度目。貼り付けた笑みを崩さないラナルドが返したのは「ぼくに言われましてもね」という、当てにするなというもの。口を震わせるヴィクターとジュディーヌを一瞥し、どうしてと言いたげに見上げるミエールに微笑んだ。



「マルティーナ様とお会いしたいなら、ルチアーノ様の屋敷に直接行けばよろしいかと」

「え、で、でも、それだと先触れを出したってルチアーノ卿に断られるんじゃ……」

「あの人の気分次第で会えますよ。本当に自分の気分で動く人ですからね」

「ええ……」



 人の形をした猫とは誰が言ったか。感情の読めない微笑を浮かべたまま、ラナルドは不満げなミエールに一つ助言を与えた。



「ご令嬢の粘りが勝てば、マルティーナ様が折れてルチアーノ様を説得してくれますよ。面倒事が嫌いな方ですが愛娘のお願いには、とことん弱いようなので」

「なんだか私がしつこくお願いしないといけない言い方」

「その通りですよ。ぼくが言えるのはこれくらいです。後はお好きに」



 呼び止めるミエールやヴィクターの声を華麗にスルーし、城内を出たラナルドは外で待機させていた馬車に乗り込み御者に行先を伝えたのだった。



 ――魔導研究所に着き、目的の人が今日来ていると知っていたラナルドは温室に足を踏み入れた。小さな背中と大きな背中が並んで花壇の土を眺めていた。



「ルチアーノ様、マルティーナ様」



 ラナルドの声に反応した二人は同時に顔だけ振り向いた。性別は違えどそっくりな顔が同時に向くと何だか面白い。



「陛下にはお二人が演習を見学する旨は伝えました」

「そうかよ」



 それと先程の出来事もついでに伝えるとルチアーノは面倒くさげに息を吐きラナルドを睨み付けた。マルティーナに至っては渋い反応だ。もしもミエールを招いたら、ルチアーノやマルティーナに会う口実を探しているラウゼスが来てしまう可能性があり、素直に喜べない。



「サンタピエラ伯爵令嬢の訪問は絶対に無しで!」





読んでいただきありがとうございます。



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