ラウゼスの疑念
マルティーナ達が帰った後、贈られたプレゼントを見つめるジョーリィ。五年という歳月を掛けて魔法石を生み出す植物『ディアナ』。今朝母や父に貰ったプレゼントは勿論嬉しい。続々と届けられる贈り物も嬉しい。けれど一番嬉しいのはマルティーナの贈り物。
「ジョーリィ」
「!」
名を呼ばれてハッとなったジョーリィは、何を考えているか分からない微笑を貼り付けた父ラナルドを見上げた。
「マルティーナ様の贈り物は気に入ったか?」
「はい。とっても……」
「そうか」
五年後も自分と友達でいてくれるマルティーナの気持ちが嬉しかった。
自分ならきっと魔法石を生み出せると信じてくれて嬉しかった。
沢山の嬉しさがあってジョーリィが再び贈り物に目をやるも、そろそろ招待客を出迎える準備をしようとラナルドに言われると、またハッとなって二階へ上がる父の後を追ったのだった。
〇●〇●
ジョーリィの九歳を祝う誕生日パーティーは滞りなく開催された。招待客への挨拶回りが済み、付き添っていた母リディーティアが夫人達の輪に行ってしまう。一人になったジョーリィは気丈に気丈にと心の中で唱えるも、不安に押し潰されそうになっていた。まだまだ一人だと怖くて堪らない。挨拶回りをする際ジュリエットの同伴はラナルドによって禁じられた。リディーティアの妹夫妻の子であってモーティマー公爵家の子ではないからだ。預かっているだけの子に過剰な振る舞いはさせられない、それがラナルドの言葉。ジュリエットは泣きそうな顔でジョーリィやリディーティアを見ていたが当主の決定とあらば逆らえない。
——それに。
「僕自身ちゃんとしなきゃ……」
今後はもう苦手だから、怖いからという理由で逃げられない。何時もジュリエットがいるとは限らない。一人でも自分の足で立っていられるようになりたい。
一度深呼吸をしたジョーリィは心の中で自身に喝を入れる。するとヴィクターが声を掛けて来た。
「ジョーリィ」
「ヴィクター殿下」
ジョーリィが頭を下げようとするとヴィクターは手で制した。
「いい。今日はジョーリィを祝福する日なんだ。一つ聞いてもいいか?」
「どうしました?」
「本日のパーティーにルチアーノ卿やマルティーナは招待していないのか?」
ヴィクターとマルティーナは婚約者同士。ただ、王侯貴族にマルティーナを関わらせたくないルチアーノはこの婚約を快く思っていない。気さくで人見知りをするジョーリィに優しく接してくれるヴィクターをよく知ればマルティーナだって彼を好きになる。マルティーナがヴィクターを好きになればルチアーノの考えだってきっと変わる。
……良いことの筈なのに、ヴィクターを好きになったマルティーナを見たくない。
不意に芽生えた考えに愕然としながら、首を傾げるヴィクターを誤魔化した。
「な、なんでもありません。ルチアーノ卿とマルティーナお嬢様は欠席です」
「欠席……? 何故か理由を知っているか?」
「ルチアーノ卿の意向です」
「……」
ルチアーノにも両親にも、マルティーナの欠席理由を招待客に訊ねられたらそう言えと教えられた。
その通りに答えたらヴィクターの綺麗な眉間に皺が寄った。きっと婚約者に会えると期待したのに欠席で不満なんだと判断したジョーリィは慰める言葉を選んだ。
「マルティーナお嬢様にお会いになりたかったですよね」
「え」
「折角、婚約を結ばれたのですから、色んな場所で会ってみたいと思うのは当然かと」
「あ、ああ。そう、だな」
「?」
おかしなことを言っただろうか? と今度はジョーリィが首を傾げる側に。歯切れの悪い台詞を並べるヴィクターを見て一つの考えに至った。友人の前で好きな女の子を気にしていると思われてきっと照れているのだ。そうに違いないと判断した矢先、見覚えのある姿を見掛けた。
ミエール嬢、と呼ぶと向こうも気付いて此方へと来た。
「ジョーリィ様、第二王子殿下」
ミエールの後ろに知っている男性がいた。大教会の神官長を務めるラウゼスだ。同伴者を一名連れて来ていいこととなっており、殆どが親族だ。ヴィクターは護衛を三人連れて来ているが離れた場所で待機していた。最初に招待客を出迎えていた時、サンタピエラ伯爵家の馬車ではなく大聖堂の馬車で来た時は母共々驚いた記憶はまだまだ新しい。
「パーティーは楽しんで頂けていますか?」
「とっても! 神官長様も楽しいですよね」
「まあ……時にジョーリィ様。ラナルドが何処にいるか知らないか?」
「父上、ですか?」
そういえばラウゼスは挨拶をした時もラナルドの所在を気にしていた。ミエールの付き添いというより、ラナルドに用があって来た感が否めない。
「会場にいないなら、部屋に戻っているかもしれません」
「そうか」
納得はしたものの、何かが気になる。ジョーリィが訊ねようとする前にさっきから無言のヴィクターが不意に入った。
「ミエール嬢、先程振りだな」
「はい」
「神官長の下での修業はとても厳しいと有名だがミエール嬢は大丈夫か?」
「全然! 私も早く神官長様のように神聖力を自在に扱えるようもっと厳しくても大丈夫ですわ!」
「君のような向上心のある者が貴重な力の使い手となって、王家としても喜ばしい。これからも精進してくれ」
「はい、ありがとうございます!」
微かに頬を赤らめてミエールを見つめるヴィクターの横顔は、気のせいか恋をしている男の子に見えてしまう。そういえばマルティーナとヴィクターが会話をしている場面をジョーリィは知らない。
聖女になると有望視されているミエールへの期待が大きいのだと納得したジョーリィとは反対で、ラウゼスは無表情ではあるが親しい人が見ると分かる苦々しい気持ちを浮かべていた。
以前ラナルドが言っていた通り、ヴィクターはミエールを好いているようだ。恋愛脳な王妃に似て自身の恋心を優先する姿は王族にあるまじき姿。国王の方はマルティーナと婚約することで得られる利益の大きさを説いているとラナルドは言っているが然程効果はない。
「どうしたのですかラウゼス。居心地が悪そうですよ」
探していた男が自分から声を掛けて来た。相変わらず何を考えているかまるで読めない怪物がいつもの微笑を携えて近付かれた。
「ラナルド。お前と少し話したいことがある。席を外そう」
「此処で構わないのでは」
「お前が良くても私は御免だ」
「ぼくはこの後、所要の為会場を出て行きますよ」
「ルチアーノ卿にでも会いに行くのか」
「まあ、似たようなものです」
「お前……ルチアーノ卿に執着するのをいい加減止めろ」
目の前の男がルチアーノに拘るのは、幼少期に起きた誘拐事件のせい。元々、家庭環境が壊滅していて、救出されても先代モーティマー公爵夫妻はラナルドの引取りを拒否した。その為、一時的にルチアーノがラナルドの親代わりとなった。先代夫妻はラナルドが救出された半年後に事故死した。二人共に、各々の愛人と行った旅行先で死んだ。
仕組まれた事故だと誰もが思うも実際に口にする者はいなかった。
「モーティマー公爵!」
突然声を上げたヴィクターへ視線をやった。
「どうしました殿下」
「公爵。マルティーナには気を付けてほしい」
「はい?」
「マルティーナはルチアーノ卿の影響力を使って公爵に近付こうとしている。あれは、私の婚約者としての自覚が全くない為、せっ——」
「途中で言葉を遮る無礼お許しください殿下」
前以て謝罪の言葉を述べてヴィクターの台詞を遮ったラナルドは、貼り付けた微笑に呆れと冷たさを纏った。
「この場にルチアーノ様がいないからと言って、滅多な発言をするものではありません」
「なっ、つ、告げ口をするつもりか?」
「いいえ? マルティーナ様の欠席はルチアーノ様の意向と言えど、マルティーナ様に心無い言葉を吐く者は大勢います。会場中の声が耳に入る様にしていてもおかしくないでしょう?」
「なっ、なっ」
見る見る内に顔を青褪め、口を陸に上がった魚の如くパクパクさせるヴィクター。聞き耳を立てていた周囲の者も一斉に口を噤んだ。この場におらずともルチアーノの耳に己等が口にしたマルティーナへの嘲笑を聞かれていたら……そう思うだけで背筋が凍ってしまう。
ヴィクターが初対面のマルティーナに行った暴行とルチアーノにされた報復をラナルドから聞いていたラウゼスは人知れず呆れの息を吐いた。恋愛脳を受け継いだとしても、あの王妃はここまで酷くはなかった。
「マルティーナ様の行動は、ほぼ全てルチアーノ様が管理しています。ご不満ならルチアーノ様本人に申してください」
「……」
それが出来れば苦労はしない。そんな度胸もないヴィクターは口を噤んで俯いてしまった。片想いをしているミエールの前で恥をかかされたと内心怒っていようとルチアーノに直接物申せる覚悟等ありはしない。
「なんだかマルティーナ様って可哀想な方ですね」と哀れみを込めて発言をしたのはミエール。突然のミエールの介入にラウゼスが「どうした? 突然」と一驚した。
「第二王子殿下に勘違いを起こされているのって言わばルチアーノ卿のせいでは?」
「ミエール。あの男を普通の天秤にかけるな。ただ、ルチアーノ卿が王家に関わりたくないという気持ちは分からんでもないがな」
「え?」
ルチアーノの後ろ盾欲しさでしつこく婚約を迫った国王の気持ちは分からないでもないが、しつこいことが大嫌いなあの男にそんな真似をしたらどうなるかくらい分かる。
理由を知りたそうに見上げるミエールの視線に気付いていない振りをしつつ、本題に入りたい旨をラナルドに放った。目を伏せっていたラナルドの薄紫の瞳が自分へ向くと背中に寒気が走った。
「貴方の言う用件の見当はついています。残念ながらぼくにも分かりません」
「……」
疑いの視線を注ごうとラナルドは動じず、ヴィクターに会釈をした後会場を出て行った。
「ジョーリィ様分かりますか……?」
「ぼ、僕にも全然……」
以前ラウゼスや大教会にルチアーノが人工生命体の実験をしていたと漏らした研究員が二日前遺体となって発見された。場所は研究員の実家。外傷や自殺をした形跡もなく、持病を抱えていたという話もない為、騎士団では突然死として処理する方向としている。
タイミングがタイミングだけに強い疑惑がラウゼスの中にあったのだった。
ルチアーノでも、ラナルドでも、相手を病死に見せ掛けて殺すことは可能だ。あの時話した内容をルチアーノに伝えたのなら、この二人が最も疑わしい。
確証を得たいがあの時の件でマルティーナにはすっかりと怯えられてしまった。何度か訪問をしてもラウゼスを見るなりマルティーナは逃げるか泣きそうな顔をし、その度にルチアーノに追い返される羽目に。
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