喜ばれた
明日はジョーリィ様のお誕生日。綺麗にラッピングされた箱の中には『ディアナ』が収められている。薄紫のリボンを結んだのは、ジョーリィ様の瞳と同じ色だから選んだ。今日はもう寝るだけ。プレゼントを持ってお父様の部屋に行った。
「お父様」
「マルティーナ」
窓の近くに椅子を置いて本を読んでいたお父様が顔を上げる。珍しく黒眼鏡じゃない、普通の眼鏡を掛けていた。
「視力悪くないのに眼鏡?」と言いながらプレゼントをサイドテーブルに置いたら、昔祖母の真似で眼鏡を掛けて読書をしたら祖父が喜んでいたからだとか。未だに名前だけしか知らない祖母と名前すら知らない祖父。祖父の肖像画はないが祖母はあるらしく、見せてと言っても何時か、としかお父様は言わない。
お父様に近付いたら本を宙に浮かせて膝の上に乗せられた。
「読書はいいの?」
「お前が来るのを待つ間の暇潰しなもんでな」
「どんな本を読んでたの? 私も読める?」
「マルティーナには、まだまだ早いな」
そう言われると気になってしまうのが人の性。宙に浮いていた本を手元に戻したお父様に見せてもらい、すぐに私はお父様に抱き付いた。
「全然読めない……!」
「だから言ったろう」
「文字が記号なんだもん」
「古代語。それも、エルフにしか読めない文字さ」
「うわあ」
現代語と偶に人間側の古代語を習っているだけでは読める筈もない。
「お前の世界でも違う言語はあったろう?」
「あるある」
私が生まれ育った国の言語は、世界でもトップクラスの難易度を誇り、更に識字率は90パーセント以上と話したらお父様が興味深そうに声を漏らした。
「へえ……それはすごい。そんな国、この世界でもそうはない」
私達が住んでいる王国にしてもそう。貴族は当たり前な話、子供の頃から家庭教師を付けられる為教育を受けられる。平民だと裕福な家庭を除いて識字率はあまり高くない。平民専門の学校がないのが最も大きい。
「お前が生まれた育った国の言語が難しいのはどうしてなんだ?」
「まず、四種類の文字を覚えないといけない」
ひらがな・カタカナ・漢字・ローマ字の四つ。興味が出たらしいお父様に紙に書いて見せてと頼まれ、机に移動して引出しから紙とペンを取り出した。
あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
らりるれろ
わをん
アイウエオ
カキクケコ
サシスセソ
タチツテト
ナニヌネノ
ハヒフヘホ
マミムメモ
ヤユヨ
ラリルレロ
ワヲン
漢字については義務教育で習うのは約二千以上なので簡単なものだけ。続いてローマ字を書いていったらお父様は感心したように息を吐いた。
「これだけの数の文字を習うのか」
「うん。そうだよ。後、漢字っていう文字の中には何通りもの読み方あるんだ」
「一つだけじゃないのか」
「うん」
自分で言うのもなんだけどよく覚えられたもんだよね……。
外国の人が日本語を覚えるのに苦労する理由がよく分かる。確か日っていう漢字の読み方が何通りもあり過ぎて訳が分からないって頭抱えてる動画とか見たっけ。
その後もお父様に前世の文字を教えていたらすっかり遅くなってしまい、抱っこをされて寝台に寝転がる。
「明日は早起きしないといけないのに……やっちゃった」
「招待客が来るまでに渡せばいいさ」
「そう?」
「ああ」
「それもそうだね」
長居をする気はなく、プレゼントを渡してジョーリィ様に誕生日を祝福する言葉を掛けたらすぐに帰るつもりだ。
明日が楽しみな私はお父様に抱き付いて眠った。私を抱く腕の温もりやお父様の鼓動が眠気を誘い、割とすぐに眠ってしまった。
——翌朝。
マリンに二人共起こされ、カートに載せて運ばれた洗顔セットで顔を洗い、頭に残った眠気を吹き飛ばした。
「水冷た!?」
「目が覚めましたでしょう? はい、此方がお湯です」
冷水で顔を洗ったら確かに目が覚めた。冷えた手と顔をマリンが差し出したお湯で温め、タオルで拭き、次は着替えな為一旦自分の部屋へ戻った。私の部屋と繋がっている衣裳部屋には、私に似合うからとお父様が購入したドレスが沢山……。数度しか着用していない物もあれば、一度も袖を通していない物まである。他家、それも公爵家とならばマルティーナ=デイヴィスとして立派な装いで行きたい。マリンを見上げた直後、いつの間にか後ろにお父様がいた。
「お父様?」
「お前のことだ、どうせ気負っているんだろうと思ってな」
「勿論。モーティマー公爵やジョーリィ様とはお知り合いになっても、ちゃんとした格好で行きたい」
「気負うな。おれ達が出向く時間に招待客はいない」
お父様の台詞に一理あるけど、私個人の考えとしては、こういう時くらい気合を入れたいなあ……。困った、とマリンを見上げたら室内にいるドレスを見つめていた。マリン? って呼ぶと向いてくれた。
「どうしたの?」
「旦那様とお嬢様のお気持ちを考えてバランスの良いドレスを探していました。私の目利きになりますがそのドレスを着てみましょう」
「うん」
お父様は適当派、私はちゃんとしたい派。私達ならどちらに偏っても良い気がするけれど、侍女として働くマリンは手抜きをせず、私達の考えを上手く取り入れたデザインを探し、見つけてくれた。
手に取ったドレスは実際言葉通りで。私やお父様の瞳と同じ青のドレス、好んで着ているデザインと然程変わりないが生地に拘りがあった。素材は妖精達が育てる蚕から採取する絹。妖精は人間とは取引をしないがエルフの血を引くお父様とはするらしく、時折、商人に扮した妖精がやって来る。最高級品の絹を使用したドレスなら私が納得。お父様も納得した。これでジョーリィ様に面と向かって誕生日プレゼントを渡せるね。
「早速着替えよう、マリン」
「はい」
着替える為、一旦お父様には部屋を出てもらい、二人になると早速動き出した。
「——どうかな?」
「良いんじゃないか」
時間にして凡そ四十分。ドレスの次は髪型をどうしよう、髪飾りはどれにしようとマリンと二人悩んでいると予定していた時間より掛かってしまい、お気に入りのリボンを選んだ。玄関ホールで待っていたお父様に謝ると首を横に振られた。
「ラナルドに伝えている時間まで十分余裕がある。気にするな」
「良かった」
「お前は時間に対して細かいな」
「うん」
これも前世の影響だ。生まれ育った国は時間に対してきっちりとしていた。今度お父様にも教えてあげよう。
プレゼントの箱をお父様に渡したら、片腕で抱っこされ、見送りに来ていたテノールさんとマリンに行って来ると告げ、外へと出た。あれ? 何時もなら転移魔法であっという間なのに。
「馬車で行くの?」
「いいや。転移魔法を使う。中だとテノールに馬車を使えとうるさく言われる」
外に出たって馬車の用意がされていないのを見たらすぐにバレるような……。心の声を出さず、転移魔法であっという間にモーティマー公爵家の正門前に着いた。他家の屋敷ってアークラント伯爵家以来だ。流石公爵家、有り得ない程大きい。
門番の人は「ルチアーノ卿! 旦那様より話は通っています! どうぞ」と門を開けられた。顔パスって便利。
高位貴族の屋敷は正門から屋敷までかなりの距離がある。普通は馬車で来るものだが私とお父様は徒歩。時間が掛かる。
「遠くからでも分かる大きな屋敷……」
「前世のお前でも見たことあるか?」
「ないない」
海外のセレブくらいだってば。
手を繋いで歩くこと暫く。やっと屋敷の前に到着した。地味にしんどい。
「歩いて来る人っている?」
「まずいないな。転移魔法で飛んだ方が良かったか?」
「ううん。お父様と散歩をしているみたいで楽しかった」
「そうか」
運動にもなるしね。
扉へ近付いたらタイミングよく公爵が出て来た。呆れを滲ませた微笑がお父様に。
「ルチアーノ様。態々徒歩で来ずとも、貴方なら転移魔法で飛べたでしょうに」
「歳を取ると身体を動かす機会が減るものでな。運動がてら歩いた」
「やれやれ。マルティーナ様、お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。こうやってお父様とはよく歩きます」
ちょっとしんどいけど休憩する程疲れてはいない。どうぞ、と邸内に招かれ足を踏み入れるとジョーリィ様がいた。今日の誕生日パーティーの主役らしく普段では見ない格好で印象が違う。ちょっとだけ頼りなさそうな綺麗な男の子が、貴族の子息らしい雰囲気に包まれていた。私やお父様を見た途端、周囲に小花を咲かせたのはきっと気のせいじゃない。
私はプレゼントの箱を持ったままジョーリィ様の許へ。
「ジョーリィ様。本日はお誕生日おめでとうございます。ジョーリィ様に神の祝福があらんことを」
「ありがとうございます。マルティーナお嬢様」
昨日教わったお祝いの文句を述べ、私が頭を下げるとジョーリィ様も気持ちを受け取ったとして頭を下げた。同時に姿勢を正し、持っていた箱を差し出した。
「私からのプレゼントです。きっとジョーリィ様の助けになるかと思って選びました」
「ありがとうございます。中を開けても?」
「はい!」
箱に結ばれたリボンを解き、蓋を開けたジョーリィ様の瞳が不思議気に丸くなった。『ディアナ』という植物の種で、魔力を注いで育てることで月の形をした魔法石が出来上がると説明し、更に完成に五年の歳月がかかることも話せば感慨深そうに五年という言葉を呟かれた。
「五年も……」
人に贈る物としては不向きだったかな……他の人は分からないが、ジョーリィ様にとっては何時か大きな助けになると踏んで選んだ。
「マルティーナお嬢様は、僕が魔法石を生み出せると信じてこれを?」
「はい。勿論です!」
「魔法石が完成したら、いの一番にマルティーナお嬢様に会いに行きます! お嬢様に一番最初に見てほしいです」
「!」
や、やった……! 喜ばれた……!
「私で良いのですか?」
「種をくれたお嬢様に一番に見てほしい。僕、最後まで責任を持って育てますね」
「ジョーリィ様ならきっと出来ます」
両手で箱を持ち、種を見つめるジョーリィ様の希望に満ちた眼差しと微かに赤く染まる頬……絶対に喜ばれている成功した。やった。
「今日のパーティー……本当はちょっと怖いなって感じてて……」
「怖い、ですか?」
「いつもは招待される側だから、招待する側になるのは初めてで粗相をしないか不安で」
「大丈夫ですよ。公爵や公爵夫人、それに公爵家に仕える方々がジョーリィ様の側にいます」
「そう、ですよね」
初めて主役としてパーティーを開くのだ、不安に感じるのも当然だ。ちょっとは慰めになったかな? ジョーリィ様に明るさが戻ってきた。
「マルティーナお嬢様のお誕生日が何時か聞いても?」
「一月前に終わりました」
「え!? そ、そうだったんですか……」
元々報せる気もなければ、正式に公表するつもりのないお父様の意向に従った。ショックを受けるジョーリィ様に気にしないで下さいと言いつつ、不意に刺さるような気配を感じ上を見た。二階へ上がる階段の踊り場にジュリエット様がいらした。すごい目で私のこと睨んでる……。ジョーリィ様の誕生日、嫌な思いをしてほしくなくて黙っていることにした。
「マルティーナの誕生日を言ってなかったのか」
「言ってませんよ。周囲に報せる気は更々ないと言ったのはルチアーノ様ですよ」
距離を取ってマルティーナとジョーリィを見守りつつ、会話だけは耳に入れていたルチアーノは、マルティーナの誕生日に屋敷へ訪れたラナルドがジョーリィに話していなかったことに対し呆れ果てた。忘れていたのではなく、態と言わなかった。理由はラナルドの言った通りルチアーノの意向に従って。
「ジョーリィになら言っても構わなかったぜ」
「そうですか」
あの時に同じ台詞を言っていても目の前の男は多分話していなかっただろう。
「この後、開催する誕生日パーティー……ヴィクター殿下はマルティーナ様が来るものだと思われていますよ。昨日、王妃殿下から確認が来ました」
「知るかよ」
「ルチアーノ様が決めることですのでぼくは何ともと言っておきました。招待状を送ったところで、ルチアーノ様の気分次第で変わるとあの方もご存知の筈」
「王子が来たら、おれの気分で来させないと言っておけ」
「そうします」
階段の踊り場にいるジュリエットがずっとマルティーナを睨み付けていると二人は気付いていて、手を出さない限り放置一択にしたのだった。
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