ラウゼスに次の機会はない
ルチアーノ=デイヴィスと聞けば、大陸でも指折りの数に入る魔法使いであり錬金術師であり——気紛れで横暴、それでいて時折破滅的思考を持ち時に……と考えた辺りでラウゼスは考えるのを止めた。痛む額を手で押さえ、溜め息を吐いた。
今大聖堂の物置小屋にいる。此処に人は滅多に訪れず、一人になりたい時はよく来る。今もそう。どうしてもマルティーナが禁忌の子ではないか確かめたくてルチアーノの屋敷に赴けば、父娘揃って魔導研究所に行ったと教えられ、次に其処へ行けば運良くマルティーナの側にルチアーノはいなかった。
安心したのを顔には出さずともラウゼスをよく知る人は察した。側にルチアーノがいたら、絶対にあの男は口を割らない。マルティーナに話させない。ルチアーノの代わりにラナルドがいたのは計算外だった。
自分にも、他人にも興味のない男だがルチアーノにだけ強い関心を持つ。その理由を知っていると何も言えなくなる。
ただ、ルチアーノの娘だからという理由でマルティーナにまで強い関心を持つとは思わなんだ。何より、自分の妻や子にさえ積極的に関わろうとしない男がルチアーノの娘を抱き上げてラウゼスから守っていたのは驚愕に値した。ラナルドを他に知る人が見ても然り。
「……」
あの男を本気で怒らせればどうなるか知らない馬鹿じゃなくても、大聖堂の神官達を纏める者として、禁忌に触れた確認はしないとならない。恐らくだがマルティーナはルチアーノが創り出した人造人間の可能性が高い。頑なに魔力検査を行いたくないのもその為だろう。
「ふむ……」
怖がらせ、泣かせてしまった以上、ラウゼス一人ではマルティーナに接触することは難しくなってしまった。否、無理に近くなった。娘を溺愛しているらしいルチアーノは決して近付けさせはしない。また一人の時を狙って接触する方法を考えるも、あの様子だとルチアーノがいない時はラナルドがいる率が高く、どんな方法を考えても駄目と至った。第二王子ヴィクターの婚約者になったと聞いた。親しい騎士曰く、最初ヴィクターがやらかしてしまい関係は最悪だとか。更にヴィクターには想い人がいてそれはミエールだとも聞いた。
ミエールは生まれながらに神聖力を持ち、ラウゼス以来の強力な使い手になると期待されている。ラウゼス自身が彼女を弟子にした経緯もあり、難有りなヴィクターが想いを寄せているとミエールに知られるのは避けたい。
ミエールの方は、ヴィクターをどう思っているのか。サンタピエラ伯爵家はミエールの力のこともあって王家よりも大聖堂側に位置している。茶会で会ったら必ず会話をするとミエールは以前言っており、将来神官長となる令嬢を気に掛けているのかと思っていただけにヴィクターの狙いを知ると呆れた。
王族に生まれた自覚があの王子には足りていない。あの王妃の腹から生まれただけはある、と心の中だけに留めたのだった。
物置小屋を出たラウゼスが庭へと向かっていると少女の声が呼び止めた。振り返ると期待に瞳を輝かせたミエールが小走りで向かって来ていた。
「神官長様!」
「ミエール」
近くまで来たミエールを見下ろす。マルティーナと歳が同じの女の子。将来への期待を込め、敢えて厳しく接しており、今後も態度を改めるつもりはない。そんなラウゼスに臆することなくミエールは積極的に教えを請う。誰も彼もがミエールと同じとは思っていないものの、あの時マルティーナ(主にラナルドに対してだが)に向けていた声や言葉は、たった六歳の女の子に向けるべきものではなかったと今更ながら反省している。唐突に泣き出したマルティーナの危険を察知したルチアーノが登場した際は、滅多に発しない重圧的な殺気に当てられ久しぶりに死を覚悟した。
あの男だけは決して敵に回すなとは先代神官長の台詞。他の誰を怒らせようと自身で解決出来るのなら良し、ルチアーノだけは絶対に駄目だ、と。
「何処にいらしたのですか? ベルデさんが神官長様をずっと探しておられましたよ」
「少し考え事をしたくてな。今ベルデは何処に?」
長くいたつもりはなくても、自分で思っていたより考え込んでいたようで。ラウゼスはミエールに案内役を頼み歩き出したが——思わぬ来訪者と対面した。
「こんにちは、ラウゼス」
「ラナルド?」
先日会ったばかりのラナルドがラウゼスに会いに来た。相変わらず感情の読めない微笑を貼り付けた面相は作り物のように美しく、そして末恐ろしさを感じさせる。薄紫の瞳がチラリと下へ動いた。
「サンタピエラ伯爵令嬢。少しだけラウゼスを借りても?」
「え? あ……はい。あ、でも……ベルデさんが……」
先にラウゼスに用があるのはベルデだが、身分で比べてしまうとラナルドが上となってしまう。口を噤んだミエールは助けを求めラウゼスを見上げた。
「今する話か?」
「すぐに終わりますよ。時間は取らせません」
「なら、此処で話せばいい」
「以前、ルチアーノ様が人口生命体の実験をしていたと貴方は言っていましたね。貴方に情報を流したのが誰かぼくに教えてもらえませんか」
躊躇する様子もなく、単刀直入にも程がある。ミエールのいる場でする話ではないとラウゼスは言いたかったが、此処で話せと言ったのはラウゼス本人。何の話か分かっていないミエールに申し訳なさを抱きつつも本題に入った。
「お前に教える義理はない。というか、お前が気にすることなのか?」
「言ったでしょう。ぼくもマルティーナ様の母親が誰か気になると。あの後ルチアーノ様に聞いてみましたが駄目でした」
「ルチアーノ卿のあの様子だと言わんだろうな」
「貴方がマルティーナ様を泣かせたから」
決して泣かせる気はなかったとラウゼスが言っても現に泣かせてしまっている。反論の言葉を出したくても出せず、気まずげにすれば、ミエールが驚いた声を上げた。
「神官長様、マルティーナ様を泣かせたのですか?」
「態とじゃない。というより、ミエールはマルティーナ嬢を知っていたのか?」
「知ってますよ。お茶会でよく話題になりますから」
サンタピエラ伯爵もルチアーノに娘が生まれたと知った頃は大層驚いた側で、現在娘を溺愛しているという話も当然耳に入っている。
誰もがルチアーノの娘を一目見たいと思っているが夜会や茶会には出ず、王家主催の公式行事にも顔を少し出すとすぐに帰ってしまう為、見る機会はないとも諦めている。魔導研究所の職員ならばと以前誰かが職員にルチアーノの娘について問うも、研究所にすら連れて来てないと語られ、常に屋敷にいてルチアーノが側にいると聞かされては強行突破して娘を一目見ようという猛者でない限り見れる機会は永遠にないと皆悟った。
「モーティマー公爵閣下もマルティーナ様とお会いしたことが?」
「ええ、ありますよ」
「羨ましいです。私の両親も一度はマルティーナ様とお会いしたいと話していました」
「ご令嬢も?」
「はい! だって、ルチアーノ卿にそっくりだって聞きました。ルチアーノ卿にそっくりならとても綺麗な人なのでは?」
「そうですね」
まだ齢六歳の女の子。どの様に育つのか分からないにしろ、ルチアーノでさえ違っているところは性別くらいだと言う程だ、マルティーナは群を抜いて綺麗な子供。将来国一番の美姫になるのは違いない。
「で? ラウゼス」とミエールからラウゼスに再び意識を戻し、協力者について迫ったラナルド。諦めていないか、と一人零したラウゼスはとある研究員の名を出した。
「その方が?」
「ああ。その研究員は、ルチアーノ卿の実験を手伝っていないにしろ、ルチアーノ卿が人口生命体の研究に着手していたことを話してくれた」
「なるほど。それなら確率は上がる」
聞きたいことを聞き出せたラナルドは満足したらしく、踵を返してこの場を立ち去ろうとした。ラウゼスの呼び止める声に足を止め、振り向かないまま耳を傾けた。
「お前、まさかと思うがルチアーノ卿に瓜二つなマルティーナ嬢を……」
ラウゼスが何を言いたいか察したラナルドは敢えて答えず、意味深な笑いを発して今度こそこの場を去った。どうして誰も彼も下らない妄想を起こすのか、彼等の脳味噌に触れて見たくなってしまう。
子供の頃、黒魔術を崇拝する集団に誘拐された。自分以外にも連れて来られた子供は大勢いた。
皆死んだ。
ラナルドの目の前で。
最後に残ったラナルドに集団の手が伸びた時——偶然訪れたルチアーノが現れ助けられた。
人間的な感情は誘拐された当時に消え去った。元々、あったかさえ不明確な物。無くなろうと元から無かろうとどうでも良かった。
唯一関心を寄せられたのがルチアーノという個。最近ではマルティーナにも関心が芽生えた。
この感情がどういった類な物かさえ、ラナルドにとってはどうでも良かった。
ただ、自分にとって居心地の好いあの場所に居られたらそれで……。
——朱色が徐々に濃い青に染まっていく時間に、予告もなく訪れたラナルドに驚きもせず、温室に招き入れ薬草を採取しながら報告を受けたルチアーノ。情報を漏らした研究員は、マルティーナを創る実験に加担していないにしろ、長年ルチアーノの人口生命体の研究を反対していた。仮令エルフのハーフだろうと生命を人工的に創るのは禁忌だと声を荒げて。
「ラウゼスはよくもまあ、疑いもせずお前に話したな」
「ルチアーノ様は誰にも話さないと思っているのです」
小さな白い花を摘んではトレーに置くラナルドを後ろから眺めるルチアーノは「そりゃそうだろう」と喉を鳴らす笑いを発した。
「おれは元々お前にも話すつもりはなかったんだ。が……マルティーナがお前に懐いてるなら、話してもいいと思ったんだ」
「それは光栄です」
基準がマルティーナなら、マルティーナを泣かせたラウゼスは今後も除け者確定だろう。
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