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嫌な予感は当たる

 



 揉み手をしてニコニコ顔で商品を吟味する私を見ている商人の視線が何だか嫌だ。お父様と取引のある商人が自慢の品を持って来たとやって来たのはついさっきのこと。絨毯を敷いた床に広げられた装飾品や美術品、それに希少な魔法道具だとか。どれも最高級品なのは分かるけれどどれもピンとこない。



「お気に召さないか?」

「うん」



 お父様に抱っこをされ、背中をポンポン撫でられる。私の機嫌が悪かったり、眠い時によくされる。今の私の気分は前者だ。来月のジョーリィ様の誕生日プレゼントは何にしようか考えていた最中のこれなので丁度いいと思ったのに。何だか残念。お父様の肩に顔を埋めたら、さっきのお父様の言葉もあってか商人のおじさんが慌て出した。



「お嬢様にはまだ早かったですかな」

「さあな。おれの娘は高価な物に興味が無くてな。今度来る時は、子供が興味を持ちそうな珍しい物でも持ってきな」

「ルチアーノ卿は……」

「今回はめぼしい物がない。まあ、此処へ来た手数料くらいは払ってやるよ」

「そうですか……」



 多少なりともお金を貰えるなら無駄足ではないだろうに商人のおじさんは落ち込んだ様子で商品を片付け始めた。

 私を抱いたまま部屋を出たお父様が来たのは寝室。寝台に座ったかと思えばそのまま後ろに倒れた。



「お父様眠いの?」

「そうでもないな。マルティーナはそろそろお眠の時間だろ」

「まだ眠くなーい」



 と言いつつ、実はちょっとだけ眠かったりする。

 まだまだお父様とお喋りしていたい欲が強く、駄々を捏ねれば黒眼鏡をしていない為丸出しの表情に笑まれる。うう……この顔に弱い。



「お父様はマルティーナと昼寝がしたいな」



 背中を抱かれお父様諸共身体を横に倒された。



「お父様ってば最近ベッタリ」

「子供の成長は早いって言うだろ? お前が大きくなる前に触れ合えるだけ触れ合いたい」

「ふふ。うん!」



 お父様の言う通り子供の成長は早い。前世も父が大好きだった私はよく飛び付いたりしていたが、普通の女の子って成長すると父親を嫌いになると言う。成長の証だと言うけれどずっと娘の成長を見守って来た父親からしたら寂しいだろう。



「お父様に反抗期ってあった?」

「さあな」

「絶対あった」

「どうだったかな」



 おちょくってもお父様はペースを崩さず教えてくれない。



「ふわあ……」

「やっぱり眠いんじゃないか」

「眠気がちょっと来ただけ。ジョーリィ様の誕生日プレゼント何を贈ったらいいかな」



 相手は公爵令息。私が贈る物は何でも喜んでくれる感は否めないが手を抜くことだけは絶対に嫌だ。ジョーリィ様と何度も遊んだお陰で好きな飲み物やお菓子が何か大体は把握している。お菓子はありきたりだし、小物をと思ってもピッタリな物が浮かばない。本を、と一瞬浮かぶもモーティマー公爵家にもデイヴィス家にもない本となるとかなり珍しい代物となる。



「お父様はさっき来ていた商人以外に伝手ってありますか?」

「どうして」

「ジョーリィ様に珍しい本を贈りたいなって」

「本を選ぶなら、いっそ魔法植物にするか?」

「魔法植物? それって温室の?」

「そうなるな」



 屋敷に設置されている温室や魔導研究所が管理する温室には希少な植物も多い。



「毎日水の代わりに魔力をやると、そいつの魔力で凝縮された魔法石を生み出す植物がある」



 魔法石は貴重で錬金術や召喚魔法の触媒には勿論、己の魔力回復にも役立つ。身体の弱かったジョーリィ様は他者の魔力を受け付ける免疫が弱く、万が一魔力不足に陥った場合魔法石を使った魔力回復ができない。但し、自分の魔力で出来た魔法石を持っていたら拒絶反応もなく魔力回復が可能となる。また、魔法石そのものに祝福をかけることでお守りにもなるのだとか。



「その植物を育てるのは難しい?」

「毎日決まった時間に決まった魔力量を与えるだけだ。魔法石を生み出すのには時間はかかるがな」

「どれくらい?」

「強大で魔力濃度を濃くするなら、最低でも五年はかかる」

「五年かー」



 長いなー。抑々、自然に生み出される魔法石は長い歳月をかけて誕生する。人工的に作ってもそれだけの時間がかかるのは仕方ない。

 せっかちな人には向いていなさそうだけれど、のんびりで忍耐強いジョーリィ様ならきっと自分だけの魔法石を作れるだろう。



「うん! それにする。魔導研究所の温室にあるの?」

「ああ。今から行くか」

「はーい!」



 眠気は吹き飛び、今すぐ行こうと抱き付いた私を抱き留め、上体を起こしたお父様に今度は違う意味で背中を撫でられる。



「落ち着け。まずは仮眠だ」

「えーすぐ行こうよ」

「今は興奮して眠気が吹き飛んだだけでどうせ後で眠くなる。今は寝るぞ」



 と言われても……。

 不満げに見ていれば背中をポンポンと撫でられる。これだけでは眠気は誘えない。



「眠くないー」

「行っている最中に絶対に眠くなる」

「なら、私とお父様で賭けをしましょう? 私は眠くならない、お父様は眠くなるで」

「構わないが何を賭ける?」

「うーん」



 私個人の持ち物といっても、どれもお父様の財力によって与えられた物ばかり。殆どの私物はお父様が把握している為、賭けをしてまでお父様が手に入れたい代物はない。かと言って何もないとも言えない。悩んだ私はこんな提案をしてみた。



「私が眠くなったら好きな人が出来るまでお父様と一緒に寝るー!」



 普通ならドン引きされるであろう台詞。さすがのお父様も断るか、年齢制限をつけてくると踏んだのに……。



「へえ……いいね」

「……へ」

「テノールが言ってたんだ。親が子供と寝るのは大体小さい内だと。デカくなった子供と寝る親はいないって」

「ま、まあ、そりゃあ……うん」



 前世の記憶を思い返しても該当する人はいない。偶に家族全員畳の上で雑魚寝をするとかはあった。お母さんだと偶にあったかな。お母さんの寝室のベッドだけ寝心地良すぎて寝落ちしてしまい、お母さんが使う時に端に押されたんだっけ。



「マルティーナの前世でもないみたいだな」

「うん」

「お前が眠くなったら毎日お父様と添い寝な」

「うん」

「それと、好きな人と条件を付けたができるのか?」



 揶揄う口調で問われ、ちょっとだけムッとするも尤もな意見に冷静になった。



「うーん……ない、かも」

「そうか」

「少なくともあの第二王子を好きになることはない。ジョーリィ様もないかも」

「ジョーリィと仲が良いのに」

「友達としての関係が丁度良いよ、きっと」



 何よりジョーリィ様にはジュリエット様がいる。私が名前を出すと意外そうな声を出された。



「そうか?」

「あまり名前は出ないけれど、ジュリエット様の名前が出るとジョーリィ様表情が柔らかくなるの」

「ふーん」



 うわ、全然興味ない。身分は男爵家のご令嬢だけれど、以前モーティマー公爵もジュリエット様を絶対ジョーリィ様の婚約者にはしたくないって感じでもなかったし、二人が協力し合えれば可能なんじゃないかな。



「マルティーナ」



 好きな人か……前世でも私に好きな人はいなかった。告白されたこともなかったし、恋愛とは縁がないなー程度だった。

 不意に呼ばれるとお父様に抱っこをされ、転移魔法で一気に魔導研究所へ飛んだ。



「いきなりすぎ」

「行動ってのは、思い付きが大事なんだ」

「もう」



 幸い出掛けても問題ない服を着ていたから良かったものの、お父様の唐突な思い付きは時に心臓に悪い時がある。お父様に抱っこをされたまま施設内を歩いているとツヴァイさんが向こうからやって来て私達を見るなり安堵を浮かべた。



「管理長! 良かった。研究所へいらしていたんですね」

「何があった」

「職員のお子さんが一人託児所から姿を消してしまい、今皆で手分けして探しているところで……」 



 現在はお昼寝の時間。交代制で寝ている子供達を見ていたけれど、ほんの数分だけ大人が全員いなくなる場面があったのだとか。その数分の間に三歳の女の子がいなくなったと発覚し、ツヴァイさんを始めとする託児所の職員が探し回っているのだ。



「おれも探そう。研究所内だとお前達だけじゃ探せんだろう」



 抱っこをされていた私は下ろされ、託児所で待っていろと頭を撫でてツヴァイさんを連れお父様は行ってしまった。道は既に知っているから問題ない。



「三歳の子供か……大人……親御さんを探しに行ったとかか……」



 子供が小さい内は目を離してはならないとはよく言う。親が一瞬目を離した隙に事故になったケースは多い。ニュース番組でもよくやってたなあ。

 私はお父様が戻るまで大人しく待っていようと託児所を目指した。途中、走り回る職員さんを見掛け気の毒でならない。誰が悪いという訳じゃない、ただ、タイミングが悪かっただけなのだ。


 もうすぐ託児所の前といったところで背後から飛んだ声に呼び止められた。



「マルティーナ様? お一人とは珍しい」

「モーティマー公爵」



 もう何度も聞いている為、声を掛けられても不審には思わなかった。今日は一人らしい公爵にお父様の状況を伝えた。



「そうですか、それで中が慌ただしいと」

「公爵が此処に来る前、それらしい子供はいましたか?」

「ぼくは何も」

「ですよね……」



 知っていたら公爵だって訝しむよね……。



「公爵はどうしてここに?」

「ジョーリィの経過報告ですよ」

「あ、なるほど」



 体調は順調そのもので病気の再発も現在心配はなく、成人するまでに再発しなければ完治と見ていいとか。



「ルチアーノ様の作った薬なら、再発の心配もないのでしょうが念には念を、ね」

「それが良いと思います」

「マルティーナ様とルチアーノ様はどうして? マルティーナ様を連れてとなるなら、大した用事ではなさそうですが」



 言っていいのかな? 誕生日プレゼントを贈る相手はジョーリィ様だし、父親である公爵に念の為許可を貰っておくのも有りか。正直にジョーリィ様の誕生日プレゼントとして贈る魔法植物を見に来たと話す。興味があるらしい公爵に詳しく話すと魔法植物の名前は『ディアナ』だと教えられた。



「知っているのですか?」

「ええ。注いだ魔力が魔法石になると月の形をすることから、月の女神の名前が付けられました。育成者の魔力だけで作られますが、守護や祝福を掛けることでより価値が増すとも」

「魔法石にではなく?」

「勿論魔法石にも可能です。魔法植物に魔力を注いでいる最中に祝福や守護を掛け続ければ、普通に掛けるより効果が桁違いになる。難しいのは、育成者が守護や祝福の魔法を使えるかどうかですな」

「あ……」



 公爵の言葉に思い出す。守護や祝福は神聖力を持ったエルフが得意とする。大教会に属する神官達でも可能だけれどエルフと比べるとその差は歴然。人間側で大きな効果を与えられる祝福や守護を使えるのは神官長と他数名の神官のみ。現在修行中のサンタピエラ伯爵令嬢も何れ使えるようになる。

 そうなるとジョーリィ様自身でかけなければならなくなるが公爵曰く素質はないと言う。


 名案だと自信があったのに……。

 落ち込む私に公爵は続ける。



「落ち込むことはありません。祝福や守護がなかろうと魔法石そのものに価値があります。五年も毎日同じことの繰り返しを成し得る者はそういません。ジョーリィなら魔法石を作り出せるでしょう」

「……はい!」



 私もそう信じよう。



「ルチアーノ様が戻るまでぼくがマルティーナ様といましょうか」

「ジョーリィ様の経過報告を聞きに来たんじゃ……」

「この様子だと子供探しが優先されます。万が一、危険な部屋にでも行っている場合もある」

「確かに」



 一応お父様を含めた一部の職員しか入れない部屋には、封印の魔法が張られ解除しない限り入れなくなっている。大丈夫だと思いたいが万が一がある。特に小さな子供は。

 託児所内にいる子供達は現在お昼寝中の為、外で待っていようと言うと研究所に併設されているカフェへの移動を提案された。予めお父様への伝言を残していればすぐに来られるだろうと。私が頷いた時、一度だけ聞いた覚えのある声が飛んだ。二人揃って振り向けば、濃い青の長髪に赤紫の瞳を持つ綺麗な男性が立っていた。


「あ……」と私は反射的に公爵の後ろに隠れた。会ったのは二度目だけど苦手意識が生まれている……。



「貴方の顔が怖いせいでマルティーナ様が怯えていますよ、ラウゼス」

「顔については生まれ付きだ。他人に一切の興味がないお前がルチアーノ卿の娘にだけは、やけに親切にしていると聞いていたが事実だったのか」

「さあ……どうでしょう」



 大聖堂の神官長……名前は公爵が言ったおかげで思い出せた。二人の話からするに知り合いなのは確定。親しさはなく、妙な険悪さがある。



「神官長殿はどうして此処に?」

「ルチアーノ卿の屋敷に行ったら、魔導研究所にいると聞いたんだ。……マルティーナ嬢だけしかいないなら丁度いい」

「へ」



 鋭い赤紫の瞳に強い疑惑の色が見て取れる様に身震いが起きた。私が本格的に怖がっていると察した公爵に抱き上げられ、私の視界から神官長を消してくれた。



「たった七歳の子供に本気で凄む人がいますか」

「凄んでいる気は一切ない。というか、お前がそうやって他人に触れているところを初めて見たのだが」

「ぼくのことはいいでしょう。今は貴方です。怯えたマルティーナ様を見たらルチアーノ様が怒りますよ。用を済ませて早くお帰りください」

「元々ルチアーノ卿に用があるんだ。マルティーナ嬢だけでもいい」



 嫌な予感嫌な予感嫌な予感……!

 改めて神官長に呼ばれ、ちょっとだけ振り向いたら、嫌な予感が当たっていた。



「君の母親について幾つか聞きたいことがある」



 やっぱりー……!!


「母親?」と公爵。



「ルチアーノ卿は、大聖堂でマルティーナ嬢の魔力検査を行っていない。前に地下で遺体の確認をしに来た時に問い詰めてはみたが……」



 諦めてなかったとは薄々感付いてはいたけど嫌な予感ほど当たってしまう。



「ラナルドは知っているか、マルティーナ嬢の母親を」

「ぼくも知りませんよ。ルチアーノ様曰く、大金を掴ませたら何でもする女性が母親のようですが」



 言い方が酷い。事実だとしても。





読んでいただきありがとうございます。



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