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無事で良かった

 

 


 突然の第二王子訪問以降は何事もなく時間は過ぎていき、空が朱色を帯び始めた。最初に遊んだコイン落としの次はジョーリィ様と読書をした。デイヴィスの屋敷にある本はモーティマー家にもある本があり、二人で共通の本を見つけては感想を言い合った。ジョーリィ様は幸い第二王子が私に放った暴言を聞かずに済んだお陰で良い人認定をしたまま。私にとっては最低最悪な相手だろうと、他の誰かにとっては良い相手というのはよくある話だ。

 時折紅茶を飲む以外はジッとしていたモーティマー公爵が突然動き出したのを見て私とジョーリィ様は揃って反応してしまった。



「ジョーリィはそろそろ帰りなさい。あまり遅くなると母上が心配する」

「えっ」



 唐突な言葉に驚き、俯くジョーリィ様。いきなり一人だけ帰れと言われたら困るよね……。



「ち、父上は」

「ぼくはルチアーノ様が戻ったら帰る」



 一度第二王子が来たなら、以降王妃殿下や王太子殿下達が手を出して来るとは思えない。……と言いたいけれどあの人達しつこさに関しては王様並と言っていいので安易に口に出せないのが悲しい。寂しげに公爵を見つめたジョーリィ様にどう言葉を掛けるべきか。



「分かりました……」



 明らかに落ち込んだ姿で公爵の言葉を受け入れたジョーリィ様は手に持っていた本を閉じテーブルに置いた。



「マルティーナ様。今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「ジョーリィ様に楽しんでいただけて良かった。また何時でも遊びに来てくださいね」



 私が無理に引き止めたいが公爵の言葉にも一理ある。公爵はともかく、まだ幼いジョーリィ様が戻らないと公爵夫人は心配になるよね。名残惜しいが私もさようならの挨拶をした。ら——突然轟音にも等しい大きな音が鳴り、屋敷全体を揺らした。地震かなーと揺れを呑気に眺めていると「お嬢様!」と叫ぶマリンの声が届いたのも束の間、突然抱き上げられたかと思うとマリンが盾になるように抱き締められた。



「え?」

「え? ではありません! こんな大きな揺れが起きているのにお嬢様ってば全然慌てないなんて!」



 ……あ。しまった。


 前世日本人だったせいかな、多少の揺れが起きてもあー地震だなーくらいにしか感じなかった。以前お父様にこの話をしたら感心されたっけ。地震大国なんて言われるくらい地震の多い日本と違い、海外ではあまり地震は起きないと聞く。だから、ちょっとの揺れでも大騒ぎになると。こっちの世界の人も同じで以前地震が起きたのは六十年以上前と聞かされたっけ。



「落ち着き給え」



 皆が慌てふためく中、たった一人冷静な人がいた。モーティマー公爵だ。腰にしがみつくジョーリィ様の頭を撫でながら再度同じ言葉を公爵が放つと揺れは収まった。感覚で言うと十秒以上くらい。



「これは地震ではありませんよ」

「だったら、一体何——」


「旦那様がお戻りになられました!」



 地震ではないのなら何なのかと問おうとしたら、タイミングよくテノールさんが駆け込む勢いでお父様の帰還を報せた。マリンに離してもらった私はお父様がいる屋敷の前に急いだ。一日は掛からないと言っていてもやっぱり何時帰って来るのかと不安はあった。正面玄関の扉を開けて外へ出た私は視界一杯に映る大きな黒い塊に吃驚しつつも側に立つお父様を見つけると駆け出した。



「お父様ー!」

「マルティーナ」



 私が呼ぶとお父様はいつも両手を広げて待ってくれる。今回も同じで勢いよく飛び込んだ私を難なく抱き留めると抱っこをされた。



「お帰りなさい! お父様」

「ただいま。マルティーナ」



 お帰りのキスを頬にしたらお父様もただいまのキスを私の頬にした。黒眼鏡を掛けていないと美形の中の美形なだけあって眼福に尽きる。どこを見てもお父様に怪我はなく、衣服の汚れもない。



「おれがいない間、ラナルドは役に立ったか?」

「すごく助かったよ」

「そうか。で、馬鹿達は来たか?」

「来た来た」



 隠す気もない私が即答すると至極面倒くさそうに息を吐いたお父様は、ゆっくりな足取りでやって来た公爵に視線を移した。私に向けていたよりすごく鋭い。



「ラナルド」

「お帰りなさいませ、ルチアーノ様。マルティーナ様はずっと良い子でルチアーノ様の帰りを待っておられましたよ」

「知ってる。今聞いた。馬鹿が来たこともな」

「そうですか」

「騎士団を纏めるお偉いさんが舐められていいのかよ」



 国王陛下の右腕だけではなく、騎士団団長も務めるモーティマー公爵。お父様の皮肉に反応せず、淡々とした笑みでこう紡いだ。



「ルチアーノ様が戻り次第、陛下にお灸を据えてもらおうと考えていました」

「あの馬鹿共は、西の洞窟の危険性をまるで分かってなかったぜ」

「ほう?」



 なんでもお父様が陛下と執務室で最後の調整をし、いざ出発となった時に第三部隊の騎士が礼儀もなく入室したのだとか。お父様は転移魔法で西の洞窟へ飛んだが会話の内容を把握するべく盗聴の魔法を置いて行ったのだ。



「第三部隊におれのサポートをさせろとクロウリーに迫っていてな」

「却って死体が増えるだけですな」

「ああ。人数が多い方がおれが動けなくなるとクロウリーも知っている。それに、仮に人手が必要でも絶対に使わんこともな」



 威勢よく説明をする騎士は陛下の一声によって退散させられたみたいだけど、全員が全員同じ行動をとっている訳でもなさそうだね。第二王子と来たのは第三部隊の隊長で執務室に乱入したのは第三部隊で三番目に偉い人なのだとか。目立つことばかりに熱意を注ぐのは止めてもっと他に目をやればいいのに。



「ルチアーノ様もご覧になれれば良かったですね。ヴィクター殿下に平手打ちをしたマルティーナ様を」

「また打たれたのか?」

「ううん」



 自分勝手な暴言をこれでもかと放つ第二王子に堪忍袋の緒が切れ、叩かれる前に今度は自分から叩きにいったのだと話した。手を出そうとしたのかとお父様は険悪に嗤うも、私は自分で仕返しができて大満足だと笑った。



「スカッとした!」

「そりゃあ良かった」

「それでお父様。これはなに……?」



 お父様が無事に戻った喜びも落ち着き始めた頃、漸く巨大な黒い物体が何か気になり始めた。西の洞窟に棲み付いた危険な魔物の正体だと聞かされ思わず凝視してしまう。お父様が魔物の周りを一周してくれたので魔物に目がないという話は本当だったんだと実感し、地面に降ろしてもらって魔物の身体を指先で触れた。触るだけなら大丈夫だとちゃんと許可を貰ってね。



「固い」

「ああ」

「死んでる?」

「気絶させてる。後で研究所に持って行って調べるからな」



 暗示をかけお父様が解除しないと起きない工夫がされ、騒ごうと衝撃を与えようと起きないと聞き安心する。



「魔物の攻撃は上手く躱せたようですね」

「ああ」



 魔物を見上げていた公爵の言葉に頷いたお父様に頭を撫でられた。曰く、私が以前口にした遊びのお陰でヒントを得られたのだとか。公爵が首を傾げるがお父様は華麗にスルーをし、褒められた私は照れくさくてお父様の腰に抱き付くとまた抱っこをされる。



「ラナルド。クロウリーには、魔物を使役する指名手配犯がいないか調べさせているが進捗はどうだ?」

「陛下に命じられ調査しておりますが該当する者はいません。詳しく解析するまで分かりませんが……魔物の能力や力を見るに上位の魔法使いと見て間違いないでしょう」

「だろうな」



 私が口を挟む余地はなさげで黙って聞く側に徹する。



「後、洞窟の使用を規制されてるのに強行突入した馬鹿達がいた」

「おやおや……見張りは役に立たなかったみたいですね」

「病気の子供を王都の医者に早く診せてやりたかったんだと。騎士の言う通りにしていれば、余計な時間も掛からず命の危険に晒されることもなかったと説教はした。後日、医者に診せられたかどうかだけ聞いておいてくれ」

「承知しました」



 辛辣な物言いだけれどお父様の言葉にも一理ある。我が子を早く治したい一心で医者の許へ行きたい両親の気持ちは分からないでもない。見張りの騎士は遠回りになろうと安全なルートを教え、誘導までしていたと聞く。焦りで冷静な判断が出来なかったんだろうなあ……。

「さて」と零した公爵はお父様が戻ったのもあり、そろそろお暇しますと告げた。扉から顔を覗かせていたジョーリィ様を呼び寄せ屋敷へ帰る旨を告げた。



「ち、父上も一緒に戻りますか?」

「ああ。ルチアーノ様が戻ったなら、ぼくの役目も終わった」

「良かった……」



 一人で帰る様言われた時は落ち込んでいたけれど、公爵と一緒に帰れると知ると安堵と喜びの混ざった相貌を浮かばせていた。

 二人が帰るのを見届けると私はお父様を呼んだ。



「ジョーリィ様は公爵が大好きなんだね」

「そうか?」

「え。違う?」

「構ってほしいだけだろ」

「好きだからだよね?」

「自分の親だからだろ?」



 その言い方だと私にも通じるのだけど……。


 


 数日後、魔物が駆除されたことによって通行規制はなくなり、通常通りの利用が可能となった西の洞窟。一月の間は引き続き見張りを置き、一月が経過しても新たな魔物の出現がなければ見張りも退去する方針になったとお父様に今朝聞かされた。安全なのが一番。



「なあ、マルティーナ」

「なあに?」



 朝食後の日課となっている庭の散歩をお父様としていると来月私の七歳の誕生日について言及された。毎年屋敷の中でお祝いされており、今年のプレゼントは何がいいかを訊ねられた。時間はまだまだあり、ゆっくり考えればいいと言われ、私はふと抱いた。



「そういえば、王家は私の誕生日を把握してるの?」

「してねえ」

「そっか。なら、誕生日に殿下達が押し掛けて来ることもないね」

「ああ」



 今年の誕生日もお父様やテノールさん、マリン達と楽しく過ごせるね。


 


 


 


 ——更に時間は過ぎていき。冬の季節が訪れた。



 暖炉の前にゆったりとしたソファーを置いてお父様にくっ付く私。眠そうな欠伸に釣られて私も欠伸が出てしまう。



「眠いねえ……」

「寝るか」

「ううん……買い物がしたい」

「欲しい物があるのか?」

「ないけどお店を回りたい」

「女だな」



 女ですよーっだ。


 お父様の胸元に顔を押し付けているとマリンが手紙を持ってやって来た。

 差出人はジョーリィ様とのこと。

 手紙とペーパーナイフを同時に受け取り、封を切って中の手紙を読んだら……。



「ジョーリィ様のお誕生日パーティーの招待だって」

「行くか?」

「うん!」



 今世初めての友達の誕生日パーティーに出席するなんて素敵だなあ。



「お父様も行こうよ! 一人までなら同伴者を連れて来ていいって」

「どうせ、おれが来ることは向こうだって分かり切ってる。ただ」

「ただ?」

「ジョーリィは第二王子の友人認定されてる。恐らく第二王子も来ると思うがそれでも行くか?」

「ああ……」



 そうだった……どうしよう……。行きたい気持ちはあれど、あれ以来会っていない第二王子と会うのは嫌だ。王家からのしつこいお誘いや突撃訪問は未だにある。



「悩むくらいなら断ればいいさ。おれからラナルドに言っておいてやる」

「うん……」



 罪悪感を感じちゃう……けど……ごめんなさいジョーリィ様。


 私、あの第二王子とは会いたくないんです。





読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
ジョーリィにアレの本性を見せといた方が良かったんじゃないかなぁ…。
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