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マカロンとミルク

 



 お父様が戻ったとテノールさんに教えられた私はマリンを連れて玄関ホールへと足を運んだ。大きな欠伸をしたお父様は黒眼鏡を外すと私に気付く。



「マルティーナ」

「お父様!」



 名前を呼ばれて両手を広げられると条件反射でお父様に駆け寄り飛びついてしまう。容易く私を抱き留めたお父様に抱っこをされながら部屋へと戻った。



「公爵には会った?」

「ああ。馬鹿共がおれの不在を狙ってお前を連れ出そうとしたことも聞いた」

「そっか」



 公爵はどっちでもいい派な気がするけど、第三部隊や王妃殿下はお父様に知られたくなかっただろうなあ。

 いつものソファーに座ったお父様の膝の上に乗せられ、飲み物を持ってくると言ってマリンが出て行くと二人きりとなる。今回王妃殿下がお父様の不在を狙って行った暴挙の理由について、心当たりを述べてみた。あの人に私と第二王子殿下の仲を取り持つ、なんて発想はないと考えていて、殿下の顔を二十回叩いたお父様に報復したいがために私を狙っているというのが大きい。強大な力を持つお父様に敵う人は王国にいるか、いないかの境地。なら、まだまだ未熟な私に手を出すことがお父様への報復。そう考えると私に拘る理由がなんとなく分かってしまうし、理にも適っている。



「どう?」



 私の考えをお父様に話すと「殆ど当たってる」と頷かれた。



「仕返ししたきゃあ、おれの顔を叩かせてやるって言ったんだがな。腰を抜かして侍女達に引き摺られて行った」



 ご愁傷様である。



「洞窟に棲みついたっていう魔物の件はどうなるの?」

「今、大聖堂と連携して遺体から記憶を読み取っている最中だ。詳細な情報が分かり次第、おれを筆頭に西の洞窟へ向かう」

「気を付けて行ってね?」

「ああ」



 万が一、億が一、なんてこともある。

 どんなに強くても絶対はない。



「旦那様、お嬢様。お飲み物をお持ちしました」



 お父様には紅茶を、私にはホットミルクを渡したマリン。渡されたマグカップの真っ白な水面を見てふと浮かんだ。前世で配信動画を見た友人といつかやろうよと言っていたスイーツがある。



「ねえお父様。後でスイーツを一緒に食べようよ」

「ああ。何が食べたい?」

「えっとね」



 私が伝えたスイーツにお父様とマリンは目を丸くしたのだった。


 


 ——おやつの時刻になり、お父様の部屋で魔法の練習を見てもらっているとマリンが呼びに来た。



「旦那様、お嬢様。スイーツのご用意が整いました」

「わーい!」



 この間の修復魔法の続きを行い、前より上達していると褒められた時にタイミングよくマリンが来てくれて私の気分は最高だった。今日は尻尾の取れたネコのぬいぐるみを修復していた。お父様に見てもらい、完全に元に戻っていると言われぬいぐるみを抱き締めた。



「日に日に上手くなってきているな」

「これからも頑張るね」

「ああ。さて、お前が待っていたスイーツでも食べに行くか」

「うん!」



 ぬいぐるみをテーブルに置き、お父様と手を繋いで食堂へと足を運んだ。テーブルクロスが掛けられた大きなテーブルには二人分の器に注がれたミルク、お店で購入したマカロンが置かれていた。



「沢山あるー」

「しかし、よくもまあ思い付いたな。これも前世の影響か?」

「うん。一度、やってみたかったの」



 自分の席に座り、私は早速マカロンをミルクの注がれた器に放り込んだ。味はチョコやイチゴ、バニラ、アーモンドの四種類。入る分だけマカロンを入れた器はミルクが溢れ出す寸前になり、大きめのスプーンでマカロンをミルクに浸していく。マカロンを食べてミルクを飲むのと、ミルクに浸したマカロンを食べるのとではどう違うか楽しみ。



「普通にマカロンを食った後、ミルクを飲めばいいだけだと思うんだがな」

「それを言っちゃうと元も子もないような……」



 お父様の言うことには一理ある。シリアルのようにマカロンをミルクに浸して食べるって普通にマカロンを食べるのとどう違うのか。チョコ味のマカロンをスプーンに乗せ食べてみた。

 冷たいミルクの甘さとマカロンの甘さが重なってすごく美味しい。ミルクだけを飲むとマカロンの味が染み付いてきていて甘い。サクサクだし予想していたより美味しくてあっという間に一つのマカロンを完食した。



「どう? お父様。口に合う?」

「悪くはねえ」

「良かった」



 前世の朝食の定番とも言って良いシリアルはこの世界にはない。前世でも意外と歴史が短かった気がするからそんなものかな。シリアルと言えば、マカロンシリアルなんて言葉もあったっけ。



「今度、マカロンのクッキーの部分だけをミルクに浸して食べてみたい」

「同じだろ」

「同じじゃないよ」



 きっと、普通のシリアルのように美味しいに違いない。



「マルティーナ。この後、おれと大聖堂に行くぞ」

「大聖堂に?」



 バニラ味のマカロンを乗せたスプーンの動きを止め、不意に大聖堂へ行くと言い出したお父様に顔を上げたら、気になる点が浮上したと連絡が入ったのだとか。私を一人にしてまた厄介な人達が押しかけても困るので私も行くことに。

 大聖堂と言えば、第二王子殿下が片想いしているサンタピエラ伯爵令嬢が神官長の弟子として日々特訓をしていると聞く。運が良ければ彼女の姿を一目見られるかもしれないと了承した。



「気になるのか?」

「あの性格最悪な殿下が熱く語る人なんだもん。それに未来の神官長にって期待もされてる。気になるよ」

「そうか」



 ミエールはハチミツという意味を持つ。名前の由来と同じ人を見たことがあるわけではないが、ハチミツのように甘い人ならあの性格悪い殿下が片想いするのは分かる気がする。実際に会ってみないと分からないけどね。



「王妃殿下は、またお父様の不在を狙って何かしてくるかな?」

「件の魔物の討伐へ行く時はあいつにまた留守番を頼んだ」

「公爵?」

「ああ」



 一緒にいてくれる人が公爵だと心強いけれど、公爵だって多忙なんだし遠慮した方がいいんじゃ……。スレイさんの名を挙げてみるも、地位と権力どちらを取っても公爵が打ってつけと言われれば納得するしかない。



「嫌か?」

「そんなことないよ。公爵だって忙しいのに、毎回私のお守りをしてもらうのは申し訳ないなって」



 公爵本人はお父様に頼まれると嬉しそうな気配を感じさせるのでそうなった場合了承してくれるだろう。


 


 マカロンを完食し、先に食べ終わっていたお父様に抱っこをされ、転移魔法で一気に大聖堂の前へ飛んだ。荘厳な白亜の宮殿に目を奪われる私にお父様が微笑む。



「どうだ? すごいだろ」

「うん!」

「さて、中に入るか」



 日常的に参拝者が後を絶たない大聖堂の正面入り口は多数の人が並んでおり、何人かの神官が誘導をしている場面を見掛けた。若い人から老人と年代は幅広く、男女共にいる。噂のサンタピエラ伯爵令嬢がいるかどうかは運次第だとお父様は言い、行列の最前列にいる神官の許へ寄った。



「ラウゼスはいるか?」

「ん? ——あ、ルチアーノ卿!」



 声を掛けられた神官は一瞬訝し気にするも、すぐに相手がお父様と解ると「神官長は安置所にいらっしゃいます」と目的の人物の居場所を告げた。



「ありがとよ」



 正面入り口を離れ、横に逸れたお父様は別の扉から大聖堂の中に入る。外とは違って中は静かで神官がちらほらといる程度。入ったのがお父様と解ると皆挨拶をし、私のことは興味津々な目で見つめてくる。お父様の娘という立場は、私が思っている以上に特別なんだね。目的地の安置所は地下にあり、階段を目指して歩いていると——



「お?」

「うん?」



 意外そうな声を漏らしたお父様が気になって後ろを向いたら、神官に連れられて歩く女の子がいた。蜂蜜色の金糸を後ろに一つに纏めた、白い服を着た女の子。あの服は神官見習いが着るものだと教えられた。



「あれがサンタピエラ伯爵令嬢だ」

「あの子が?」



 後姿しか見えないけれど神官と話す光景を見るに良い子なんだろうなあ。





読んでいただきありがとうございます。



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