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お父様は面倒になってきた

 



 西の洞窟に棲み付いた魔物討伐の為、クロウリーに召集された第一、第二、第三部隊を除いた隊長が会議室に集められていた。本来騎士団を統括するラナルドも呼ばれているのだが、今回は何故かルチアーノが来たことでどよめきが起きるも、簡単に経緯を話すと納得してもらった。



「全滅した調査部隊の遺体は?」

「それが……かなり損傷が激しく、原形を留めておりません」



 ルチアーノの問いに答えたのは遺体回収を命じられた第五部隊の隊長。現時点で分かっていることは、魔物の能力や姿形が分かる証拠は全て隠滅され、調査部隊全員が嘗て人間だっと思われる程遺体が激しく損壊されていること、更に。



「件の魔物は特殊な魔法を使うことが分かりました」



 遺体の一つに、胴体が損傷され顔や頭は綺麗なものがあった。脳にも損傷はなく、現在大聖堂の神官の力を借りて生前の記憶を読み取っている最中なのだが、一部情報が読み取れた。魔物と戦っている時の記憶で後ろを向いていた魔物が振り向いた瞬間調査員全員の動きが止まったというもの。



「視界に映る生物の動きを封じ込める魔法か?」とクロウリー。

「いえ。一瞬見えたそうですが件の魔物には目がなかったと」

「なんだと?」



 目がないのに振り向いた先にいた調査員の動きを封じた。奇怪な魔法を使ったのかと室内は再びどよめきに包まれ、クロウリーが静粛にさせた。



「第五部隊は引き続き大聖堂と連携して調査員の遺体から情報を収集してくれ」

「承知致しました」

「詳細な情報が入り次第、部隊を編制し魔物の討伐へ向かってもらう。ルチアーノ卿もそれでよろしいですか」

「ああ」



 クロウリーの声を聞きながら、ルチアーノの頭は魔物について埋め尽くされていた。目がないにも関わらず、振り向いた先にいた調査員の動きを封じた。通常視界に映る生物を操作する能力を持つ場合は絶対に眼が必要となる。動きを封じたのは魔物ではなかったとするなら、考えられるのは見えない場所で魔物を使役する何者かがいるということ。

 西の洞窟に棲み付いて得があるとするなら、通行に利用する人間を襲うくらい。基本西の洞窟を利用するのは商人が多く、次に平民、貴族。


 狙いが何か分かれば良かったのだが現在のところは不明だ。

 クロウリーが解散という言葉を発すると招集された隊長達は素早く席を立ち各々の持ち場へ戻って行った。残ったのはルチアーノとクロウリーの二人。



「第一と第二は何時頃戻る?」

「遠征へ行ったばかりだからな……最低でも二ヵ月か三ヵ月はかかる」

「それもそうか。魔物の討伐はおれをメインに部隊を編制しろ。そうすれば全滅は防げる」

「だが、そうするともしもの場合ルチアーノ卿の身に危険が」

「大抵のことならどうにかなる」



 それよりも気になるのは魔物の正体。第五部隊の隊長に渡された資料に視線を落とす。



「クロウリー、指名手配犯で生き物を使役する魔法を使う奴はいたか?」

「魔物は誰かに操られていると?」

「もしもの場合だ」

「すぐに調べさせる。誰か!」



 外で待機していた騎士が一人クロウリーの声に応え駆け付けた。指示を飛ばすクロウリーの背を眺めながら思う。緊急時にはこうして頼もしい姿を見せるのに、己の欲深さに負け王子の婚約者にマルティーナをと拘るのが残念過ぎる。クロウリー個人を嫌っていないが好かないところは好かない。

 ラナルドに留守番を頼んでいるとは言え、そろそろマルティーナと触れ合いたくなり、クロウリーに一声かけて会議室を出た。転移魔法ですぐに屋敷へ戻ろうと考えたのも束の間、遠くの方で侍女が数人慌てて走って行くのが見えた。記憶が確かなら王妃に仕える侍女達だ。



「ふむ……」



 マルティーナ絡みでないことを祈りながら、侍女達が走って行った方へルチアーノは進んだ。

 到着したのは王宮の庭園。王妃ジュディーヌがよくクロウリーと腕を組んで歩く光景を目にする場所に、顔だけお荷物軍団たる第三部隊の面々とその先頭には留守番を頼んだラナルド、それから顔色の悪いジュディーヌがいた。見ただけで事情を察したルチアーノは、声をかけるでもなく様子を覗うこととした。



「王妃殿下。どうしてぼくが貴女を此処へ呼び付けたか、理由は分かりますね?」

「な、なんのことっ」

「第三部隊の面々を見ても白を切りますか? どちらでもいいですがね。王妃殿下、ルチアーノ様のお耳に入る前にぼくから殿下にお願いがあります」



 もうしっかり耳に入っていると露程も知らないラナルドは部隊長のトリスタンの首根っこを掴むと王妃の前に突き出した。ひっと誰かが悲鳴を上げた。



「トリスタン殿から既に言質は取っています。殿下がルチアーノ卿不在の間に、マルティーナ様を連れ出すよう命じたのは」

「わ、わたしは! ルチアーノ卿が不在で寂しいだろうと思ってっ!」

「殿下がマルティーナ様やルチアーノ様と親しい間柄なら信じられる話ですな」



 実際は親しいどころの話ではない。マルティーナ自身、王族で最も印象が最悪なのがヴィクターで他は未だにヴィクターとの婚約を勧めるしつこい人程度。ルチアーノとしては全員しつこいという認識。



「本音を言ってはどうです。ヴィクター殿下に手を上げたルチアーノ様に仕返しをしたい、でも本人には手を出せない。なら、まだ無力に等しいマルティーナ様で仕返しをしようと思い至ったのでは?」

「ラナルド! いくら貴方が陛下の右腕と言われようと王妃に対する言葉遣いがなっていません!」



 王妃の後ろに控える侍女達も度が過ぎているとラナルドを非難する。感情が読めない微笑を崩さないラナルドはあくまで事実と確信を突き付けているだけで他意はないと主張。段々感情が昂って声量が上がっている王妃を落ち着かせる侍女も出る始末。ここまで見れば十分だとルチアーノは判断し、庭園に足を踏み入れた。



「ラナルド」

「ルチアーノ様」



 また、誰かがひっと悲鳴を上げた。

 ルチアーノの登場に驚かないラナルドは一旦トリスタンを解放し、ルチアーノに意識を変えた。



「マルティーナは?」

「執事殿達と屋敷にいますよ」

「そうか。留守番助かったぜ」

「滅相も御座いません。ぼくがいて良かった」

「さっきの話を聞いて大体の事情は察した。確かにお前に留守番を任せて良かった」



 もしもラナルドがいなかったら、マルティーナやテノール達だけでは第三部隊を追い返せず、無理矢理王宮へと連れて来られていただろう。口をわなわなと震わせ、顔を真っ青に染める王妃に盛大な溜め息を吐いてみせた。



「王妃殿下」

「ひっ」



 二度の悲鳴は王妃から発せられていたらしい。



「抑々の話、おれが第二王子に手を出した理由を知ってるよな?」



 コクリ、コクリと王妃は首を縦に振り続ける。



「だったら、マルティーナじゃなく、おれに文句を言えばいい。なんなら、おれが第二王子にしたように、おれの顔を二十発叩かせてやるよ」

「ひっ!」



 三度目の悲鳴は大きく、後退り、姿勢を崩した王妃を数人の侍女が支えた。



「抵抗も仕返しもしない。好きなだけ叩かせてやる。おい、王妃殿下を立たせてやれ」



 魔力を解放していない、殺気を出していない、威圧も出していないのに王妃は腰を抜かし、侍女達は震えながらも王妃を支える。ルチアーノの後ろにいる第三部隊の大半も意識が飛びそうになっていて唯一平然としているのはラナルドだけとなる。少しずつ王妃に近付いていく度に言葉にならない悲鳴が上げられ、侍女達が王妃を逃がすものの、腰を抜かされているせいでまともに動かせない。



「ああ、それとも。先触れもなく突然訪ねて来た王太子と第二王子を顔も見ずに転移魔法で追い払ったのも気に入らなかったか?」

「そんなことまでしていたのですか」

「どうせ知ってるだろう」

「知ってますよ」



 ルチアーノへの愚痴や説得をハイターに聞かされていたラナルドはやはり淡々としており、ルチアーノを呼びつつ王妃と彼の間に立った。



「これくらいで戯れは終わりにしましょう。女性を虐める趣味はないでしょうに」

「おれは何もしてねえよ」

「貴方が何もしなくても大半の人は貴方の怒気に触れただけでああなる」



 ああ、とは腰を抜かして意識が飛び掛かっている王妃を指す。


 つまらなさそうに「はいはい」とラナルドの意に従うと示したルチアーノは、後ろを向いたことで第三部隊がいたことを思い出した。



「こいつらはマルティーナに手を出していないな?」

「ぼくがいる前で出していたら、別部隊に異動ができますね」



 ふと、ラナルドが腕に提げている布鞄が気になったルチアーノが視線を送ると「ああ、これですか?」と腕を上げて見せられた。



「ルチアーノ様の屋敷にある温室で少々頂きました」

「ああ、前に言っていた」



 魔導研究所ではなくても屋敷の温室にも薬草は育てており、よくある薬草を欲していたラナルドに少し前入る許可を与えていたことを思い出した。

 独特な葉っぱの臭いがする細長い薬草を一枚一枚水で綺麗に洗い、布で拭いて布鞄に収めてラナルドに手渡したのはマルティーナ。第三部隊を追い返したお礼といったところだ。



「ルチアーノ様。騎士団団長を務めるぼくからお願いします。今回の件については、何も見なかったことにしていただけませんか」

「見逃せって?」

「お灸は据えますよ勿論。王族が私刑の為に兵を動かしたと知れれば、王家の信頼問題に発展します。そんな面倒なことルチアーノ様だってごめんでしょう?」

「はあ」



 分かっていて敢えて口にするラナルドに嫌気がさしつつ、言葉通りな為ルチアーノは好きにしろと言い放った。


 但し、と続けた。



「これで余計にマルティーナの王家に対する印象は悪くなった。サンタピエラ伯爵令嬢を口説き落とすなり、伯爵を口説くなりするんだな」

「大聖堂側が黙っていないでしょうな」

「知るかよ」



 貴重な神聖力を持つミエールを未来の神官長とするべく、現神官長が直接弟子にしたという話は新しい。大聖堂はルチアーノとはまた違う中立的立場を貫く。王家の要請だからと易々ミエールを王子の婚約者に差し出す真似はしない。



「おれは帰るぜ。魔物の件は、後でクロウリーに聞け」

「ええ。そうします」



 第三部隊の面々と王妃達を一瞥後、ルチアーノは転移魔法で屋敷に戻ったのだった。





読んでいただきありがとうございます。



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エルフの里との交流をしたいなら婚約に拘る必要はないと思う。地味に交渉重ねるとか使者をだしてみるとか。それこそ交渉の余地ないか相談だよね。生まれてからまだ祖父に会ったことないマルティーナを無理やり婚約者…
王妃の脳味噌も壊してやったら平和になると思う!
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