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お父様の抱っこが一番好き

 


『転移者』という特殊な性質を持つお陰で私は赤ちゃんの頃よりお父様と過ごした記憶が残っている。子供どころか赤ちゃんの世話、それ以前に赤ちゃんをまともに見たことのないお父様の子育ては周囲にベテランの子育て経験者がいて成り立った。屋敷の侍女長を務めるヘレンさんは五人の子を産み育てたベテランお母さん。赤ちゃんを抱っこするのは、小さな子供を抱っこするのとまるで違うと教えられたお父様は大量の疑問符を飛ばしていたに違いない。同じだろ、と言ったお父様に向かって烈火の如く怒っていた。普段は優しい人なんだけどね……。



「マルティーナ」

「ううん……」



 ヘレンさん指導の下、お父様の抱っこは上手になっていった。六歳になった私が一番好きなのは、実を言うとお父様の抱っこだ。お父様に抱っこをされている時が一番落ち着いて安心していられる。特にソファーに座ってゆったりしているお父様に抱っこをされるのが最も好きだ。背中を一定のリズムで叩かれ、眠気を誘う。今もそう。名前を呼ばれても返事をするのが重く、欠伸にも似た声が出る。ぐりぐりと顔を固い胸元に擦り付ければ、煙草と香水の混ざった香りがした。子供の前で煙草を吸わない! とテノールさんやヘレンさんに何度言われてもお父様は吸いたくなったら吸う。副流煙が私のところに来ないようコントロールはしてくれている。実際に吸っても私の身体なら問題ない。

 私――お父様の創った人間なので。

 至って人間の子供の前では絶対に吸わないでとだけ釘を刺してる。



「眠いぃ……」

「寝たいなら寝ろ。おやつの時間も終わったんだ、次起きるなら夕食だな」

「寝てばっかりな気がする」

「前に言っただろう。そういう体質なんだ。成長すれば自然に消える」

「うん……」



 ギュッとお父様に抱き付く。前世のお父さんにもよくこうやって引っ付きに行っていたな。大きくなって以降はしなくなったけど。

 今世は大きくなってもお父様にくっ付いていたいなあ。



「お父様」

「なんだ」

「もしも、私が王子殿下を好きになったらどうする?」

「どうもしねえ。来ねえだろう」

「うん」



 万が一でもあの王子殿下を好きになることはない。この辺については、向こうも私を好きになることがないと分かっているので安心している。


 逆に、私のこと好きだったの? なんて展開になったら、目玉ドコー? になる。


 しつこ過ぎる王家に折れる形でお父様が私と王子殿下の婚約を受け入れて早二ヵ月。お父様が最初に出した条件である王子妃教育も王子殿下とのお茶会も逢引も何一つ行っていない。定期的に王家の使者がやって来て招待状を貰うけれどお父様が使者の目の前で燃やし追い返している。



「ジョーリィはどうだ?」

「ジョーリィ様?」



 ジョーリィ様とも定期的に会っている。ジョーリィ様については、ジュリエット様が来なければ終始平和に終わる。三度目の訪問以降、モーティマー公爵付で来るのは驚いた。領地の視察に赴いていて来れなかったのは二度目まで。多分公爵の目的はお父様なんだろうけど、明確な理由が不明でお父様自身分からないと首を振る。



「ジョーリィ様は優しくて良い人だね。後、何にでも興味を示すから一緒にいて楽しい」



 二年前まで病人だったジョーリィ様は、外の世界で見る・触れるあらゆる物に興味を示す。人見知りはお父様にはまだ発動中だけど、私に対しては徐々に慣れていき、この間六度目の訪問を迎えた際は目を合わせて話せるようになれた。


 こういうのを成長って言うんだね。



「ジョーリィ様はモーティマー公爵家の後継者で病気も治ったなら婚約者候補を見つけていく時期になるのかな?」

「知らねえ。公爵家の事情なんざ」

「だね」



 気弱だけど芯の強い人。なのだが、ジュリエット様に対しては如何せん押しが弱い。常にジュリエット様に押されている。一度目の訪問で馬車に隠れて以降、ジュリエット様の姿は見ていない。モーティマー公爵が来た時ジュリエット様のことについて謝罪されたっけ。



「お父様。今度、私とかくれんぼしようよ」

「お前とおれの二人だけで?」

「うん。それか、ハンカチ落としとかだるまさんが転んだとか」

「なんだそりゃ」

「元の世界の遊び。複数人で遊ぶんだ」



 遊び方のルールを説明しているとテノールさんがやって来た。



「旦那様。お嬢様とのお時間を邪魔して申し訳ございません。今、ハイター王太子殿下とヴィクター王子殿下がいらしております。玄関ホールでお待ちしていただいていますが……」

「“レディーレ”」



 先触れもなく突然!?

 驚きのせいで眠気が消し飛んだのも束の間、カタコトの言葉を放ったお父様は小さく欠伸をした。



「玄関ホールを見てこい。王太子も第二王子もいなくなっている筈だ。それとこっちに来る時『悪戯手紙』を持って来い」

「畏まりました」

 礼儀正しい姿勢で速やかに出て行ったテノールさんがいなくなるとお父様は二度目の欠伸。



「お父様、何をしたの?」

「転移魔法を使って城へ戻した。遠隔からでも使える便利な魔法だ」



 先程お父様の放った言葉は呪文。すごっ。



「私もできるようになりたい!」

「日々練習を怠らなければ徐々にできていくさ」

「うん!」



『悪戯手紙』は国王陛下に苦情を入れる為。

 戻って来たテノールさんは二人とも消えていたことを言い、命令通り『悪戯手紙』を持って来た。以前使った時の余りだそうだ。



「なんで王太子殿下と王子殿下だったのかな」

「大方、おれの言った通り本当に王子妃の教育を受ける気も第二王子の婚約者でいる気もないと解ってお前と第二王子の関係を修復しようとしたんだろうな」

「えー」

「お前が不満げなら結構。さて、書けた」



 私と会話をしながら手は止めず、素早く便箋に文句を連ね、最後に魔法を掛けると便箋を封筒に仕舞ったお父様はテノールさんに渡した。届け先が王家と解しているテノールさんはすぐさま配達の手配に向かった。



「後でお父様に文句を言いに来るよ」

「来ねえよ。来たら褒めてやる」



 まあ、その前に国王陛下に叱られて説教をされるのがオチだ。




 ――それから二時間後。夕刻になる前に魔導研究所に行くと言い出したお父様に付いて行くとモーティマー公爵がいた。白衣を着た研究員らしき数名と何か話しており、公爵の手には数枚の書類があった。



「何してるんだろう」

「ジョーリィの経過を聞いてるんだろう」

「あ」



 そっか。ジョーリィ様の病気はお父様の開発した薬で治ったと聞いた。開発にはお父様以外の研究員も当然関わっており、医師免許を持っている研究員がジョーリィ様の病後を常に診ておられるのだとか。



「今日は診察だったんだろうな。毎月のペースで来させている」

「モーティマー公爵って、ジョーリィ様に直に触れたことはないとか言いながらちゃんと面倒は見てるんだね」

「愛せなくても血の繋がった我が子という情があいつにだってある」

「お父様とモーティマー公爵って何時知り合ったの?」

「あいつが今のジョーリィくらいの時」

「子供の頃から今のような感じ?」

「どうだかな」



 なんだか曖昧な言い方。

 眺めていると薄紫の瞳が私達に気付き、研究員の方と別れると此方へ。



「ルチアーノ様、マルティーナ様。来ていたのですか」

「ああ。ジョーリィの予後検査か?」

「ええ。治って二年も経ち、肉付きや体力も徐々に八歳の子供の平均値に戻って参りましたのでそろそろ後継者教育を与えようと思いまして。今日はその確認に参りました」

「あまり無理はさせるな。一般より比べて多少は弱い」

「重々心得ております。それはそうとルチアーノ様、王太子殿下やヴィクター殿下に何かしました?」



 この口振りは知ってるな絶対……。


 二時間前、登城していたモーティマー公爵は陛下に呼ばれ執務室に訪れていた。そこへお父様によって飛ばされた王太子殿下と第二王子が現れ、一時騒然となったのだとか。

 第二王子は私と婚約が結ばれたけれど、お父様の不興をこれ以上買いたくない陛下は形だけの婚約に留めるだけにし、勝手に私達に接触しないよう強く言い付けていて、王太子殿下も知っていたのに強行したことでかなりお怒りになったとか。



「万が一でもお父様が私に会わせると思っていたのでしょうか?」

「改心したヴィクター殿下を見れば、マルティーナ様も心変わりすると期待されたのでしょうね」



 絶対改心なんてする筈がないあの王子は。



「騒ぎを聞き付けた王妃殿下が陛下を止めて王太子殿下達の説教は終わりました」

「公爵に助けを求めて来たりとかは?」

「王太子殿下にルチアーノ様とマルティーナ様を説得してくれと頼まれました。断りましたがね」



 ジョーリィ様の為、自身の為、王太子殿下の頼みとお父様を天秤に掛けて重きに傾いたのがお父様だっただけだ。



「そうだ。ルチアーノ様、陛下に今日呼ばれたのは、西の洞窟に棲み付いた魔物の討伐についてです」

「西の洞窟? ああ、港町へ行く時に必ず使う」

「一般人や商人もよく利用する洞窟です。危険がないよう騎士団が定期的に魔物退治を行っているのですが、数か月前から一際強い力を個体が現れたそうです」



 そんな洞窟があったんだ。王都の外の世界を全然知らないや……。



「お前が出向くのか?」

「調査隊を派遣しました。魔物の強さによってはあり得るかもしれません。それとも貴方が行きますか? 強力な魔法を放てる久しぶりの機会になるかもしれませんよ」

「ふむ」



 全然分からない私は聞いてるしかないものの、お父様の言い方はモーティマー公爵が強い人と指している。見た目儚げな美人なのに。




読んでいただきありがとうございます。



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