ジョーリィ様は良い人だけれど
雲一つない快晴の下、パラソルの下に設置したガーデニングテーブルにクッキーやマドレーヌ、チーズケーキ、三人分の飲み物がそれぞれに置かれていく。私はホットミルク、お父様は紅茶。そして……緊張した面持ちで固まっているジョーリィ様にはレモン水。ちゃんと本人に好みの飲み物を聞いて用意させた。
少し前、ジョーリィ様に先触れの報せが届いた。内容は魔導研究所内にある託児所でジュリエット様の行いのお詫びと私とお友達になりたい旨が書かれていて、手紙を読んでいる時お父様と寝室でまったりしていたのでお父様にも手紙を見せた。モーティマー公爵に書かされたわけではなさそうだけどどうしよう、と。
『ラナルドはそんな面倒な真似はしない』
『じゃあ、公爵夫人?』
『知らねえ。気になるなら会ってやったらどうだ』
『うーん』
ジョーリィ様自身は悪い人ではなそうだが、招いたらジュリエット様も漏れなく付いて来てしまいそうだ。お父様にはジュリエット様について話している。魔導研究所を出る間際、託児所の責任者ツヴァイさんに話を聞いたお父様は私に助言をした。
『ベネデッティ男爵の娘を帯同させないのを条件にしてみろ』
『いいのかな』
『お前に会いたいなら呑むだろう。後は、ラナルドや公爵夫人がなんと言うかだ』
『それもそうだね』
あの公爵のこと、面倒事を起こしそうなジュリエット様が付いて行きたいとしても此処には来させない。
手紙の返事は了承の旨を書き、日時とジュリエット様の帯同を遠慮してもらいたいと指定した。
「ジョーリィ様」
「は、はいっ」
「そう緊張しないで良いですよ。もっとリラックスして」
「ごめんなさい、慣れていなくて」
二年前まで病人だったジョーリィ様は、こうやって他家にお邪魔する機会もなく、完治した現在は慣れる特訓を兼ねて公爵夫人と親しい家を訪れている。
てっきりモーティマー公爵もいるのだと思っていたけれど、来たのはジョーリィ様一人。
「今日はジョーリィ様お一人ですか? 公爵様は?」
「父上と母上は二日前領地の視察に行って暫くの間屋敷を留守にしています。僕がマルティーナお嬢様やルチアーノ卿の屋敷を訪れることは父上の許可を得ています」
訪問を許可する条件に私が手紙に記した条件と同じ、ジュリエット様の帯同を禁ずると出されたのだ。
「ジョーリィ様はジュリエット様と一緒の方が良かったですか?」
「えっ」
吃驚したように顔を上げたジョーリィ様。彼の様子を見ていると心強い味方がいた方が落ち着きを持てたのではと想像してしまう。私の言葉をジョーリィ様は首を振って否定した。
「ジュリエットがまた迷惑を掛けてしまうのは僕は望んでいません。それに、何時までもジュリエットに頼ってばかりではいられません」
ジョーリィ様はジョーリィ様なりに自分の力で立とうと望んでいる。なら、私がこれ以上口を出す理由はない。
「屋敷の料理人が作ったお菓子は絶品ですよ! 是非、頂いてください」
「ありがとうございます」
どれにしよう。どれも美味しいもんね。まずは定番のクッキーに手を伸ばし、一枚を取った私は視線を左右に動かしどのお菓子を選ぶか悩むジョーリィ様を一瞥後クッキーを食べた。今日のクッキーは結構固めね、歯応えがあって美味しい。一枚を食し、ホットミルクをちびちびと飲む私の隣にいるお父様はマドレーヌを食べていた。黒眼鏡越しでは見えない瞳は、多分ジョーリィ様を見ている。
「ジョーリィ」
「は、はい!」
チーズケーキを美味しそうに食べていたジョーリィ様は不意にお父様に呼ばれ、高い声で返事をした。ずっと黙ったままのお父様に呼ばれたら吃驚するよね……。
「身体の具合はどうだ」
「すっかり良くなりました。ルチアーノ卿が開発した薬のお陰です」
「おれよりもラナルドに感謝しろ。お前の病状や体質、同じ症例患者の具合を細かく調べておれに言いに来ていたのはあいつだ」
愛せないとか、頭を撫でるしかしないモーティマー公爵だけれど、自身の子供には情があるんだと嬉しくなった反面、ジョーリィ様は暗い表情を浮かべられた。
「母上は身体の弱い人で次に子供を産んだら命が危ないって言われました。きっと、僕が死んだらモーティマー家の後継者がいなくなってしまうと父上は動いただけです」
「だとしても、ラナルドの寄越す情報はどれも正確なものばかりで情報量も膨大だった。それだけは知っていてやれ」
「はい……」
一種の励ましを受けてもジョーリィ様は暗いまま。普段の父と息子の交流が気になってしまう。
「普段モーティマー公爵とどんな会話をされますか?」
「え。えっと……家庭教師との勉強の話だったり、僕の身体の具合だったり。父上や母上の話を聞きたいって頼んだら、少しだけど話してくれますよ」
会話がないと聞いていて危惧したが杞憂で終わって良かった。本当に良かった。
「マルティーナお嬢様は王家の方と会ったことは?」
「ありますよ」
「僕、ヴィクター殿下と歳が近いから時折王宮に招かれて殿下の話し相手になっているんです」
同性だし、将来自分の右腕となるジョーリィ様とは親しくしているらしく、ジョーリィ様の話に出て来る王子殿下と私が会った王子殿下がとても同一人物とは思えない。
「殿下にミエール=サンタピエラ伯爵令嬢に片想いしていると以前聞かされました。マルティーナお嬢様は、ミエール嬢をご存知ですか?」
「神聖力を持つ方ですよね? 大聖堂の神官長の弟子になっているとも聞いています」
「母上が主催したお茶会で一度ミエール嬢に会ったことがあるんです。ミエール嬢の持つ神聖力のお陰か一緒にいるとすごく温かくて、ミエール嬢は常に笑顔を絶やさず楽しそうにしておられました」
聞けば聞くほどあんな王子殿下に片想いをされているサンタピエラ伯爵令嬢に実際に会ってみたくなる。確実にサンタピエラ伯爵令嬢に会う殿下は猫を被っているに違いない。ただ、良い人なのは確実だろう。
どうもジョーリィ様は私があの王子と婚約したことは知らなさそう。こっそりとお父様に訊ねれば公爵は知っていると言われる。ジョーリィ様にはまだ話がいってないんだ。
「ヴィクター殿下は優しくて聡明な方です。マルティーナお嬢様も殿下とお会いすれば仲良くなれますよ」
断じて有り得ない!!
……事情を知らない人に迫っても仕方ない。顔が引き攣るのを堪え話を合わせるしかなかった。
——お茶の時間は問題なく過ぎていき、ジョーリィ様の従者が「ジョーリィ様、そろそろお時間です」と告げて空が朱色に染まり始めているのに気付いた。名残惜しいけれど今日のお茶会はこれで終わり。話をしている内に分かったのは、ジョーリィ様は慣れると言葉を詰まらせることなく会話が弾むという点。公爵譲りの美少年だし、性格もあの王子殿下と比べると月と鼈。叶うなら今後も良きお友達でいたい。
「マルティーナお嬢様、ルチアーノ卿。今日はありがとうございました」
「此方こそ。また、何時でもいらしてくださいね」
「はい!」
うん、ジョーリィ様なら大歓迎だ。
二人を見送ろうと屋敷の外で待たせている馬車までお父様も一緒に付いて行き、待っていた御者がジョーリィ様と従者の方を認識すると扉を開けた。
ら。
「うわ!?」
悲鳴を上げた御者が扉を離れたのと馬車内から赤い髪を揺らしたジュリエット様が出て来たのは同時だった。
「ジュリエット!?」
「ジョーリィ!!」
驚愕するジョーリィ様に駆け寄ったジュリエット様と目が合うと強く睨まれた。なんで?
「ジョーリィ、マルティーナ様に意地悪をされなかった? 悪口とか言われなかった?」
「マルティーナお嬢様はそんなことしないし、言わないよ。ジュリエット失礼だから謝って。第一、留守を頼んだのにどうして馬車の中にいたの?」
「隠れていたに決まってるじゃない! ジョーリィが心配だったの。本当は屋敷に戻るまで我慢しようとしたけど、やっぱり心配で」
行動力豊かなのは良いのか悪いのか……。私とまた目が合うと睨まれる。ジョーリィ様には心配の瞳を見せるのにね。はあ、と溜め息を吐いたら隣にいるお父様が小さく笑う。
「なあに?」
「お前以上のじゃじゃ馬っぷりだな」
ドレス姿でよく敷地内を走り回り挙句木登りをしたのを揶揄われてる? ジョゼフィーヌ先生に習い始めて以降はしてない。
ジト眼で睨むと「悪い悪い」と全然悪く思ってない笑い混じりの声で謝られ、ポンポンと頭を撫でられる。これで許す私じゃない! と言いたいけどお父様大好きな私は許してしまうのだ。
結局ジョーリィ様はジュリエット様を引き摺る様に帰ってしまわれ、馬車を見送った私はやれやれと地味に疲れた。
「ジュリエット様がジョーリィ様を好きなのはよく分かったね」
「お前を恋敵だと認識したんじゃないか」
「ジョーリィ様はどこぞの王子殿下よりすごく良い人だけれど、恋愛感情はお互い持たないと思うな」
「そうか?」
「うん」
私にとって一番素敵なのはお父様一人だもん。両手を上げたら抱っこのおねだりと悟りお父様は軽々と私を抱き上げた。
読んでいただきありがとうございます。