王妃の企み
執務机を両手で叩き付けた王妃ジュディーヌに怒りの矛先を向けられる国王クロウリー。両肘を立て、組んだ手の上に顎を乗せるクロウリーは見上げる様にジュディーヌへ厳しい眼差しを放っていた。
「王妃よ、此度の一件、どう考えてもヴィクターに非がある。私が何度もマルティーナ嬢との婚約は王国の為と言い聞かせたのにも関わらず、己の傲慢振りを指摘された挙句逆上して手を上げるなど言語道断だ」
「しかし、ヴィクターは二回しか叩いていないのに、ルチアーノ卿は二十回もヴィクターを!」
「回数の問題ではない。ヴィクターが非のないマルティーナ手を上げたことが問題なんだ」
己の右腕たるラナルドの助けもあり、なんとかマルティーナをヴィクターと会わせることに成功した。政略結婚の重要性を重く説いてきたのにも関わらず、王子である自分を好きにならない少女はいないといわんばかりの態度で接し、折角の場を台無しにされた。
幸い此度の失態は知れ渡っていない。ラナルドもルチアーノも言い触らしていないのだ。
現在ヴィクターは一カ月間の謹慎を言い渡し、大人しくさせている。招待を受けていたお茶会は全てキャンセル、剣の鍛錬も散歩も禁じた。今まで家庭教師に何を習ってきたのだと叱責に叱責を重ね、家庭教師を五人に増やして勉強漬けにさせ反省を促している最中だ。
ヴィクターだけに罰が重い点に納得がいかないジュディーヌは毎日クロウリーに直談判をしていた。ルチアーノを処罰してほしいと。
彼女の願いは一度も受け入れられていない。正当な理由がないなら処罰は課せられない。
「陛下はヴィクターが可愛くないのですか!?」
「我が子可愛さにこの件を不問には出来ない。ジュディーヌ、どうして私がマルティーナ嬢をヴィクターの婚約者に拘るか分かるか?」
「ルチアーノ卿の力が欲しいためでしょう」
「そうだ」
現在人数が多くなり過ぎて飽和状態と化している騎士団の第三部隊の隊員削減を実行するには、新しい就職先が必要となる。彼等が平民や取り柄のない家柄の出身者達ならば即馘にするのだが、第三部隊に配属される者は使い物にならない高位貴族の跡取りではない男達ばかり。花は女だけではない、時に男も必要となる場面があり、彼等はそのような時に重宝される。他部隊への異動は、部隊長達が嫌がって誰も受け入れず、他の職場に就かせようにも厳しい試験を突破して就いている者達への示しがつかず、やはり第三部隊に置くしか策がないのが現状。魔導研究所への寄付金を大幅に上げる条件として彼等の受け入れをルチアーノに求めているが悉く跳ね付けられている。
魔導研究所はルチアーノの母エレメンディール王女が亡くなる前にルチアーノが管理長の座を継いでいる。エルフを父に持つルチアーノは、エルフ族全員が扱える神聖力も使える。その為、魔導研究所が所持する魔道具の中には、条件があるものの神聖力を扱える物まで存在する。
「魔導研究所の運営について王家は口を挟めない。エレメンディール王女が当時の国王とそう契約を交わした」
「二百年も前の契約等破棄してしまえばよろしいではありませんか」
「そういう訳にはいかない。魔法契約を蔑ろにすれば、竹箆返しを受けるのは不履行をした者のみだ」
恐らく魔法契約を実際に行ったのはルチアーノの父親。エレメンディールは魔法が大好きな魔法馬鹿。彼女の研究を大いに手伝っていたのがルチアーノの父。
「前から思っていましたが、陛下はルチアーノ卿を恐れすぎでは? エルフのハーフだろうと、所詮はハーフ。純血のエルフと比べれば……」
「ジュディーヌ。お前はルチアーノ卿の父親が誰か知らないのか?」
「し、知りません」
考えたことすらない。ジュディーヌは突然険しい声色で問うたクロウリーにたじろぎながらも頷いた。
「エレメンディール王女に求婚したエルフは『賢者』と呼ばれるエルフの王だ。現在は代替わりしていると聞くが、その影響力は計り知れない。ルチアーノ卿が強いのもエルフの王譲りな為だ」
「……」
ルチアーノの父の正体を聞かされたジュディーヌはがっくりと項垂れ、謝罪を述べた後執務室を出て行った。聞いてしまえばどんなに訴えてもクロウリーが動いてくれないと悟った。力なく歩くジュディーヌの足は自然とヴィクターの私室に向かっていた。部屋の前に着き、今日の授業は終わったと護衛に確認後扉を開けさせた。
ソファーの上で膝を抱えて丸くなっているヴィクターを見るなり駆け寄った。
「ヴィクター……!」
「母上……」
小さな身体が丸くなってジッとしている様は見ていて痛々しい。ジュディーヌの声に反応したヴィクターの顔は正常に戻っており、瞬きをするなり大粒の涙が落ちた。
「嗚呼っ、可哀想なヴィクター」
「母上っ、私は、私は自分の正直な気持ちをマルティーナに言っただけなんです。私の心はミエールのもの、お前を好きになることはないと言っただけなんです」
「ヴィクター、好きな人がいても結ばれないのは王侯貴族にはよくあること。それが政略結婚です」
ミエールとはサンタピエラ伯爵令嬢の名前。
政略結婚は必ず情を通じる訳じゃない。互いの立場を理解し、行動すればいいだけと解し、ヴィクターは思ったままをマルティーナに要求したに過ぎない。
「私はマルティーナと婚約しないと駄目ですかっ?」
「……ええ。陛下はルチアーノ卿に執着しています。考えを曲げるつもりはありません。ヴィクター、母がなんとかします」
怯えた子犬の如き涙目で見上げるヴィクターの髪をそっと撫でたジュディーヌは心の中で決意した。
必ずヴィクターが優位に立てる条件を付けられる婚約をルチアーノに結ばせると。
脅威なのはルチアーノであってマルティーナじゃない。魔導研究所に属する職員も然り。何名か、伯爵家以上の出身者がいるが大半は平民や下位貴族出身者。家に圧力を掛けてしまえばいい。
「わたしに任せなさい」
「はい……!」
希望を取り戻したヴィクターの相貌は見る見る内に明るくなり、抱き付いた息子を抱き締めた。
その後、部屋を出たジュディーヌは後を歩く侍女に命じた。
「ラナルドに至急連絡を送ってちょうだい」
——頻繁に遊びに来るようになったラナルドが「王妃殿下が何か企んでいるようですよ。この間、急に呼ばれてルチアーノ様にかなりご立腹していらっしゃいましたよ」と何でもないようにジュディーヌの企みを聞かされた。ルチアーノは一言で終わらせた。
「勝手にしてろ」
と。
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