真意は不明
転移魔法であっという間に屋敷へ戻った私達をテノールさんやマリンが出迎えた。赤く腫れた私の頬を見るなり二人が悲鳴を上げ、お父様が溜め息混じりに事情を説明。怒りを露にするマリンに対し、テノールさんが口にした王妃様に似た発言が気になった。
「王子殿下が王妃様に似たって?」
「クロウリーには元々別の婚約者がいたんだ。だが、今の王妃と恋に落ちて婚約破棄をした経緯がある」
高い地位にある人がそんな勝手してたの?
でもテノールさんが納得してしまうのも分かる気がする。要するに第二王子殿下の頭には恋愛脳が埋まってるのか。
「氷嚢を持って来てくれ」
「すぐに持って参ります!」
お父様に頼まれたマリンが走り去る。私は王妃様が恋愛脳なら、国王陛下はどうなの? と気になった。王妃様を選んだのは陛下なんだから、陛下の頭だって恋愛脳なわけで。お父様に直球で聞くと微妙な顔をされた。
「違うの?」
「違うわけじゃないが」
なんだか歯切れが悪い。私は抱っこをされたまま邸内に入り、お父様とよく利用する部屋に連れて行かれるとそのままふかふかクッションが最高な大きな椅子に座った。私がお父様の膝の上なのは安定である。
「さっきの話なんだが」
「うん」
「クロウリーが恋愛脳かどうか言われると……そっち寄りなんだろうが、王妃と比べるとそうでもない」
「でも、元々いた婚約者から今の王妃様を選んだんだよね?」
政略結婚よりも恋心を選んだ陛下は、当初元々の婚約者を王妃に、今の王妃様を側妃にしようと考えていた。
「王妃の重責を元婚約者に、現王妃は自分を癒すだけってな」
「最低」
「ああ。男ってそんなもんだ」
「うへえ」
幻滅への加速振りがすごい。
元婚約者と婚約破棄になった原因は、嫉妬に駆られた彼女が現王妃様を害そうとした為、というのが表向き。実際は陛下を咎めない前国王夫妻に呆れ果て、更に陛下の考えを知った元婚約者の実家が彼女を他国へ逃がした。更に二年後、その実家も彼女の後を追って王国を出て行ったのだとか。
「長年王家に仕えた忠臣を下らねえ理由で逃したんだ。当然、王家の威信は格段に落ちた」
「それはそう」
マリンの持って来てくれた氷嚢を叩かれた頬に当ててもらう。ひんやりと冷たくて気持ちいい。
「そこから信頼回復に努め、まあまあマシにはなった。王太子の婚約者に筆頭公爵家の令嬢を選べたのもクロウリーや王妃、周囲の努力の甲斐あってのものだ」
「うん」
「更なる信頼回復をしたくて、お前に目を付けたってのもありそうだな」
「絶対嫌」
自分のことを棚に上げて人に要求してばかりの殿下にむかつき、ズバズバと指摘した結果が頬を叩かれるって最悪過ぎる。
「謝りに来ても許さない。お父様、来ても追い帰していいよね?」
「安心しろ。お前の耳に届かないよう追い返してやる」
「うん!」
——数日後。頬の腫れは一日で治まり、普通に日常を過ごす。ジョゼフィーヌ先生の授業も昨日から復活し、起きた出来事を話したら大層驚かれたと共に不憫な眼差しを貰った。
『まあ……王子殿下がそのような……』
『お父様のところに、何通も謝罪の手紙が来てるって話ですけど私の目に入らないようにしてくれています』
『ルチアーノ卿に任せていれば安心ですね』
一月以上休んでいた遅れを取り戻します、と意気込む先生に倣い、私も先生の授業に取り組んだ。
今日はお父様と朝から庭で土弄りをしていた。スコップで土を掘る私の隣、お父様は土を摘まむと土の感触を確認するように指と指に挟んで擦っていた。植物栄養剤という肥料を使って非常に肥えた土らしく、どんな植物も育てられるか実験中とのこと。作物を育てられる環境ではない地域への援助をするのに欠かせなく、土を眺めていたお父様は成功だと零した。
「お父様が作っていたどんな植物でも育てられる土がこれ?」
「どんなと言ったら語弊があるな。痩せた土地にこの土を撒けば、今まで育てられなかった作物や植物が育つってだけだ」
「でも、その土地に住む人からしたらどんなものでも育てられるって思うよ」
自分で掘った穴に一つの球根を置いた。芽が出るのに半年、成長をするのに更に三年、開花するのに一年。約五年間育てて開花させられる貴重な魔法花の一種をお父様の作った土ならどれくらいの期間で育つのか観察するのが目的だ。
球根に土を被せ、最後に地面を叩いて平たくした。これでよし。どうせ後で庭師のお爺ちゃんが良い感じにするだろう。
「この後は何をするの?」
「決めてない。買い物でも行くか?」
「買い物かあ」
欲しいものはないけれど、一緒に街を歩くのも悪くない。普段は庭を散歩するか、転移魔法で遠くの湖や森をやっぱり散歩するくらいだもん。赤ちゃんだった頃は、私を片腕に抱いたお父様によく連れられていたっけ。
快諾すると共に、あの一件以降、王子殿下がどうしているのか試しに聞いてみるとどうでも良さげに「大層叱られて毎日お前宛の謝罪の手紙が届く」と言われた。土弄りをしている最中は黒眼鏡を掛けていないので表情が丸分かり過ぎてちょっとだけ笑ってしまった。
「笑うな」
「あからさますぎてつい」
「何度か押し掛けても来ていた」
「そうなの?」
「ああ。まあ、お前の耳に入らないよう追い返している」
ちらっとだけ王子殿下の姿を見たお父様曰く、相当陛下に叱られたようであの傲慢で自信タップリな姿は消え、暗い雰囲気を纏い俯いているだけだったとか。顔の腫れは殿下の方も引いていると聞いてちょっとだけ安心した。お父様が仕返ししたにせよ、ずっと傷が残ったままだと後味が悪すぎる。
「これで国王陛下も諦めてくれてるといいね」
「寧ろ、必ず更生させてマルティーナに信頼されるように教育し直すだとよ」
「なんで!?」
しつこ過ぎて戦慄する。背筋がぞわぞわして一種の寒気に襲われ、二の腕を擦っているとお祖父様の話を出された。エルフのお祖父様は、現在お祖母様の遺骨を持って行方不明。お父様とは定期的に連絡を取り合っているので完全に行方不明ではない。
「ただのエルフの血を引くってだけなら、連中だって然程おれやお前に拘らなかった」
「ってことは、お祖父様は特別なエルフなの?」
頷いたお父様の次の言葉を待っていると——
「父と娘の楽しい時間を邪魔して申し訳ありません」
「!?」
突然聞こえた最近よく聞いていた声がした。二人揃って振り向くと予想通りの人——モーティマー公爵が近くに立っていた。手には可愛らしい小花の入ったカゴ。人当たりの好い笑みを浮かべる公爵の登場に固まっていると急に体が浮遊した。身体を前に回されると不機嫌なお父様の顔がドアップに映り、両手を伸ばすと抱っこをされた。
「何しに来やがったラナルド」
「先に謝罪を述べたでしょう。ルチアーノ様を説得してくれと陛下に泣き付かれました」
「知るかよ。さっさと帰れ」
手をしっしっと払うお父様だが、公爵は意にも介さず「ぼくも困っていまして」と眉尻を下げた。垂れ目なせいで悲壮感がすごく漂ってる……。
「……と、陛下の伝言はついで、本題は別にあります」
ついでなんだ。
「魔導研究所には、職員の子供を預かる託児所がありましたね。何歳まで利用可能でした?」
「十歳までだ。急になんなんだ」
「ジョーリィに他者との触れ合いを沢山してほしいと考えたら、家柄関係なく接せられる相手が良いと思い付きました。この間開いたパーティーでジョーリィは楽しんでいたと言っていましたがね」
「ああ、お前の倅ね」
そういえば公爵には私より二歳上の一人息子がいるって聞いたな。名前はジョーリィっていうんだ。お父様達の話を詳しく聞いていると、どうやら生まれつき病気を抱えていたらしく、二年前に完治して以降は積極的に他者との交流を計らせているのだとか。
「ルチアーノ様のお陰です。ありがとうございます」
「大したことはしていない。強いて言うなら、お前の倅の運が強かっただけだ」
「そういうことにしておきましょう」
「で? 本音は」
「魔導研究所の職員を親に持つ子も将来親と同じく職員になる者が多い。今の内に交流を持たせ、職員との繋がりを持たせようかと」
「だと思った。好きにしろ」
「ありがとうございます」
いいんだ……お父様はこういうのには厳しいのに。意外だと見上げていると目が合い、鼻頭にキスをされた。
「なんで?」
「おれの気分」
「もう」
嬉しいからいいけど。
「ラナルド。本音を言えよ」
「言いましたよ」
「お前の倅とおれの娘を引き合わせたいのが目的なんだろ?」
あ、やっぱりそうなんだ。指摘を受けた公爵は顔色一つ変えず、淡々とした笑みで肯定も否定もしない。
「どちらでもいい、というのが本音です。ジョーリィがマルティーナ様と仲良くなろうと、ヴィクター殿下のように嫌われようと、どちらでも」
「人に好かれやすい子ではあります。ジョーリィはきっとマルティーナ様を気に入るでしょうが……マルティーナ様は好きにはならないでしょう」
口調は穏やかで声色も人の聴覚を落ち着かせてしまう不思議な音なのに対し、紡がれる言葉の端々に不気味な予感を抱かせる。
「どうしてそう思うのですか?」
「気になりますか?」
そんな言い方されたら誰だって気になる。
頷くとニコリと笑み、明日魔導研究所の託児所にご子息を連れて来ると告げ、去る間際手に持つカゴをお父様に渡すと公爵は帰って行った。
「何だったんだろう?」
「知らねえ。明日、魔導研究所の託児所に行くか?」
「そうだね。公爵がああ言うなら、第二王子殿下に会うよりかは安全じゃないかな」
「そうか」
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