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アークラント伯爵夫妻

 


 微かな揺れもお父様の膝の上に乗せられている為不快に感じない馬車の中。今日はスレイさんの実家アークラント伯爵家へと向かっていた。以前スレイさんと約束した招待に応じる為だ。先日、リコリスさんが持参した新品のドレスを身に纏っているものの、私は何だか落ち着かない気分でいた。そんな私を見抜いたお父様に頭を撫でられる。



「緊張しているな。お前の礼儀作法はしっかりと身に付いている」

「う、うん。それもあるけど」

「けど?」

「今日の為に作ってもらったこのドレス、本当に私に似合ってる?」



 青く小さなリボンとフリルが袖やスカート部分の裾に広がり、全体的に可愛いをイメージしてデザインされたドレスに着せられている感じがしてならない。姿見の前で初めて見た時は、前世ではこういった服を着たことがなかったから衝撃的だった。マルティーナとして暮らして六年になるけれど、私が欲しがったのもあって屋敷にある私の服はどれもシンプルかつ動きやすさを重視したものばかり。可愛い服が嫌いではないんだけどね。


「ああ、勿論。前世の記憶があって慣れないか?」

「うん。こういった服を着たことが殆どないもん」

「そうか。リコリスはお前に似合うと考えてデザインした。実際お前に似合っている。お前よりもっとすごいドレスを着ている令嬢だっているんだ、このくらい派手の部類に入らないさ」



 それと私がお父様や屋敷の人達くらいしか他者との交流がないせいで貴族の服装を知らないのも慣れない理由だと話された。ジョゼフィーヌ先生は若葉色の落ち着いた雰囲気の服装を好んで着ていた。なので先生も当て嵌まらない。



「似合っているなら良かった。後は、スレイさんのご両親にちゃんと挨拶できるかだね」

「心配するな」



 念の為に昨日スレイさんに見てもらった。結果はお父様達と同じで合格。

 馬車がアークラント伯爵家の敷地内に入った。正門を潜り、屋敷の前に到着すると先に降りたお父様の手を借りて降りた。自分の家以外で初めて見るお屋敷に感動していると奥の方から誰か出て来た。二人いる。



「あれがアークラント伯爵夫妻だ」



 スレイさんと同じ茶髪で優しそうな男性がアークラント伯爵。クリーム色の長髪を右耳の下で縛り、尻尾のように肩に垂らしている女性が伯爵夫人。夫人も優しそうな雰囲気がしており、家族揃って同じだなんて素敵。

 私達の目の前でやって来た伯爵夫妻は同時に腰を折り頭を下げた。



「お待ちしておりましたルチアーノ様、マルティーナ様」

「ああ。スレイから話は聞いていると思うが今日はよろしく頼む」

「とんでもございません。ご息女の話し相手になれて光栄です」



「ほら、マルティーナ」とお父様に軽く背を押され、前に立った私は緊張しながらも礼を執った。



「お初にお目に掛かります。マルティーナ=デイヴィスです。お会い出来て光栄です」



 や、やった……! 成功した! 言葉も一度も噛まずに言えた!



「マルコ=アークラントです。こっちは妻のイヴォン。スレイから話を聞いて今日を心待ちにしていました。中へ案内致します」



 此方です、と伯爵に先導されて邸内に足を踏み入れた。置かれている調度品は、素人目の私でも一つ一つ高額な物ばかだりと分からせてしまう。キョロキョロと見るのははしたない気がして我慢我慢。客人をもてなす際に使用する部屋に案内されると甘い香りが漂っていた。見ると部屋の真ん中に置かれているテーブルには、多種類のスイーツがあった。スイーツ好きな者として目を輝かせれば伯爵夫人に「マルティーナ様の好みをルチアーノ様に聞いてご用意しました」と教えられた。いつの間に。勧められた席に着くと使用人が人数分の飲み物をそれぞれの前に置いた。大人達には紅茶。私はホットミルク。真っ白な水面に浮かぶのはハチミツだ。これもお父様が教えたのだろう。



「さあ、遠慮なく召し上がってください」

「は、はい。頂きます!」



 そう言われてがっつくとドン引きされる。がっつかないけど。

 まずどれにしよう。ケーキもいい、タルトもいい、クッキーもいい、マフィンも捨てがたい。粉砂糖が掛けられたドーナツも良き。種類が豊富で逆に時間がかかってしまう。私が悩んでいるとお父様がフィナンシェをスイーツ皿に載せて私に差し出した。



「一つ一つ食べればいい。ほら」

「うん」



 それもそっか。用意されたスイーツは逃げない。最初は渡されたフィナンシェを食べよう!



「ルチアーノ様。スレイから色々と聞いております。マルティーナ様を第二王子殿下の婚約者にと陛下が拘っているとか」

「いい加減にしろって脅しても効果がなくてな。この間、ラナルドが来た時に譲歩した」

「ご子息の友達作りのパーティーへの出席ですね。恐らく、マルティーナ様を表へ引っ張り出す為の理由として、陛下がモーティマー公爵に指示したのでしょうね」

「だろうな」



 スレイさん経由で事情を把握されているのか。

 溜め息混じりに言葉を紡ぐお父様に同情の眼差しを向けていた伯爵は、国王陛下が拘る理由にエルフの里との交流ともう一つあると出した。あっさりとフィナンシェを完食した私は、次に粉砂糖のかかったドーナツボールに手を伸ばした。



「陛下が王太子だった時、ルチアーノ様は魔導研究所を能無し貴族のごみ溜めにするなとキレ散らかしましたよね? ヴィクター殿下とマルティーナ様を婚約させ、身内に引き込むことで魔導研究所の運営に口出しをしたい思惑もあるはずです」

「はあ〜」



 私はドーナツボールを食べる前にお父様の袖を引っ張った。



「お父様、どういう意味ですか?」

「そのままだ。家を継がない令息は、どこかの家に婿入りするか、職に就いて自立するしかない。ところがな……」



 当時は行く宛のない令息が多くいて、彼等の就職先として王太子だった現在の国王陛下は、魔導研究所の職員にしてはどうかと提案したそうな。貴族は基本皆魔力持ち。その頃の魔導研究所は職員の人数が不足し、一人一人の負担が大きく、人材不足や労働時間解消の決め手となると信じられた。


 しかしお父様がそれを一蹴。というのも。



「騎士団に第三部隊っていう、主に貴族出身者で構成されている花形の部隊がある」

「花形?」

「ああ。剣の腕はクソで顔と家柄くらいしか取り柄のない無能の集まりだ」

「うわあ」



 なんでそんな部隊があるの? と顔に出していると「所謂、無能のゴミ捨て場といったところだろ」とお父様は吐き捨てるように紡いだ。多額の寄付をする代わりに役に立たない息子を押しやりたい当主というのは多い。前世でもよく聞いた話。



「更に、プライドだけは一丁前なもんでな。扱いが面倒くさい」

「実戦で役に立つの?」

「立つと思うか?」



 質問を質問で返さないでほしいけど敢えてこんな言い方をしたのは、私が思わないと知っている証。正直に首を振ったら「良い子だ」と頭を撫でられた。



「ルチアーノ様の母君、エレメンディール様が改革を行ったことで職員採用基準は、現管理長に一任されると決まりました」と更に説明をするのは伯爵夫人。お父様のお母様が……。魔法馬鹿で政略結婚の駒にされるくらいならと、エルフのお祖父様の求婚を受け入れたお祖母様は、現在より扱いの悪かった魔導研究所の改革を行ってその地位を盤石なものとした。現在お父様が管理していると言えど、基準を作ったのはお祖母様なのだとか。


 ってか。



「お祖母様の名前を今初めて知った」

「ああ。言ってなかったからな」

「私より名前が長いね」

「長いか?」

「長いよ」



 ……と思ったけど、お父様の名前ルチアーノとそう変わらないか。マルティーナよりエレメンディールの方がやっぱり長い。



「騎士爵位を夫に持つ奥方に聞きました。現在、第三部隊は後のない令息達が押し込められて飽和状態にあると」

「知るかよ。ちょっとは使い物になるよう鍛えろよ」

「無論、中には現状打破を狙って部隊を異動した方や試験を受けて別の職業に就いた方もいます。ただルチアーノ様の言う通り、他に行くところのない方は第三部隊に留まったままですわ」

「溜め息しか出ねえよ」



 話を聞いているだけの私も同意。



「役に立たない人達が魔導研究所に来たら、威張り散らすだけで仕事もしてくれなさそうだね」

「実際その通りだ。騎士団内で合同演習をしても、第三部隊は滅多に呼ばれないと聞く」

「うわあ」



 明らかに難のある集団と合同演習なんて誰もしたくないよね……。

 話を聞けば聞く程ドン引き案件じゃん。お父様が断固お断りの姿勢を貫いても国王陛下がしつこく私と第二王子殿下を婚約させたがっているのは、こういった背景があると解ると呆れるしかない。自分達で解決をしたらいいものを。

 熱々のドーナツボールを完食し、次はナッツ類がゴロゴロと練り込まれたクッキーを頂いた。歯応えバッチリのクッキーだが、顎の弱い人はちょっとキツイかも。ホットミルクもちびちび頂く。そろそろ底が尽きそうだったが、伯爵夫人にお代わりを手配してもらえた。お礼を口にすれば「良いのですよ、気にしないで沢山頂いてください」と微笑まれた。成人した子供を持つのだから歳を取っているのは当然なんだけど、伯爵夫人を見たらお母さんを思い出してしまう。突然死してしまった私を誰が最初に発見したかにしろ、予想もしていなかった別れに悲しんだだろう。この六年間、一度も前世の家族の夢を見ていない。


 ちゃんと元気にしているかとか、気になるのにね……。


 お代わりのホットミルクを頂くとまたすぐに口に付けた。何かをしていないと家族を思い出して目頭が熱くなってしまう。此処で泣いたら周りを困らせてしまうもん。


 私がホットミルクを飲んでいると「そういえば」とお父様は、スレイさんは来ないのかと伯爵夫妻に訊ねた。抑々のきっかけは、スレイさんが私のことを話し夫妻の希望でお茶の時間が実現した。肝心のスレイさんが不在なのは何故かと今更になって気付いた。



「途中で参加すると言っておりましたのでもうそろそろ来ると思いますが……」



 開始されてまあまあの時間が経つ。後ろに控えていた執事にスレイさんを呼んで来るよう、伯爵が指示を出した直後——話題の渦中にいたスレイさんが登場した。


「すみません、遅れました」

「スレイ。遅かったじゃないか」



 研究服に見た目がボロボロなスレイさんより、きっちりと身形を整えたスレイさんの方が好青年に見える。やっぱり見た目って大事。


 席に着いたスレイさんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。 



「ちょっと用事があって。こんなに時間が掛かるとは思ってなくて。どんな話題を話していたんですか?」



 用事の内容についてスレイさんが言わないのなら誰も触れなかった。





読んでいただきありがとうございます。



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