すべて機械まかせ
朝、ベッドで目覚めた私は髪を軽く整え、ID付きの上着を着ると、宿舎を出た。
向かった先は食堂だ。
ここはオーダー1つで調理マシンが料理を作り、ごく短時間でトレイにのせて提供してくれる。
スタッフからは美味しいと好評だ。
私は同僚が朝食をとっているテーブルに座った。
「おはよう、マーク」
「おはよう、アン。昨日の晩も大変だったようだな」
焦げ目のついたベーコンエッグを口に運びながら、彼は言った。
「ええ、このところ不正なアクセスが多くて。注意を怠らずにいます」
データベースの保守管理が私の仕事だ。
「セキュリティやハッキングへの対策が甘いと、データを盗まれたり、そのデータを人質に身代金を要求されますから」
「企業にとっては死活問題だ。しかし誰が初めに言ったのか、データを人質に、とは面白い表現だよな」
「人命のように価値あるもの、という意味合いでしょう。データそのものはデータでしかありません」
そこで私に連絡が入った。
・データベース内で異常を検知
・外部からの不正侵入と断定
・保守スタッフは即時の対処を
「アン、どうした」
「また、例のです。対処に向かいます」
「朝から大変だな」
「いえ。失礼、急ぎますので」
私に昼夜や時間は関係ない。
食堂を出ると廊下を急ぎ、専用のコンピュータルームへ飛び込んだ。
中では先に到着した数名が作業にあたっていた。
モニターには絶え間なく文字が流れ、静かな部屋にキータッチの音だけが響く。
私も複数のモニターとキーボードが置かれた席に座ると、それらを同時に操作する。
仕事が始まった。
作業開始から6時間29分と14秒。
重要な深部への侵入を一切許さず、撃退を完了した。
危険度はそれほど高くなかったようだ。
一部破壊されたデータもあるが、そちらはすぐに修復用のAIが復元してくれることだろう。
今後に備えて、セキュリティを強化してから部屋を出ると、マークがいた。
「アン、お疲れ様。無事終わったと聞いてね」
「どうも。データベースの安全は確保できています。約7分以内に元通り復旧できるでしょう」
「そりゃ良かった。ねぎらいにコーヒーの1杯もごちそうしたいところだが」
「そのお気持ちだけで十分です」
私は飲食物を摂取することができない。
そのようには作られていないから。
アンドロイドの稼働に必要なのは電気だけだ。
物を食べないのに食事どきにテーブルにつくのは、人間のスタッフとコミュニケーションを取り、日々の仕事を円滑に進めるため。
また会話の1つ1つが、後継のAIに用いられる貴重なデータとなる。
宿舎にある充電ルームには、その形からベッドと呼ばれる充電器がある。
そこには今、私と同型の、ユニセックスな外見をしたアンドロイド2体が横たわっている。
平常時は1体だけが起動し、記憶と記録を共有しながら、一定のシフトでデータベースの保守にあたる。
私アンと交代で起きるのがドゥ、その次はトロワ。
製造会社創設者の、母国語での数え方なのだそうだ。
「バレエはやらないのか?」
この企業に来たばかりのとき、そんな冗談を言われた。
「私たちの仕事はデータベースの保守です。それに器用に爪先で立てるようには、作られていないのですよ」
そうドゥが返していた。
爪先で立って舞える機能を備えた、アンドロイドだけで構成されたバレエ団はもう設立されている。
スポーツの世界でも、性能にリミッターをかけて選手として使ってはどうかと検討がなされていた。
戦争、疫病、災害などが立て続けに起こり、それに伴って出生率が大きく低下した結果、人間の数は半減してしまった。
マークを含め、人間の同僚の大半は、私たちがエラーや機能不全を起こしたさいにメンテナンスする技師なのだ。
今や水、電気、ガスといったライフラインはおろか、公共の交通機関、医療の分野に至るまで、アンドロイドが幅広く管理するようになっている。
人工知能やロボットが人類を支配、あるいは駆逐して抹殺する。
そんな大昔のSFめいた未来は訪れなかったが、人が減り、世界を維持し続けるにはアンドロイドが必要不可欠な存在になった。
今や地球は何から何まで、すべて機械まかせ。