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第九話:僕と噂と、厄介な拾い物

 王都は、僕が想像していた以上に騒々しい場所だった。

 石畳の道を埋め尽くす人の波、客引きの怒鳴り声、建ち並ぶ店の看板から発せられる、雑多で過剰な情報。うんざりするほどに、非効率なエネルギーに満ち溢れている。


 馬車を降りて、大通りを歩き始めた途端、僕は自分が奇異な視線に晒されていることに気づいた。

「おい、見ろよ。あの若いの、やけに落ち着いてるぜ」

「さっきギルドで聞いた噂の……まさか、な」

「いや、でも雰囲気はあるぞ……」


 ひそひそと交わされる会話が、僕の耳にも届く。

 なるほど。ニードルドラゴンの一件は、既にここまで伝わっているらしい。僕が乗ってきたのは、ただの乗り合い馬車だ。それよりも早く情報が伝播したということは、あの場にいた乗客か護衛の中に、伝書鳥か、あるいは通信系の魔法が使える者がいたということか。伝達速度から判断して、後者の可能性が高い。


 問題は、その内容だ。

「一撃で」「山を消し飛ばす魔法」。事実との乖離が甚だしい。僕が行ったのは、エンチャントしたナイフによる、四度の的確な物理攻撃だ。なぜ、これほどまでに情報が歪むのか。


 ……ああ、そうか。恐怖と興奮という、極めて非合理的な感情フィルターが、事実を捻じ曲げ、彼らの願望を投影した「物語」へと再構築したのか。なるほど。原始的な社会における、情報伝達の脆弱性と、集団心理の形成。興味深い研究対象だ。


『ねぇアイン! みんな、アインのこと見てるよ! すごいすごい!』

 僕の頭の中で、『助人アドバイザー』が嬉しそうにはしゃいでいる。


(静かにしてくれ。おかげで、宿を探すのに余計な手間がかかりそうだ)


 僕は、まとわりつくような視線を軽くあしらい、人通りの少ない路地裏へと足を踏み入れた。宿屋街へ抜ける近道だ。メインストリートは、非効率な人間が多すぎる。


 その、薄暗い路地裏で、僕は一つの光景を目にした。

 三人の、ガラの悪そうな男たちが、一人の少女を壁際に追い詰めている。少女は、小柄で、動きやすそうな、しかし所々が擦り切れた革の服を着ていた。猫のようにしなやかな雰囲気をした少女だ。


「おい、ガキ! さっさとブツを出しやがれ! パン屋のオヤジから、お前が盗んだって聞いてんだよ!」


「……し、知らない」


「へえ、しらばっくれる気か。なら、その懐、俺たちが直接確かめてやろうか?」

男たちが、下品な笑みを浮かべて、じりじりと距離を詰める。


 ふむ。よくある光景だ。


 窃盗という犯罪行為。それに対する、私的な制裁。法治が完全ではないこの王都では、こうした庶民同士の相互監視とストレス解消行為が、一種の社会秩序を維持している側面もある。犯罪者は、しかるべき罰を受けるべきだ。僕が介入する理由はない。


 僕は、壁に背を預け、静かにその光景をやり過ごそうとした。


しかし。


『待って! アイン、待って!』


助人アドバイザー』が、僕の思考に待ったをかけた。


(なんだい? これは、彼らのコミュニティ内の問題だ。僕たちが干渉するのは、非効率なだけでなく、社会の自浄作用を妨げることになる)


『だめ! あの子、見て! あの身のこなし、あの目つき! 才能あるよ! きっと、わたしたちの役に立つ!』


(役に立つ? 僕に、仲間はもう必要ないと言ったはずだが)


『仲間じゃないよ! 子分! アインのじゃなくて、わたしの、一番の子分にするの!』

 彼女は、駄々をこねる子供のように言った。


『それにね、アイン。あの子の顔……わたしの、好み! だから、助けてあげて! お願い!』


 好み、か。


 彼女の美的感覚は、僕には理解できない。だが、彼女がここまで言うのも珍しい。

 彼女の直感は、時として僕の論理を超える結果を導き出すことがある。


 僕が、一瞬だけ思考を巡らせていると。


「……おい、見ろよ。あそこにいるのって……」

「まさか……ドラゴンを一撃で倒したっていう……」


 最悪のタイミングで、僕の後ろ、路地の入り口に、数人の野次馬が現れた。僕の存在に気づいた彼らが、騒ぎ立て始める。


 まずいな。僕の公的評価パブリック・イメージが、今、形成されつつある。この状況で、「英雄」と噂される僕が、目の前のいざこざを見て見ぬふりをすれば、どうなる?


 僕の評価は下がり、今後の王都での活動……例えば、研究資金の提供を貴族に求める際などに、悪影響が出る可能性がある。


『ほら、アイン! みんな、アインに期待してるよ!』


(……仕方ないな)


 僕は、深いため息をついた。

 僕の社会的名声を維持するため。そして、『助人アドバイザー』の機嫌を取るため。これが、現時点での、最も合理的な判断、か。


 僕は、ゆっくりと男たちに歩み寄った。


「おい、あんた! 見てねえで、とっとと行きな!パン屋の店主から言われてんだ」

 男の一人が、僕を威嚇する。


 僕は、何も答えず、ただ歩き続けた。


「聞こえねえのか、ああ!?」

 三人の男たちが、同時に僕に殴りかかってきた。だが、殺意はない。


 遅い。

 あまりにも、遅すぎる。


 僕は、身体に付与された『瞬発力3倍』のエンチャントに従って、ただ、最小限の動きで、三人の攻撃を避ける。


 一人目の拳をいなし、その勢いを利用して二人目の腹部に肘を打ち込む。三人目が振り上げた棍棒を掴み、軸にして体を回転させ、一人目の顎に軽い蹴りを入れる。

全ては、一瞬の出来事。


 僕が元の位置にすっと戻ると、三人の男は、まるで操り人形の糸が切れたように、時間差で地面に崩れ落ちていた。誰も、致命傷は負わせていない。ただ、的確に意識だけを刈り取った。


 野次馬たちが、「おお……!」と、感嘆の声を上げる。

 僕は、彼らに一瞥もくれず、騒ぎが大きくなる前に、その場を立ち去ることを促した。野次馬たちは、満足そうに頷きながら、散り散りになっていく。


 静かになった路地裏で、僕は気絶している男たちに近づくと、懐から銀貨を数枚、彼らのそばに置いた。


『なに、これ? お金、あげるの?』

 『助人アドバイザー』が、不思議そうに尋ねる。


(償いだ。彼らは、社会の恒常性を維持するための、必要な『役割』をこなしていたに過ぎない。僕の都合でそれを妨害したのだから、対価は支払うべきだ)


 僕が、僕だけの論理で行動を完結させると、背後から、少女が恐る恐る近づいてきた。

「……あ、あの……ありがとう、ございます。助けて、くれて……」


「別に。君のためじゃない。僕の都合だ」

 僕が、事実をありのままに告げると、少女はきょとんとした顔をした。


「……ふふっ。なにそれ、面白い人。ま、どっちでもいいや。助かったのは、本当だからね」

 少女はひ弱な演技はやめたようで、猫のようにしなやかに笑った。


「あたしはアエル。職業クラスは盗賊で、趣味も、盗賊」


(……アエル、か)


 僕は、この、新しく手に入ってしまった、厄介で、しかし、『助人アドバイザー』曰く「才能のある」拾い物を、どうしたものかと、静かにため息をついた。

王都での生活は、思ったよりも、面倒なことになりそうだ。

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