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第七話:僕と竜と、非効率な経験値

 王都までの道のりは、存外に退屈だった。

 

 乗り合い馬車というのは、どうしようもなく速度が遅い。ガタガタと揺れる荷台の干し草の上で、僕は何度目か分からない寝返りをうった。僕の『助人アドバイザー』が歌ってくれた子守唄のおかげで、眠りの質は最高だったが、それももう半日以上前のことだ。


『ねぇ、アイン。つまんないね』

 脳内に、僕だけのスキルが話しかけてくる。


『何か面白いこと、起きないかなぁ。例えば、山賊が百人くらいで襲ってきて、アインが一人でやっつけちゃうの!』


(馬車が壊れたら、王都に着くのが遅れるだろう。それは非効率だよ)


『えー、でも見てみたいんだもん。アインが活躍するところ』


 彼女の言う「活躍」というのが、僕にはよく分からない。僕は、僕の合理的な判断に基づいて、最も効率の良い選択をしているだけだ。そこに、他人が評価するようなドラマチックな要素はない。


 そんなことを考えていると、突如、馬車が大きく揺れ、甲高い馬のいななきと共に急停止した。


「どうしたんだい?」

 僕が荷台から顔を出すと、御者の男が真っ青な顔で前方の一点を指差している。

 街道の真ん中に、一体の巨大な影が立っていた。


 全長は十数メートル。蜥蜴のようにしなやかな身体は、黒光りする金属質の鱗で覆われている。そして、その背中からは、無数の槍のように鋭い棘が、まるでハリネズミのように突き出していた。喉の奥で、ゴロロ、と地響きのような音を鳴らしている。


「……ニードルドラゴン……! しかも、あれは成体……討伐ランクA級の魔物だぞ!」

 馬車の護衛をしていた冒険者の一人が、絶望的な声を上げた。


 なるほど。あれがニードルドラゴンか。図鑑で見たことはあったが、実物を見るのは初めてだ。全身から発せられるマナの圧力は、確かに高い。だが、動きは直線的で、攻撃パターンも単純だ。きちんと連携を取り、急所を的確に狙えば、討伐は不可能ではないだろう。この馬車の護衛は、確かCランクのパーティだったはずだ。彼らにとっては厳しい戦いになるだろうが、良い「経験」にはなるはずだ。


 僕は、再び荷台の奥に寝転がった。僕が出る幕ではない。これは、彼らの仕事であり、彼らの成長の機会だ。僕が介入するのは、彼らの機会を奪うことになる。


「うおおおおお!」

 外から、勇ましい雄叫びが聞こえてきた。戦闘が始まったらしい。

 剣戟の音。怒号。そして、ドラゴンの咆哮。

 僕は、目を閉じたまま、音だけで戦況を分析する。


 ……だめだ。護衛たちの連携が、まるでなっていない。


 盾役の戦士が突っ込むタイミングが0.5秒早く、後衛の弓使いの射線が塞がっている。遊撃役の盗賊は、ドラゴンの側面を取ろうとしているが、棘だらけの尻尾の攻撃範囲を完全に見誤っている。これでは、各個撃破されるだけだ。


 あの熊のような男……確か、馬宿で会った『鉄の爪』のリーダー。彼の動きは悪くない。大剣の威力は、ドラゴンの鱗をかろうじて砕けるレベルにはあるようだ。だが、いかんせん一人ではどうにもならない。


 案の定、数分後には、護衛たちの悲鳴が聞こえ始めた。一人、また一人と、ドラゴンの爪や尻尾の一撃で吹き飛ばされていく。


『あーあ、みんなやられちゃった。弱すぎ!』

 『助人アドバイザー』が、つまらなそうに言う。


(仕方のないことだ。彼らは、もっと下のレベルが適正だったというだけの話だよ)


 やがて、最後に残った熊の男も、盾を砕かれ、満身創痍で地面に膝をついた。

そして、ニードルドラゴンは、用済みとばかりに彼を一瞥すると、ゆっくりと、こちら――馬車本体へと向き直った。


 まずいな。

 僕は、ようやく体を起こした。


 あのドラゴンは、どうやらこの馬車を、柔らかくて大きな餌か何かだと認識したらしい。このままでは、馬車が破壊される。そうなれば、僕の王都への旅が、大幅に遅延してしまう。それは、最も避けたい、非効率的な結末だ。


『アイン! やっちゃうの!? やっちゃえ!』

 『助人アドバイザー』が、嬉しそうに囃し立てる。


 仕方ない。本来、僕が介入すべき案件ではないが、今回は「交通手段の維持」という、やむを得ない理由がある。


 ドラゴンが、大きく口を開け、ブレスの予備動作に入る。


 その瞬間。

 

 僕は、荷台から飛び出していた。


 僕の身体に付与された『瞬発力3倍』のエンチャントが、世界の時間を引き延ばす。周りの景色が、まるで濃厚な蜜の中を動くように、ゆっくりと流れていく。ドラゴンの顎が閉じるよりも早く、僕はその懐に潜り込んでいた。


 一撃目。


 薙ぎ払われようとした右前脚。その動きに合わせるように駆け上がり、剥き出しになった肩の関節の付け根に、腰に差していたただのナイフを突き立てる。

 もちろん、そのナイフには魔法付与で「攻撃力+400」を付与してある。


 二撃目。


 苦痛に咆哮するドラゴンの首が、僕を捉えようと迫る。僕は、その巨大な頭を踏み台にしてさらに跳躍。空中で体をひねり、落下しながら、鱗の薄い首筋の、太い動脈が走る位置を正確に切り裂いた。


 三撃目。


 激痛に暴れるドラゴンの背中から飛び降り、着地と同時に身を屈める。僕の頭上を、無数の棘がついた尻尾が、嵐のような速さで通過していく。その、力の抜けきった戻り際を狙い、尻尾の付け根にある神経節を、ナイフの柄で強かに打ち据える。


 四撃目。


 前脚と首に深手を負い、尻尾の自由も奪われたドラゴンは、ついにバランスを崩し、巨体を地面に横たえた。勝負は、決した。


 僕は、ゆっくりと歩み寄り、もはや抵抗する力も残っていないドラゴンの、大きな眼窩に、ナイフを、静かに、深く、突き刺した。


 脳を貫かれたドラゴンは、一度だけ大きく痙攣し、そして、完全に動きを止めた。


 しん、と。


 辺りが、静まり返る。


 僕が、ふぅ、と一つ息をつくと、その静寂は、爆発的な歓声によって破られた。


「す、すげえええええ!」

「たった一人で、A級モンスターを……!」

「貴方はいったい何者なんだ……!?」


 吹き飛ばされていた護衛たちや、他の乗客、そして、膝をついていた熊の男までもが、信じられないものを見るような、賞賛と畏怖に満ちた目で、僕を見ていた。


 だが、僕は、彼らがなぜそんなに興奮しているのか、全く理解できなかった。

 それどころか、僕の脳内には、ドラゴンの断末魔と共に流れ込んできた、膨大な経験値の奔流が渦巻いていた。


(……ああ。やってしまった)


 僕の心を満たしたのは、達成感ではなく、深い後悔だった。


(このニードルドラゴンは、本来、彼らが乗り越えるべき『試練』だったはずだ。彼らが、命がけで戦い、もしかしたら何人かは死んで、それでも、生き残った者が正当に得るはずだった『経験値』だった。それを、僕は……)


 僕は、彼らの成長の機会に、部外者として介入し、その報酬を不当に奪い取ってしまったのだ。


 なんて、倫理観のない、非効率なことをしてしまったんだろう。


『すごーい! アイン、かっこよかった! みんな、アインのこと、神様みたいに見てるよ!』

 『助人アドバイザー』が、無邪気に喜んでいる。


(静かにしてくれ、『助人アドバイザー』。これは、喜ばしいことじゃない。僕は、世界の経験値バランスを、ほんの少しだが、乱してしまったんだ。これは、大きな過ちだ)


 僕は、自分自身への失望に、深いため息をついた。

 そして、まだ興奮冷めやらぬ周囲には目もくれず、馬車の御者に向き直った。


「さて。邪魔者はいなくなりました。すぐに、出発できますか? もう、ずいぶんと予定が遅れていますので」



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