第五話:僕と助言者と、優しい子守唄
雨は、僕が街を出る頃にはすっかり上がっていた。
まるで、僕の輝かしい門出を、空が祝福してくれているかのようだ。ケインたちのために流してくれていた慈雨も、役目を終えたということなのだろう。
僕は冒険者ギルドのすぐそばにある馬宿で、王都行きの乗り合い馬車を待っていた。昨夜の騒動で懐は空っぽだが、問題ない。王都に着きさえすれば、僕のスキル『魔法付与』を欲しがる人間はいくらでもいる。才能とは、それだけで価値を持つものなのだ。
「よぉ、兄ちゃん。もしかして『暁の翼』のアインじゃないか?」
隣のベンチに座っていた、熊のような大男の冒険者に声をかけられた。
確か、Bランクパーティ『鉄の爪』のリーダーだったはずだ。
名前は、覚えていない。
「ええ、そうですけど」
「やっぱりな! いつも仲間と一緒なのに、今日は一人か? 珍しいな」
「ああ……ええ。少し、思うところがありまして。僕たちは、それぞれの道を歩むことにしたんです。成長のためには、時に別れも必要ですからね」
僕は、遠い目をして、寂しさと覚悟が入り混じったような、複雑な表情を浮かべてみせた。こういう顔をすれば、大抵の人間は「そうか、大変だったな」と同情してくれることを、僕は学習している。
「そうか……。あのパーティ、お前さんのエンチャントあっての急成長だったのにな。残念だ」
「いえ。彼らなら、僕がいなくても大丈夫ですよ。きっと」
ほら、思った通りの反応だ。人間というのは、本当に単純で分かりやすい。
やがて、埃っぽい馬車がやってきた。御者に金貨を数枚(これは最後の金貨だ)渡して、荷台に乗り込む。他の乗客もいるようだが、僕は一番奥の、干し草が積まれた場所を陣取った。寄りかかると、ちくちくするが、寝転がるにはちょうどいい。
ガタン、と大きな音を立てて、馬車が走り出す。
これから、僕は一人だ。二年ぶりに、本当の意味で一人になった。
それは、自由であると同時に、少しだけ不自由でもあった。食事の準備も、野営の準備も、これまでは誰かがやってくれていた。そういう雑務から解放され、僕が研究に没頭できたのは、ある意味では彼らのおかげだったのかもしれない。
まあ、いい。
僕の才能があれば、どこへ行ったってやっていける。王都で貴族にでも取り入って、大きな研究施設でも作ってもらおうか。それとも、魔法学園の講師になって、僕の素晴らしい理論を、蒙昧な学生たちに教えてやるのもいいかもしれない。
あるいは―――。
……考えるのは、やめだ。
なんだか、少し眠たい。昨夜は色々とあったし、精神的に疲れているのだろう。それに、あの三人の絶望した顔を思い出したら、なんだかすごく、気分がスッキリした。明日のことを考えるのは、明日にしよう。今までだって、それでどうにかなってきたんだ。僕のような特別な人間は、いつだって世界が道を拓いてくれるものなのだから。
僕は目を閉じて、馬車の揺れに身を任せた。意識が、ゆっくりと微睡みの中に沈んでいく。
その、時だった。
『―――アイン、アイン!』
脳内に、直接、鈴を転がすような少女の声が響いた。
ああ、起きていたのか。
(やあ、こんにちは。僕の『助人』)
『うん、こんにちは! ねぇねぇ、さっきの、すっごくスッキリしたね! あの魔術師の女が、自分の手を見つめてた時の顔!傑作だったよ! 聖女?の子が、ベッドで虫みたいに丸まってたのも、最高だった!』
彼女は、心の底から楽しそうに、きゃっきゃと笑っている。
僕の頭の中にだけ存在する、僕だけの固有スキル。
それが、この『助人』だ。
(まあね。あれは、彼らが成長するために必要な、正しい処置だったからね)
『そうだよ! アインは、いつだって正しいもん!』
彼女はそこで一度言葉を切ると、少しだけ真剣なトーンで続けた。
『あのね、アイン。前の……そう、前の時も思ったんだけど、この世界の人間って、どうしてこうも非効率な感情に振り回されるんだろうね? まるで、そういう風にプログラムされたNPCみたいだよ。本当に、救いようがないね』
NPC。
彼女は時々、僕にも分からない言葉を使う。だが、言いたいことはよく分かった。
(同感だ。彼らには、論理というものが通用しない)
『でしょ! もう、あんな人たちのことは忘れちゃお! それよりね、アイン。わたし、アインの新しい門出のために、プレゼントを用意したんだ! 彼女からの、ささやかな贈り物だよっ!』
(彼女? 君は僕のスキルだろう)
僕がそう返すと、彼女は「むー」と頬を膨らませる気配がした。
『スキルだけど、彼女なの! わたしはアインの彼女で、アインはわたしの彼氏! いいから、早く受け取って!』
彼女がそう言うと、僕の意識の中に、ぼんやりと光る青白い宝玉のようなイメージが浮かび上がった。手のひらに収まるくらいの、美しい塊だ。
(これは、なんだい?)
『これはね、「精霊魂」! ちょっと珍しい魔物が死ぬ時に、たまーに落とす経験値の結晶なんだ。 普通は強力な加護を付与する時に使うんだけど、アインは特別だから、直接吸収できるんだよ! 経験値、なんと50000! すごいでしょ!』
経験値50000。それは、高ランクの冒険者パーティが、命がけでダンジョンに潜って、ようやく稼げるかどうかという膨大な数値だ。
(どこで、こんなものを?)
『んー? 秘密! 彼女の秘密! いいから、早く使って使って!』
彼女は、それ以上はぐらかすつもりらしい。まあ、いいだろう。彼女が僕に害をなすはずがないのだから。
僕は、意識の中でその「精霊魂」を掴み、自分自身に使うことをイメージした。
すると、宝玉は淡い光の粒子となって、僕の身体にすーっと溶け込んでいく。温かい力が全身を駆け巡り、消耗していた体力が、魔力が、そして魂そのものが、一段階上のレベルへと引き上げられる感覚がした。
僕は、静かにステータス画面を開いた。
——アイン LV 35 付与術師
——年齢:20
——EXP: 327900
——HP: 650/250 MP: 820/320
——筋力:170/210
——体力:300/400
——知力:640/640
——瞬発力:600/200
——器用さ:300/320
——運:84/90
——混沌属性:光
——スキル:魔法付与、助人(???)
——状態:魔法付与(HP+400、MP+500、瞬発力3倍、経験値2倍)、精霊魂の加護
レベルが5も上がっている。追放される前、僕のレベルは30だったはずだ。
ちなみに、ケインは25だったか。
ふむ。レベル35。悪くない数字だ。これなら、王都までの道中で、多少面倒な魔物が出ても、一人で対処できるだろう。
『すごいでしょ! これでまたアインが最強に近づいたね! わたしだけの、世界で一番すごいアイン!』
『助人』が、自分のことのように喜んでいる。
他愛もない会話。でも、その一つ一つが、僕の疲れた心を癒してくれる。
ああ、本当に眠たい。
(ねえ、『助人』。子守唄を、歌ってくれないかい?)
『うん、いいよ! アインのためなら、なんだってしてあげる!』
『さーいん、こーさいん、たぁーんじぇ〜ん、と〜』
『こすもす〜さいた〜よ、さいたよ〜、こすもす〜』
彼女の、透き通るような歌声が、僕の意識の中にだけ響き渡る。
それは、僕が幼い頃、母親に歌ってもらった、とても優しいメロディの歌だった。
ああ、心地いい。
やっぱり、僕は間違っていなかったんだ。
だって、こんなにも心が、穏やかなのだから。
僕は、僕だけの天使が歌う子守唄に包まれながら、ゆっくりと、深い眠りの中へと落ちていった。
王都までの道のりは、まだ長い。
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