表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣人が神  作者: 樫亭まゆ
7/9

昨日の一件で、ニケはエラペッロを疑いの目で見てしまうようになった。

自分なりに平静を装っているつもりではあるが、いつ自分の思考がばれやしないかと怖くて仕方がない。


ニケの心の荒れ模様とは反対に、洞窟はどんどん幻想的に様変わりしていった。

壁中が所々鮮やかな緑色の光で発光している。


まるで異世界に来たような気分だ。


「発光性の地衣(ちい)植物ですね」と判補官。

「なんだいそれ? 早口言葉のつもりかい?」


反射で言ってしまって、ニケはしまったと口の中で呟いた。すっかり忘れていたが、昨日彼にこっぴどく叱られたばかりではないか。こんな揶揄(からか)う調子で言ったらまた小言を落とされるに決まっている。


「光る苔の一種ですよ。海底などにも生えているといいます。蝋燭(ろうそく)要らずでありがたいですね」


しかし、ニケの予想を裏切り、判補官は穏やかな口調で丁寧に説明してくれた。

彼は意外と根に持つような人ではないのかもしれない。



しばらく進むと、不自然な壁に突き当たった。岩が積み上がったような壁で、行き止まりになってしまっている。


崩落(ほうらく)ですかね。迂回(うかい)経路はありますか?」

「まじかー。ない事はないけど、生きてっかなー」


ここで判補官は現場に残り、入れるところがないか探しつつ、エラペッロは迂回経路を探りに行くことになった。どっちに着こうか、究極の選択に迷っていたニケだったが、エラペッロに呼ばれたため彼に着いて行くことにする。


エラペッロを追っていくと、道はそれまでとは違い、どんどん細く狭くなっていった。多分、判補官がぎりぎり屈むか屈まなくてもいいような高さだ。



「なぁ、ニケ」



突然、エラペッロが立ち止まって振り返った。

なんだろう。エラペッロは柔和な笑みを湛えている。

ニケは後退りをした。心の臓が激しく胸を叩く。






「じゃっじゃーーーんっ!」


と唐突に大袈裟な体勢を取るエラペッロ。突き上げられた手の先には、あの古ぼけた耳飾りがあった。

ニケはエラペッロに駆け寄った。


「な! 言っただろう。オレの親父は偉大な考古学者でオレはその息子なんだ!」


ニケは手渡された羽根飾りを早速右耳に付け直した。

別に大した事ない遺品だったのに、こうやって戻ってくると思いの外、嬉しいものだ。


「エラペッロ。君は、本当にすごい考古学者だね。なんだかとても、嬉しい気分だよ…。ありがとう」


素直にそう言うと、エラペッロも微笑み返してくる。でも、いつもの彼の笑顔ではない。


溌剌(はつらつ)とした屈託のなさはなりを潜め、誰かに見捨てられてしまったような、悲しそうな笑顔だった。



つい堪えきれず、ニケはエラペッロの肩に手を置いて、顔を覗き込む。


「…ねぇ、君って、あの闘技場の雄弁士だろ?」


エラペッロが目を見開いた。


「何か、事情があるのかい? 僕は君の力になりたいんだ。教えておく…」


しかし、全て言い終わる前に、力強い拘束が掛かる。


エラペッロに羽交い締めされたのだ!



首元に、どこから取り出したのか短刀が近づけられる。



「オレの言うことに従え…さもないと…、わかってるだろうな…!」


今までに聞いたことがない様な、恐ろしい声色と恐喝である。


「オレはな……棟梁からあの旦那…官僚を殺せって言われてるんだよ。あんたも手伝え。そうすれば助けてやる。」


ぐいっと肩を強く締め付けられる。痛くて苦しい。

ニケはエラペッロの拘束力を弱めようと、彼の腕を掴んで、……気づく。




その腕は、震えていた。



彼も怖いのだ。

やっぱり、エラペッロは子供だった。


「…わ、かったから」

「変な気を起こすんじゃねぇぞ。あんたは袋の鼠だ。この洞窟にはオレの仲間がそこら中にいるんだからな」

「わかった。君に協力する。判補官を殺すよ」


そっと拘束が解かれる。


「本当だな。ちょっとでも妙な動きをしてみろ…すぐに」

「わかってる。全部君の言う通りにするよ」

依然として短刀を向けてくるエラペッロに、ニケはつけたばかりの羽根飾りに触れて言った。

「霊神様…大賢者クルエコに誓うよ」



「ここにいた! あなたたち、すぐに地上へ出ましょう。崩落付近を探していたら、盗賊団が……一体、何をしているのです?」


ニケの言葉と同時に現れたのは、判補官だった。あまりにも前触れない標的の登場でエラぺッロに隙が見える。

しめた!

ニケは在らん限りの力で、エラペッロの腕を拳で突き上げて、短刀を吹き飛ばす。取られる前に全力で柄を引っ掴み、エラペッロに向けた。



少し足を捻ってしまったが、悟られないようにあえて険しい顔をエラペッロに向けた。

狭い通路内で彼を挟み撃ちにできる体勢となる。


「判補官! その子、闘技場の雄弁士だ! 棟梁に命令されて君を殺害しようと企んでるって! 仲間もいる!」


エラペッロに全ての憎悪を込めたような目で睨まれて、少し胸が痛んだが仕方がない。人と神様を大事にしろと信心深い祖父に言われていたニケだが、信仰のために自分の魂を捨てるのは馬鹿のすることだと兄弟子に言われてもいるのだ。


「ふむ。なるほど、やはり地下道を使って、厳重な関所を抜けていたわけですか。忌々しい」


ニケに叫ばれても判補官は慌てる様子はなかった。

真っ黒の瞳の視線がエラペッロに降り注ぐ。


「あなた、奴らに良い様に使われているだけですよ。

…昔、旧市街の男が、特別に学院に入る許可を得ようとして、もう証明届を受理するだけの所で、失踪した事件がありましてね」


エラペッロが怯えた様にぴくりとした。


「書類の後始末が大変でしたよ。彼は貧しい環境にいながら聡明で、妻と子供たちを慈しむ心があった。何も言わずに蒸発するはずがない。あの時は失望しましたが…すぐに早とちりだと気づきました」

「なにが言いたいんだ!!!」


エラペッロは完全に興奮した様に怒鳴りちらす。それでも無防備な判補官を襲うことはしなかった。

判補官は腕を組んだ。


「あなたの棟梁殿は手のひらでわたしたちを転がしてると勘違いしているのでしょうが、反対ですよ。

自営業娯楽組織の顔をした盗賊団の収入源も、関係者とその親類も、王宮は既に把握しています。雑な推測ではありますが、この都への侵入経路の当てはついていたので、この洞窟の地上に抜ける穴全てに衛兵が配置されています。」


ニケは驚いた。

それじゃあ、早く出たら助かるかもしれない!


「へっ! そんなのオレらがあんたらを殺せば、それでおしまいさ!

洞窟が永遠にあんたらの死を隠す!

オレらのねぐらは洞窟だしな!」


ここで判補官は心底呆れ果てたようにため息を吐いた。どことなく怖くて、逆らえない。今、彼は再び、場の空気を制していた。


「この洞窟探索はね、公務なんですよ。

儀式の染め物の依頼を受けた染め物屋に、足りない染料があるなんて話にならない! そうでしょう?」


そう言ってニケに目配せした。そうか、だからあの便りも高級な羊皮紙だったのか。


「出立して二日目の夕方…ちょうど今ですね。偏屈洞窟の口に待機させた追尾兵がわたしがつけた印を追い始める手筈ですよ。そりゃそりゃ、鉱石を運ぶなら人手が多い方がいいじゃないですか?」


判補官は躊躇うことなくエラペッロの方へ一歩踏み出した。


「闘技場の雄弁士エラペッロ。

来た道を引き返す機会ですよ。

盗賊団を解散させた後の身分は必ずわたしが保証します」


数秒、二人は見つめあった。ニケが固唾を飲んで見守る中、エラペッロが小さく頷く。


「………地上に出る入り口にあんたらを案内する」


やったぜ!

ニケは声に出す代わりに、心の中で小さく拳を握りしめた。










しかしながら、現実は上手くいかない。

どうやら盗賊団が事態を察して動き始めているらしい。


「おい、合図がないじゃないか」「ずらかったな!」「犬っころを探せ!!」距離はまだあるようだが、騒がしい声の数々が洞窟の反響で耳に届く。


判補官もエラペッロも無言だったが、焦っているようで、細い階段道を登る歩みが今まで以上に早い。ニケは段差に蹴躓いて転んでしまった。無視していた足の痛みに顔を顰める。情けなくて泣きそうな気分になったが、あえて笑顔で言った。


「ごめん。少し先に行っててくれるかい。後で追いかける」


なんて追いつけるわけがないのだが、と皮肉る自分を頭から追い払う。

しょうがないじゃないか。

こんな時まで迷惑にはなるまい。



二人も同じように思ったのだろう。一瞬立ち止まり、どう受け取るか悩んでいるようだった。

…見捨てられそうだ。ニケは促すように笑みを深めた。


しかし。判補官の判断は早かった。


「口を閉じてください」


瞬時に階段を降りると、よっこいせと肩にニケを担ぎ上げ、エラペッロに早く登るよう手を払う。ニケは勢い余って顔面を判補官の背中に打ちつけた。骨骨しくて痛い。


「背後に着かれたら終わりです。大人しく見張でもしていてください」

「わかった…。ありがとう」










「だめだ、全部周りこまれている! 棟梁にはオレの……父さんの地図の写しを渡してあるんだ」


先に進んでいたエラペッロが舞い戻ってきて、落ち着きなく報告した。


「なんでそれを早く言わなかったんですか!」

「だって聞かなかっただろ!!」

「知りも、しないことを、聞けるわけ、ないじゃ、ないですか!

全く!! もう!!」


ニケを担いでいるから判補官は息も絶え絶えな様子である。とうとう詰んでしまったか。三人がギリギリ入り込めるような狭い通路の中、互いの焦った呼吸だけ響く。


ふと、判補官が壁の黒ずみに手をやった。一見するとただの汚れにも見える。なんだろう。

判補官はニケを背負ったまま、エラペッロの手も掴んで、大股で歩き出した。


「こっちです。急ぎますよ」








次第に道はどんどんと開けてくる。そして、辿りついたのが。



「これ…は、神殿?」


あまりにも巨大な空間。

ニケの住む小屋を三十並べても余るくらいだ。

天井は限りなく高く、広い。


真ん中にはぽっかりと、同じく巨大な穴が空いている。

壁沿いに、半ば反りたった崖の麓には、純白の、見事な彫りの神殿がめり込んでいた。


捻挫の痛みも忘れて、ニケはあんぐり口を開けた。


「父さん………」


エラペッロもニケの側までやってきて呟いた。二人は顔を見合わせた。


「ここは地図に載っていません。しばらく奴らを撒けるでしょう」


ニケという()()()から解放された判補官は腰を叩きながら言う。

どうして彼がこの場所を知っているのだろう。

ニケの疑問の言葉は、別の何者かの大声でかき消された。



「おーおーおー、なんだここ?」


判補官とはまた違った、威圧感のある大きい声。


他でもない盗賊団だ。あっという間に彼らは円形に三人を囲ってしまった。



棟梁(とうりょう)と思わしき大柄の人物は、意外にも一般人と変わらない風貌をしていた。

刺繍の入った衣服の上に、身軽なケープを羽織り、最近流行りの木底靴を履いている。


無害そうで、どこか魅力的だ。


「犬。良くやった」


一人だけ前に出て、無表情のエラペッロの(あご)を掴んでゆする。

そして彼の目の前にニケの髪飾りをさしだした。その羽の毛はほとんどが抜け落ちていて、見るも無惨な姿だ。


ニケは咄嗟にあったはずの耳に触れる。ない!!


激しく逃げている間に、羽が崩れて、盗賊達に居場所を知らせてしまったのか!

絶望した表情を浮かべたニケを見て、丁度正面に立っていた女が気味の悪い笑みを浮かべた。耳が欠けている。


良く見れば、棟梁が従えている盗賊達は顔面に傷の跡があったり、片目がなかったり、屈強な姿の人たちばかりだ。住む世界が違う。彼らはきっと不平等な生と死の競争社会を勝ち抜いてきた者なのだ。

ニケは初めて、本当に死の恐怖を実感した。


棟梁のそばの白目がちな男が突如高笑いをする。


「てめーら、壁にへんてこな印、描いてただろ?

あれ、おれさまが消しちゃったぁ。前に犬っころ、壁に模様書いて、迷子になった時とか誰かに探してもらうんだぁって言ってたじゃん?

あはは。これでてめーら、永久に迷子だねぇ」


「お手柄だぞ。よくやった。あぁ、俺はやっぱりお前たちがいい。

肥満で威張った者なんて信用しちゃいけなかった。許してくれ」


棟梁は高笑いの男の頭を両手で撫でた。距離感が近く、奇妙だ。


「ほら、エラペッロ。俺は機嫌がいい。今、すぐこちらに戻れば…今回は、許してやるから」


そうして手を差し出してきた。

絶対にダメだ! そう視線を送っても、エラペッロの目と交わることがなかった。彼の表情は完全に消え失せていて分からない。彼は盗賊団の拍手喝采の元、棟梁の元へ歩いて行ってしまった。


エラペッロの肩に棟梁の手が置かれる。彼の瞳は逆らうことを諦めた、冷め切った三日月だった。


「エラペッロ!!」

「…ニケ」


堪らず声を上げると、隣の判補官に制される。

彼を諦めろということか! 表情で判補官に訴えかけると、鈍い音が鳴った。


判補官が唸り声と共に地面に膝をつく。背後に立っていた筋骨隆々の男に、石で頭を殴りつけられたのだ。

判補官を抱き起こそうとして、低い声が飛ぶ。

「動くな、手をあげろ」


判補官は意識は失っていないようで、鼻から血こそ出ではいるが、静かにニケを見つめて首を振り、その姿勢のまま男の言葉に従った。

ニケも唇をかみしめて両手を天に上げる。


棟梁は二人の様子を見て微笑んだ。



そうだ。彼らの狙いは判補官を殺すこと。

そして、その場に居合わせたニケも間違いなく殺されるだろう。


…もう、打てる手はない。




「おい! 棟梁! 金だ!!」

止まらない思考のまま打開策を編み出そうと頭を巡らせていたら、神殿の方から声がした。

棟梁は何人かを神殿の探索に回していたようだった。







棟梁は金目の物が好きらしい。

なにを思ったか、ニケと判補官を縄でぐるぐる巻きにすると、神殿の正面に座らせた。


ぽっかりと空いた穴が目前にあり、隔てられている場所で、神殿の全体像が見える。

まるで、盗賊たちが次々に金目の物を強奪する様子を傍観させられているようだ。


「ははは。どうだよ、最後の観戦よ!」


そう言って一人の盗賊がニケの頭に腕を乗せて、笑ってくる。

背後では、数名が判補官を始末する手順を踏んでいた。刀を研ぎ、不安を煽ってくる。



目の前に広がる光景は、染め物屋–––物を創り出す職人にとっては最悪な景色だった。


反物も、細やかな金細工も、輝く鉱石も、その価値を知る由もない人が乱暴に、振り回し、落とし、踏みつけ、雑に扱う。しまいには笑い声をあげ、神殿を破壊し始めた。白色の壁を使うのだろうか、それともただ自己満足の破壊行為か。


エラペッロはそれには参加せず、ただ、神殿外へ出した品々を綺麗に並べていた。








砕かれる神殿の光景を見てニケは、広場の霊神石像の話を思い出した。


烏の姿で象られた像は、わざと頭が砕かれており「彫像などに俺は宿らない。自分の頭で考えろ」という信仰者にとっては手厳しい言葉が刻まれている。

祖父はそれを眺めて、楽しそうにニケに語ってくれた。


『うちにはたくさんの人が住んでいるからね。

僕みたいに神様を好きな人もいれば、そうじゃない人もいる。

僕は、この像。そんな僕らでも側にいてくれる神様の優しさを表しているみたいで、好きなんだ』



それでも、ニケはどうしても烏の頭が気になった。

地面に、染料と幼い両手で、好きな色の頭を思い描く。


これが、僕の思う、染めなのだ!


もちろん、出来上がった染め物は祖父に見せた事がなかったし、誰にもなんとも言わせるつもりもなかった。




世界は自分だけのものだった。






そう、イッバ(祖父)がいたからじゃない。


誰でもない。僕だけが表現し、僕だけが理解ができる、唯一。



「僕は…」


ニケは立ち上がった。運良く、盗賊の手をすり抜ける。

声が震えているが気にしない。




「僕は、染め物が、好きなんだ! お前らに分かってたまるものか!!!」





そしてやっとの事で手の中に滑り込ませた、エラペッロの「短刀」で、縄を切ってやった。


「うおおおおおおおおお!」


ニケは雄叫びをあげて、切り掛かってきた盗賊の刃を受ける。

流石に力で押し負けるか、そう思ったところに、何かが風を切る音がする。男の脳天に矢が刺さった。

見ると神殿の前でエラペッロが弓矢を掲げていた。


「うあああああああああああああ!!」


泣いている。ものすごい形相で走りながら次から次へとニケ側の盗賊たちの急所を撃ち放っていく。

ニケはすぐ判補官の元へ舞い戻り、混乱に乗じて彼の縄を切ってやった。

判補官は奇襲にやられた盗賊の長い獲物を抜き取ると、応戦する。随分とへっぴり越しだが、身のこなしは軽い。




ふと、見るとエラペッロが右奥の方で倒れていた。神殿にいた盗賊たちも続々と大きな穴を回り込みこちらに向かってくる。彼の身が危ない。


「エラペッロ!」










「…待ちなさい」


ニケを引き留めた判補官の表情は、ニケが初めて見るものだった。


なぜだか目が離せなくて、強く手を握られた事にも気付かない。


「確かに、わたくしもあなたに同感です」判補官はニケに優しく微笑んだ。

まるで慈悲深い母のように。神秘的な微笑みだ。繋いだ手が引っ張られる。腕が絡み、二人の距離が縮まる。


「みなどうせ他者の本当の思いを知ることはできないのです。

あれだけ褒め称えるくせに、全てが想像と推測ばかり。ならば、もはやどう揶揄(やゆ)されたって構いません。


……結局の所、自分だけが分かっていればいいんですよ」


次に彼は笑いながら、財宝を貪っていた盗賊らに目を向けた。



「あー、はは。…だからと言って、このようなことは」


判補官は一瞬、嘲るように笑って、ニケと繋いでいない方の掌を前へ差し出す。

その指が()()だけ、くいっと、













「決して許すものか」



上を指した。











地響き。









ニケと判補官が立つ所だけ綺麗に残して、地面が三つに割れる。

そのまま、一つ目の裂け目は転がるエラペッロを避けて残し、残りの裂け目は神殿の方へ目掛けて走る。


盗賊らに集められた財宝たちは暗空へ消え失せた。

天井から岩が砂が轟音を立てて零れ落ち、不純物を飲み込まされた地底が怒りの唸り声を上げる。


突然の事態に目を見開く。

到底現実のものとは思えぬ光景である。


ニケは両脇のぱっくりと口を開けた地の裂け目に落ちぬように、掴まれた手に縋りついた。

地底からの周期的な唸り声。

砂を巻き起こしながら双方の壁が盛り上がり、地面が一層激しく揺れる。


ニケは言葉を失ってその光景を見た。



…周囲の砂埃が収まり、地鳴りも消え失せた時、周囲には複数の柱が立っており、神殿には新しい装飾が加わっていた。


顔だ。


あの棟梁も、君の悪い笑みの女も。血走った目、皺の寄った眉間、叫ぶ口。恐怖で歪んだ盗賊達の顔が、生々しく彫られている。今にも動きそうで決して動かない、夥しい数の顔。

彼らは石にされたのか、それとも…。





あまりにも恐ろしい光景に、ニケの思考はそこで途絶えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ