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隣人が神  作者: 樫亭まゆ
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「よし。来ましたね? ちゃんと二日分の食料はありますか?」

「あるけど…なんで洞窟に?」


分かりました、後で便りを送るので、と宮殿から追い払われて数日後。

再度職長から手渡された、目玉の飛び出るほど高級な羊皮紙に書かれていたのは、二日分の食料と温かい服装を着て指定の洞窟へ来る事だった。ニケの住む梟木の森から近い場所にある。森に暮らす子どもたちにとっては、危険で冒険心がそそられる遊び場で有名だ。


ニケ自身は祖父の言いつけを守っていたため、一度として入ったことはないが。


「この洞窟には鍾乳洞がありましてね。ハンタイトも採れるようです」

「…よく知ってるんだね」


ニケは驚いて()()の判補官を見上げた。


確かに、はるか昔はこの洞窟で染め物屋たちが顔料を得ていたらしい。もしや、判補官はここで白亜の代わりに白の顔料を得ようとしているのだろうか。


「えっと…危険じゃないのかい」

「わたしが一般人を危険に巻き込む役人だとお思いで? 既に調査が終わっている洞窟です。あなたも子供の頃遊んだのではないですか?」

「僕は…ビビリだったからね。それに家で染め物している方が好きでさ」

「まぁ、何事にも備えはあるべき。念の為、専門家を雇ったのですが」


…周囲を見回してもそれらしき人影は見当たらない。

仕方なく洞窟前で散策すると、丁度その洞窟の穴から縄が一部はみ出ており、少し離れた正面の木には別の縄が巻きついている。千切れたのだろうか。


穴を覗くと、数段降りた先に誰かが倒れている!







倒れていたのはニケより頭一つ分背の高い少年だった。


頭の下には丸々肥えた荷物が敷かれているため、地面への直撃は避けられたのだろうか。筋肉質ではあるが、脂肪の少ない痩せ細った体。日の光が照りつける我が国では比較的珍しい、白い肌。

遠目に見たら、どこにでもいる成人男性と勘違いしてしまいそうだ。

それでも少年、としたのはその顔があまりにも幼かったからである。


よく見れば、目尻に泣いたような跡もある。

二人は顔を見合わせた。


「あなた! 大丈夫ですか? 聞こえますか?」


判補官が声を掛けると、意外にも少年はすぐに目を開けた。


「うおっ、なに?」


意外にも元気そうな声だ。


「なんだ、オレ…ん? 何してた? むっちゃ頭いてぇー」


判補官はニケに耳打ちした。


「どうやら頭を打っているらしいですね。一旦彼を病院に連れて行きましょう。ハンタイトはまたの機会で」


よほど「わたしの純白の髪」にご執心らしい。ニケは苦笑いをしながら頷いた。


「そうだね、洞窟案内人もいないし、ちょっと危ないよね」

「…ハンタイトぉ? 洞窟ぅ? …ちょちょちょっと待って」


突然、少年が立ち上がって大声を上げた。


「ちょっとまってあんたら、この洞窟に入るおつもりかい?

それだったら考古学者のオレ……」


と勢いよく叫んで自身の胸を強く叩き、大口を開けたままの姿勢でぴたりと静止する。



「………、 …? …オレ…は…誰だ?」



判補官は鼻から息を吐いて腕を組んだ。


「……どうやら記憶障害があるようですね」

「……そうだね」


「ん? いや…えら、…ぺ…そう! そうだ! オレの名前はエラペッロだ!! そして我が父は偉大な考古学者! 独学ながら錬金術、地誌学、歴史学、洞穴(どうけつ)学を網羅した考古学者ですよ!! お二方、ご存知で???」

「存じないですね。帰りましょう」


洞窟から出ようとする判補官を少年––––自称考古学者のエラペッロは俊敏な速さで引き留めた。


「ちっちっち。いけないね、旦那。

このオレのナリを見て甘く見てもらっちゃぁ困る。

…ハンタイト、鍾乳洞の溶液で沈澱する、半透明で硬度の高くない鉱物。こいつは見事な白色でね。これを狩るって時は決まっている…そこの長髪のあんた、染め物屋だろ?」


なにもかも正解だ。ニケは目を瞬かせた。


「ふん! 鉱石を知っているくらいでは、考古学者とはいえませんぞ」


そう判補官に言われてエラペッロは足先で地面を数回叩く。


「『偏屈(へんくつ)洞窟』。

建国神話から古文書まで数多くの書物に頻出する由緒ある洞窟。一説にこの大国は神が三本の鉤爪で裂いた上に成立したと言われているが、ここは一番左の鉤爪が最後、深く高地に突き刺さってできたらしい。

まぁ、普通に考えて、地下水に溶かされてできたってだけだけどね!」


ニケは判補官に耳打ちした。


「……本当の話かい?」

「……そうですね」


渋々といったように頷かれる。


「まぁの二乗! あんたらの言った記憶障害ってのも本当の話かもな。 オレ、親父のことと考古学の知識は完璧に思い出せるが、それまでなにしてたか…うーん、ちょっとよくわからねぇや」


文脈が指し示しそうな方向性とは逆に、エラペッロは両手でがっしりと判補官とニケの肩を掴んだ。


「まぁの三乗! そんなやばくはないだろ! ほら、この鞄を頭に敷いてたんだぜ、オレは。しかもその中身は地図と、長靴、蝋燭、縄、ぽんぽんぽんときたもんだ」


身軽な所作で、鞄を手繰り寄せると、ニケに荷物を次々と放り投げる。


「それにあんたら洞窟案内人探してたんだろ? で、いない。そんでオレが倒れてた。


どう考えたって、

その案内人、

オレだろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


有無を言わせないような大声で言われて、ニケはつい激しく首を縦に振ってしまった。


「な! 安心してくれ、この洞窟は全部横穴だから、洞穴学初心者でもイケるイケる、まじで余裕余裕。あ! 旦那、報酬は弾ませてもらうね!」


「それをあなたが言いますか?!?? 」


手を握られて、眩しい笑顔を浴びてしまえば、ニケはもう逆らえない。しかも、こういうノリの軽い人種は特に苦手な部類なのだ。

押しに押され、二人はエラペッロを先頭に洞窟へと足を踏み入れた。


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