かつての仲間との遭遇
一言で言えば、ルインは優秀だった。
ある程度基礎的なことは学んでいたらしいから、俺とは実践を想定したような練習ばかりだ。というか、俺に人を教えた経験がないから、それくらいしかできなかったが、どんどん力を伸ばしていく。
心配していたような厄介ごとも何もなく、周囲の大人たちとも馴染んだ。そうして季節がさらに一巡した頃、異変が起こった。
それは、いつものようにルインに剣を教えているときだ。ちなみにイビーは眠り期間中である。
「キクチ、どうしたんだ?」
俺はある一方を見ていると、不思議そうにしたルインに聞かれた。だいぶ魔物の存在を察知するのには慣れてきたルインだが、これはまだ難しいようだ。
「人だ。大勢の人が、こっちに向かってきている」
「――えっ!?」
ルインの顔が、一気に青ざめた。それを確認して、ついに厄介ごとが来たかと思い、今まで聞かなかったことを聞いた。
「ルイン、お前、どこの誰だ?」
「えっと……」
明らかに口ごもって、視線をさ迷わせている。別にいい。それ自体の答えに興味はないのだ。
「来ている人間の中に、かつての勇者一行のメンバーがいる。他にも力のある強い面々が多いようだ。狙いはお前なのか?」
「……その」
うつむいて、それ以上何も言わない。その頭に、俺はポンと手を置いた。
「分かった。ならいいから逃げろ。少しは時間稼ぎしてやるから」
自分でも意外だったが、すんなりこんな言葉が出たことに驚いた。何かしてやりたいと思える程度には、ルインに気を許していたらしい。
だが、笑う俺に対して、ルインは首を横に振った。
「ダメだキクチ、逃げて。強いんだよ、勇者一行の人たち。敵わないよ」
「そうかもな。でも大丈夫だから、お前は逃げ……無理か」
「え?」
俺は聖剣を抜いて、振り下ろされた剣を受け止めた。ギイィィンと重い音が周囲に響く。
集団はまだ後方だ。こいつ一人だけ、猛スピードで接近して攻撃してきたのだ。顔見知りのそいつに、嫌味を兼ねて軽く声を掛けた。
「王子ともあろう奴が、一人で先行していいのか? 後ろで守られてろよ」
「君の気配がしたからな。久しぶりだ、キクチ。こんなところで会うとは思わなかった」
そこにいたのは、かつての仲間の一人。俺を召喚した国の、第二王子。勇者パーティーの、実質上のリーダーだった奴だ。
「俺と分かって、攻撃してきたってわけか?」
「正直、本当かどうか疑ったんだ。だから攻撃した。本物なら、この程度受け止めるだろうから」
「………」
王子は全く悪びれる様子もなく、俺に会えて本気で嬉しそうにしている。そんな様子に、俺は戸惑うしかなかった。
そして、戸惑っているのは俺だけじゃなかった。
「キクチ、王子殿下を知ってるの?」
「ああ、まぁな。危ないから下がってろ」
苦笑するしかないとはこのことか。果たしてルインはどう思っているのか、言われたとおりに素直に後ろに下がっている。
「で、なんでこんな砂漠まで来たんだ?」
そう聞けば、王子も苦笑した。
「それはこちらも聞きたいな、勇者キクチ。なぜこんなところにいるんだ?」
「――勇者っ!?」
「ただの興味本位の放浪の果て、だな」
やはり俺が勇者と知らなかったらしいルインたちの驚きの声を聞きつつ、俺は答える。どう思ったのか、王子は考える様子を見せた。
「そいつらがここまで逃げてこられたのは、キクチが手を貸したからか?」
「俺はルインがどこの誰かも知らないぞ。知り合ったのは、この砂漠に来てからだ」
「なるほど、嘘はなさそうだ」
そう言って頷く。ルインを庇って立ちはだかっているというのに、あっさりと信じた。だからといって、それで話が終わるわけでもなく。
「キクチ、君と争う気はない。その子どもを引き渡してくれないか」
その言葉に、俺はルインをチラッと見た。うつむいていて顔は見えない。そして、王子の後方にも目を向ける。本隊が近づいてきている。さすがに、王子以外にはかつての仲間はいないようだが、強い実力の持ち主が多い。
「ルインは一体何をしたんだ?」
なぜここまで追われることになったのか。疑うとかじゃなく、普通に疑問を覚えて質問を投げかける。
「それは……」
「言うなっ!」
言いかけた王子の言葉を、悲鳴のようなルインの叫びが止めた。けれど、王子はすぐに話を続けた。
「その子どもたちは、魔族を匿っていたんだ。人間の敵である魔族を。それを許すわけにはいかない」
「……悪くないっ! 父上は悪くない! 魔族にだっていい奴はいるっ! それに、あの人は全く戦えない人だったんだっ! 殺す必要なんて、ないじゃないかっ!」
「魔族がいい奴だと言っている時点で、君たち一族は危険分子だ。このまま放置はできない」
なるほど、と声には出さずにつぶやく。俺がルインに手を貸したのかと聞いたのも、その事情があるからか。
召喚されたばかりの俺の世話を、一番見てくれたのはこの第二王子だった。慣れない俺を何かと気にかけてくれて、それでいて鼻にかけることもない。こいつがいたから、俺は魔族と戦うのを引き受けたと言っても過言じゃないほどだ。
本当にいい奴なのだ。けれど、決して魔族を許しもしないし、それを匿ったというルインやその父親を許すこともしないだろう。魔族に多様性があることを認めつつも、それでもこの世界の人間が、魔族を許すことがあってはいけないんだと、そう言っていた奴だ。
「もういいんじゃないか? 魔族ははるか北の島に押し込めたんだ。もう何もできないだろう? これ以上、魔族のことで問題を広げなくても、いいんじゃないのか?」
ほんの僅かな希望を込めて、そう言ってみる。けれど王子は首を横に振った。
「無理だ。魔族の脅威を人が忘れられていない。ここで手を抜くわけにはいかないんだ」
「そうか」
つまり、自分じゃなくて人々なのだ。この考え方が、本当にこいつは王族なんだなと思わせられる。
「――そして、魔族を匿った者が我が国内にいたことで、それを理由に屁理屈を付けて戦争を吹っかけようとしている国がある。放置はできない」
「なるほど、な」
うつむいているルインの手が震えている。周囲の大人たちはそんなルインを心配そうに見つつも、王子の言葉に誰も何も言わない。ただ覚悟を決めた顔をしている。
全員、魔族を匿うことの意味を分かった上でやっていたのだろう。それがもたらす結果まで分かって、その上で覚悟を決めていた。
俺はフッと笑って、握ったままの聖剣を王子へと向けた。
「――キクチ」
「分かってるだろ? 俺はこの世界の人間じゃない。この世界の考え方には染まれない。魔族が相手だからって、何をしてもいいって考えは、俺には持てない」
だから、ここで俺が取る道は、一つだ。
「《濁流》!」
剣ではなく、魔法で攻撃を仕掛けた。荒れ狂う濁流が王子を飲み込もうとするが、そんな簡単にやられてくれる奴じゃない。
「《水の付与》!」
聖剣に水が帯びて蒼く染まる。そして放った魔法から、何もないように飛び出てきた王子が振るった剣を受け止めた。
「……!」
分かってなかったわけではないが、やはり剣の腕は王子の方が上だ。だが、王子は俺ほどには魔法を扱えない。
《水の付与》にさらに魔力を込めていく。王子が顔をしかめて俺と距離を取ろうと少し力が緩んだ瞬間。
「弾けろ」
俺の言葉と共に、聖剣に帯びていた水が爆発した。
当然俺には何もダメージはない。水は王子を巻き込んで爆発する。距離を取る王子に、俺は一瞬だけためらって、追撃をかけようとしたときだった。
「パオオオォォォォォォォォォン!!」
「え?」
響いた声に、動きが止まった。