表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

旅のきっかけ

 魔族との戦いは、旅の日々でもあった。


 魔族と聞いて俺は最初勘違いしたが、ゲームに登場するような"魔王"という存在がいるわけではないらしい。ただ、幾人か普通の人間では全く歯が立たない、強力な魔族がいるらしい。勇者の俺に依頼されたのは、そうした魔族たちの討伐だ。


 そいつらがいなくなれば、残った普通の魔族であれば普通の人間たちでも十分に勝負になる。そこからは軍勢と軍勢の戦いだから、手を出さなくていいと言われた。


 そんなもんなのかと、やっぱりゲームとは違うんだなと思いながら、俺と数人の仲間たちとの旅が始まった。

 正直言えば、楽しかった。野宿とか無理だろうとか思っていたのは最初だけだ。いや、一人だったら絶対に無理だっただろうけど、仲間たちがいたから、楽しかったのだ。


 だけど、旅を始めてからしばらく経った頃、俺はどうしようもない現実を突きつけられた。

 魔族は敵だと思っていた。悪だと思っていた。ゲームの影響もあっただろうし、仲間たちもそう言うから、疑問すら持たなかった。


 でも、違った。いや、仲間たちが嘘を言ったわけじゃない。彼らにとってそれは間違いなく真実だった。


 人間に捕らえられた魔族たちが、拷問や虐待されているのを見てしまった。仲間たちはそれを「当然だ」と言った。それに俺はショックを受けて、そして嫌悪感を抱いてしまったのだ。


 この世界がゲームなんかじゃなく現実なのだと、分かっていたつもりだった。でも、心のどこかでゲームと重ねてしまっていた。


 そこから何とか俺は一晩で気持ちを落ち着かせた。これが紛れもない現実だ。魔族側にいけば、魔族と人間が逆の立場になった光景を見るだけ。これはどちらも自分の正義を主張するだけの"戦争"なのだと、俺はやっと理解した。


 今さら後には引けなかった。俺の名前はすでに魔族側にも知れ渡っている。顔だって知られているだろう。やっぱり止めますと言えるタイミングは、とっくに過ぎ去っていた。


 だから、今まで通りに仲間たちと旅を続けたけど、それまでのようには楽しめなかった。そして、俺の気持ちの変化に、仲間たちだってきっと気付いていた。


 そして俺は戦い続けて、魔族たちを北にある小さな島に追い込んだ。ろくに陽も差さず、植物もほとんどない荒野の島に。


 俺たちの追撃はここまでだった。というのも、その北の島への道が閉ざされたからだ。

 北の島へは海を渡らなければならないが、どうやら干潮時にその島への道ができるようだ。……と俺は思ったが、海というのを知らない仲間たちは、自分たちの知らない魔法でも使ったのかと思ったらしい。


 説明することは出来たかもしれないけど、精神的にキツかった俺は、引き返そうという仲間の言葉に頷いたのだ。


「それでも勝利は勝利。俺は城に迎えられて、勇者として最大限に遇された。けれど、どうにも居心地が悪くてさ」


 仲間たちと……この世界の人たちとの、絶対に越えられない精神的な垣根。今さら「帰りたい」と思ったところで、無理なことは最初に説明されている。


「だから旅に出たんだよ。あの場所にいるのは、辛かったからさ」


 そう俺は笑う。目的もない放浪を、旅と言っていいのか分からない。ただ逃げてきただけかもしれない。でも、ただ魔族を敵だ悪だと断じる人たちと、一緒にいられなかったのだ。


『そっかー』


 結構重い話だったと思うが、イビーは何てことない様子で、間延びした相づちをうつ。


『ボクは別に魔族でも人間でもどっちでもいいから、どっちでもいいんだけどー』

「なんだそりゃ」


 全く意味が分からない。……が、興味がないことだけは分かった。


『どっちも変わんないと思うよー。ボクをこの世界に召喚したのは魔族だしー』

「……は?」

『人間も、自分たちのためにキクチを召喚したんでしょー。どっちも同じだよー』

「……いや、今なんかとんでもないことを言わなかったか?」


 イビーを召喚したのが、魔族? というか、イビーも召喚されてこの世界に来たということなのか?


『だからキクチも気にしないで、好きにすればいいんだよー』

「…………」


 俺の疑問を完全に無視して言ったイビーは、ドヤ顔だった。その顔のせいで、説得力が半減している。


『ボクねー、元々いた世界でも雨を降らせる仕事をしてたんだけどー、サボるとすぐ怒る嫌な奴がいてー』


 どうやら今度はイビーの自分語りが始まったらしい。……が、初っ端から引っかかる言葉だ。サボって怒られるのは当然のことであって、それを"嫌な奴"と表現するのは正しいのだろうか。

 だが、俺の疑問を余所に、ドヤ顔のイビーは話を続ける。


『だからこの世界に来てから、サボっても怒る奴いないしー。快適なんだー』


 それはドヤ顔でいう内容じゃないだろう。ジト目で見るが、イビーが気にした様子は全くない。


 何でも、イビーが来た頃の砂漠は"死の砂漠"と言われるくらいに、雨が降らずに生き物も生息できない環境だったらしい。けれど、ここに逃げ込んできた魔族たちが、自分たちが生きるために召喚したのがイビーだったらしい。


 そしてイビーは、半年のうちの一ヶ月、雨を降らせる契約をした。そして気温が下がり、オアシスができて、生きていける環境ができあがったらしいのだが。


『ボクねー、雨を降らせる以外で力を使うと、すっごく疲れちゃうんだー。それで多分いっぱい寝ちゃっててー。ここにいた魔族の人たち、いなくなっちゃったんだねー』


 なるほど。旅の最中にここに来たとき、魔族がいた形跡があるだけで姿が見えなかったのは、そのせいか。いいんだか悪いんだか。

 一体何をするのに魔力を使ったのかも気になるが、それよりも気になるのは。


「召喚されたのはいつなんだ?」

『んーっと、たぶん、四千年くらい前?』

「――よんせんっ!?」


 そう簡単に気温が下がりはしないだろうし、オアシスも出来ないだろうとは思ったが、かなり桁違いの数字だった。


『でもボク寝てることが多いからー。もしかしたら三千年かもしれないし、五千年かもしれないけどー』

「アバウトだな」


 どっちにしても、桁違いだ。その間、こいつは一人だったんだろうか。それとも、その魔族たちと一緒にいたんだろうか。


「もう一つ質問、契約破って平気なのか?」


 俺が以前ここに来たのが、一年以上前なのは確か。それから明らかに気温が上がっていたから、その間一度も雨が降っていなかった可能性が高い。

 半年のうちに一ヶ月雨を降らせるのを"契約"と言っている以上、それを破ったペナルティもあるんじゃないんだろうか。


『破っちゃった罪悪感っていうか、ちゃんとやんなきゃー、みたいな気持ちになるよー。でも寝てる間は関係ないしー』


 なるほど。なんというか、イビーには意味らしい意味のないペナルティだな。もっとも、続けばどうなっていくかは知らないが。


『それでキクチー、これからどうするのー?』

「……さて、どうしようか」


 雨を降らせている何者か、は見つけてしまった。この先のことなど何も考えていない。適当にブラブラするか、くらいしか分からない。


『もしやることないんだったらー、ここにいてボクを起こしてよー』

「自分で起きろよ」


 反射的に突っ込んだ。半年のうち一ヶ月雨を降らせるだけということは、五ヶ月は寝ているということだ。なんでそれで生きてられるんだと突っ込むのは、四千年も前から召喚されて普通に生きてる奴に意味はないだろう。


『魔物とか来るとー、うっとうしいのー。その相手で目が覚めちゃうと寝過ごしちゃうしー。結界張って寝ると、魔力使ってやっぱり寝過ごしちゃうしー』


 結界とは、俺が壊したあの虹色の壁のことだろう。今さらだが、これだけ魔力差があって、よくあんなにあっさり壊せたなと思う。つまり、それだけイビーの能力が雨を降らせる方に寄っているということか。


 左手で剣の柄に触れる。俺がここに滞在するということは、当然ながらこの剣も一緒にいることになるわけで。ただ、グラムにとって相性が悪いようだから、どうしたものかと思ったのだが。


『……………』


 とことん不機嫌な様子は伝わってくるが、何も言わない。ということは、俺の好きにしていいということだろう。


「――分かった」

『いいのー?』


 イビーの顔がパッと輝く。


「でも、俺は何も食べないわけにはいかないから、食べ物調達に出かけるだろうし、ぶっちゃけいつまでいるか分からないが、それでも良ければ」

『うんいいよー。やったー、これでボク何も気にせず寝てられるー!』


 もしかして、話を受けてしまったことは失敗だっただろうか。微妙に不安になったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ