&M3.ミミちゃんのため
「現在魔族は非常に危険な立場にあります。魔王が誕生した事で魔族に意思が宿り、魔王が現れた事で世界の均衡が崩れました。世界の秩序を正すために戦鬼王シュドンドゥーシは必ず魔王を殺しに来ます。オーク種を率いて魔族を滅ぼしに攻めて来ます」
て、テンプレ来たー! とか素直に喜べる状況じゃありません。なんですか。とても怖い事を言っています。半分は分かりませんでしたが、とにかく私は殺されちゃうって事ですよね。なんですか……なんでですかっ! 私は何もやってません。魔王にだってなりたくてなった訳じゃありません。魔王のせいでとか、私に言われても困ります。
「シュドンドゥーシは世界最強の存在です。純粋な強さでは誰も彼には敵いません。それは束になったとしても同じ事。たとえ、存在する全魔族が結束して対抗してもシュドンドゥーシには勝てないでしょう。数や環境で補おうとしても悪あがきに過ぎません。いえ、悪あがきにもならない。アレはそれほどまでに格が違う」
それじゃあもう絶望的じゃないですか。そんな話は聞きたくないです。私はミミちゃんと居れればいいんです。それだけでいいんです。
「逃げも隠れも無駄です。無意味です。地の果てまで追ってきます。必ず魔王を殺すまで止まりません」
前に進むも地獄、後ろに下がるも地獄って逃げ場がないじゃないですか。なんで、こんな目に遭わないといけないんですか。神様が居るのならアフターフォローもバッチリしてください……。
「ですので、オーク種の相手は私たちノロイスト種が受け持ちます」
「…………へ?」
瞬きして、ノーフォさんを見ます。彼女は相変わらず表情が変わっていません。き、聞き間違いでしょうか。
「私から要求は二つ。一つは私たちの戦争の邪魔をしない事。もう一つは彼女たちに守られる事」
手で他の五人を指します。ナギサさんがピースしていますが、そういうノリではないと思います。
というか、ど、どういう事ですか!? 話の筋が見えてきません。ちゃんと聞いていたはずなのに、中抜けしたような感じです。つまり、彼女たちは私を守ってくれる……という事で合ってますか?
「ノーフォ、そんな説明じゃ伝わんないって。時間がないのは分かるけど、もう少し寄り添ってやりなよ」
ナギサさんがノーフォさんに進言します。正直ナギサさんは非情な方だと思ってましたけど、意外に……優しい? いえいえ、絆されてはダメです。ヤンキーが猫に優しくするギャップと同じです。
それに、こんな上手い話、何か罠があるはずです。守ってくれるのは嬉しいですか、安易に頷けません。
「オーク種もノロイスト種も同じ鬼族だろう。汝の言葉は信じられん!」
子供の一人が声を荒らげると他の子も同調します。も、もう少し穏便に話し合いをしませんか? そしてノーフォさんを刺激しないでください。
「信じなくて結構です。ただ邪魔をしないでくれればそれで十分です。魔族にとってこれ以上の利点はありません。勝手に鬼族が潰しあってくれるのですから。それに、魔王を失いたくはないですよね?」
他人事のように突き放されてます。これは提案という名の脅しです。従わなければ殺すと言っているようなものです。
「あ、あなたにっ、なな、なんのメリットがあるんですか!?」
うぅ〜、声が震えてます。吃ってますし情けないです。
「シュドンドゥーシは私たちの宿敵です。それに、魔王に死なれては困ります。魔王には最後まで存在してもらわねばなりません」
「そーそー。侵入してきたオークは私たちが対処するから、魔王は絶対に守るから安心するといい」
喉から手が出るほどの提案です。私にメリットしかありません。だから、縋りたくなりました。だって私は死にたくありません。守ってくれるというのなら守られたいです。代わりに戦ってくれるというのならお任せしたいです。
私は人でなしです。教師なのに、大人なのに、他人任せです。自分より年下の子供たちに大変な事を丸投げしています。なんて情けないのでしょう。
それなのに安心している私がいます。守られる事に安堵して気が抜けました。甘い毒を浴びてしまった気分です。
「戯言をっ! 鬼族の言葉なぞに惑わ……」
「分かりました!」
「ま、魔王様……!?」
この子たちが何かを言う前に言葉を遮ります。お願いですから空気を悪化させないでください。私は生きたいです。藁にもすがる思いなんです。
もう死ぬのは嫌です。
もうミミちゃんと会えなくなるのは嫌なんです。
ミミちゃんと一緒に居られるなら悪魔にだって魂を売ります。
「ノーフォさんの提案、喜んで受け入れます。どうか私を、私たちをお助け下さい」
頭を下げます。恥も外聞も、ミミちゃんのためならいくらでも受け入れます。だってそれは痛くも痒くもないんですから。
「魔王が聡明な方で良かったです。それでは、くれぐれも余計な気は起こさないでください」
ノーフォさんはニコりともしないで話しを終わらせました。手を上げると頭上を覆っていた赤いナニカがノーフォさんの手に吸い込まれるように消えていきました。わ、忘れてました。今更ながら恐怖がぶり返してきました。
「またねー魔王」
ナギサさんと幽霊さんが手を振ってくれてますが振り返す気力は残っていません。バッタに乗った子が輪っかを自分たちを通すと六人の姿は消えてしまいました。
あれが瞬間移動の道具でしょうか。あ、ダメです。考える気力もありません。
もう、休みたいです。温かいお布団に包まって寝たいです。
「魔王様」
声を掛けられてハッとします。視線を向けると子供たちが私を見上げていました。そうでした。まだ、この子たちを説得しなければなりませんでした。
休めるのはまだ先になりそうです。膝の上で丸まるミミちゃんを撫でます。今はこのモフモフだけが癒しです。
「魔王様の御心のままに」
また、膝をついて頭を下げられました。
……どうして、ですか? どうしてそこまで忠実なんですかっ! 私は皆さんの意思や意見を無視して、同意も相談もなしに勝手に決めました。なのに、どうして反論もしないんですか。どうして従ってくれるんですか。
「どうして……ですか?」
私にとっては喜ばしい事なのに、納得出来なくてつい口に出てしまいました。慌てて口を噤んでも出てしまった言葉を無い事には出来ません。小さな呟きでも静かな場所では響き、彼らの耳にも届いてしまったようです。
「魔王様の御意思は我らの意志にございます。魔王様の大願成就は至極恐悦に存じます」
どうして、そんな嬉しそうに笑っているんですか。どうして、笑えるんですか。分かりません。たったさっき会ったばかりじゃないですか。そんな命を懸けて成し遂げるような大層な願いじゃありません。平穏静かにミミちゃんと暮らしたいだけなんです。
「では、戦の準備をして参ります」
あんなに怒っていたナギサさんとも、私の命令一つで共闘出来るんですか? あなたたちに心はないんですか? そんなに、魔王というのが大事なんですか?
頭に浮かんだ疑問や不安を口にする事は出来ませんでした。きっとどんな答えを聞いたとしても私は理解出来ないんだと思います。どうする事も出来ないんだと思います。
「お願い……します」
「御意」
だから、これが正しい行いなんでしょう。望まれた姿なんでしょう。私は魔王が何かも、この世界の事もよく分かってません。何をするのが正解かも分かりません。
きっと私の命を巡って何人もの命が終えるのでしょう。
それを思うと辛いです。でも……だからと言って、私が死ぬという選択肢を選ぶ気にはなれません。自己犠牲の意思は芽生えません。
私は酷い人間です。ごめんなさいの後にありがとうが浮かびます。
私は弱い人間です。一方的な要求に依存して、無償の敬意を甘受してるのに、現実から目を背けようとしています。
私はこんな人間だったでしょうか。ズルくて醜い性格だったでしょうか。そんな人間が嫌いだったハズです。なのに、人間だから仕方ない、なんて都合のいい言葉が浮かび上がります。
あぁ、ダメです。心が沈んでいく。楽な道に行こうと甘い世界に浸ろうと、暗闇に覆われていきます。
「ミミちゃん……私は……」
二の句が継げませんでした。当たり前です。何をしたいのかも、どうなりたいのかも分からないです。こんなんじゃ、教師失格で、す……。
そうです。そうでした。私は先生です。皆さんのお手本にならないといけない人間です。子供を守り正しい道に育むのが教師の勤めです。
きっと、生徒たちも同じようにこの世界に転生しているハズです。見つけましょう。守りましょう。これが不甲斐ない私に残った教師としてのせめてもの矜持です。今度は見失わないようにしましょう。そうすればきっと私は自分に誇りを持てるはずです。心置きなくミミちゃんを愛でれるハズです。
そうと決まれば早速行動しましょう。付け焼き刃でも何もしないよりかはマシなハズです。魔王と言うぐらいです。ある程度の力は備わってないとおかしいってもんです。
「ミミちゃん、私……頑張りますから。だから、私の傍で見守っていてください」
他でもないミミちゃんに決意表明します。言葉を理解したのかは分かりませんが、ミミちゃんは頑張れと言うようにお腹にお顔を擦りつけてくれました。可愛いです。
「ところでこれは……どうやって降りればいいんでしょうか……?」
私は今、座布団の上にいます。グラグラと揺れず、思いのほか安定感はありますが、それは私が動いてないからでしょう。だって、落ちるのが怖くて手元以外動かせません。目視では確認できませんが、目線の高さから十枚以上は積まれてると思います。
そして私の膝の上には愛するミミちゃんがいます。高く積まれた座布団の上で正座をしている私の膝の上にミミちゃんがくつろいでいます。
早速絶体絶命ですね。身動き一つとれません。ウサギさんの跳躍力が高い事は皆さんご周知の事と思いますが、だからといって衝撃に強いわけではありません。ネコさんのような優れた平衡感覚も柔軟な体もありません。最高到達点よりも低い場所から落ちても大怪我に繋がるんです。だから、この高さから降りるのは危険です。私が降ろしたくありません。
……そうです。魔王と言うからには魔法が使えるはずです。ええ、きっとそうですよ。何のために名前に魔が付いてるんだって話になりますからね。そうと決まれば早速使ってみましょう。窮地を脱する力になってください。
「フライ!」
………………何も起きません。
「浮遊魔法発動! ウィング! えーと、えーっと……フリーゲン!!」
だ、ダメです。何も起きません。それはそうですよね。私、魔力とか感じてませんから。呪文とか知りません。詠唱なんて知ってるわけないです。うわーん、どうすればいいんですか〜っ!
「魔王様、失礼致します」
部屋の外から声を掛けられて体が硬直しました。大袈裟なぐらいビビりました。ミミちゃんもお耳を立てて首を伸ばしています。
「はっ、はい!」
襖が開かれて姿を現したのはさっきの子供たちではありませんでした。声からも少し予感していましたが、現れたのば若い女の人でした。綺麗な水色の髪を纏めあげた和装美人さんです。
彼女は私の前まで来ると膝を折って座ります。ピンっと背筋を伸ばし綺麗なお辞儀をします。
「我らが至高の御方、魔王様にご挨拶申し上げます。イト種を代表しまして私ミソラが馳せ参じました。カサンのイト種は魔王様に忠誠の意を示します事を誓います」
とっても丁寧に接しられます。なんだか体がむず痒いです。もう少しフランクに、はムリですよね……。
威厳のある話し方ってどんなでしょう。そういうの分かりません。とりあえず頷いておきます。
「お時間をいただきありがとうございます。これにて失礼させていただきます」
ミソラさんが礼をして立ち上がる。あっ、いけない!
「ま、待って!」
部屋から出ようとするミソラさんに待ったをかけました。このまま見送るところでした。でもそれだと現状維持のままです。ここは恥を忍んで助けを求めましょう。
「私、魔力が使えなくて……」
あーっ、言う事間違えましたー!
魔法を使いたい欲に引っ張られました。ミソラさんが瞬きして私を見つめてきます。き、気恥しい……。
「左様、ですか。カサンから生まれた弊害でしょうか。魔王様、私たちは生まれて始めに『マエルヅ』と唱えます」
「ま、『マエルヅ』?」
ミソラさんに教わった言葉を口にした途端、意識が切り替わったような感覚になりました。……解ります。魔力の使い方やこの世界の情報が違和感なく馴染み、思い出したかのような感覚すら覚えます。
「『タオルフ』」
呪文を唱えると私の体がふわりと浮きます。それに感動はしませんでした。魔力が使えるのは当たり前の事ですから。
「失礼致します」
ミソラが部屋から出ていきました。なんだか不思議な感覚です。私が私じゃないみたい。でも、ノーフォさんが言った通り、魔族や私でも戦鬼王には敵いません。圧倒的な力の差があります。なのでやはり私はナギサさんたちと協力してイスリンを守る事に専念しましょう。




