&M2.常識を覆された
ナギサの初見文面を修正しました。
鐘が鳴り止みました。余韻が収まって少しすると今度は足音が聞こえてきました。そちらに視線を向けると、天使が何か黒いものを持ち上げて走ってきました。あれは……大画面モニターでしょうか。幅は薄いですがそれでも子供が持つには重量があります。それを頭の上に持ち上げて、しかも空気抵抗が大きい面を正面にしています。どうしてわざわざ一番キツイ運び方をしているのでしょうか。天使と言っても見た目通りの子供だから、頭も子供なのでしょうか。
天使は私の前で止まるとモニターを持ち上げたまま固まりました。お、下ろさないんですか? 絶対、腕とかシンドいと思います。そう声をかけようとしたらモニターがつきました。画面には「おめでとうございます!」と黒背景に白字で書かれていました。
「ミューは三種の神器を手に入れました」
「ミューは魔王に至る資格を有しました」
文字が次々と変わります。このミューというのは、もしかしてですけど私の名前ですか? こんな呼ばれ方はされた事ないですし、もちろん私は名乗ってません。勝手に名前が決められるんですか。親みたいな人は見てないですけど……。
というか天使はずっとこの体勢のままなんですか? 腕、大丈夫ですか? 置いたらダメなんですか? 持ち続けるの大変じゃないですか? 全く動かないので心配になります。
「・・・・」
これは……ロード画面、でしょうか。なんだかいよいよゲームみたいです。先程の文面で気になったのは三種の神器と魔王という単語です。魔王というとラスボスを思い浮かびます。私、倒される立場なんですか? それなら魔王になりたくありません。キャンセルボタンはどこにありますか?
それに三種の神器って、そんな物を手に入れた覚えは……ありました。ちょうど三つ、手に入れた物があります。杖とマントとヘッドコサージュ。ですが、どう考えても三種の神器という大層な代物には見えません。
「選択の儀を始めます」
また文字が進みました。
「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥のうち、いずれか一体を獲得可能」
現れた選択肢は十二支でした。まず何の選択肢かも分かりません。ですが私は直感しました。ミミちゃんに会えると。躊躇いもなく、「卯」を選びました。
「相棒の登録が完了しました」
「・・・・」
またロード画面です。早くミミちゃんを出してください。もう何日会えてないと思ってるんですか。とっくに禁断症状が出ているんですよ。早くしないと発狂してしまいます。フリではないです。本当です。
「アップデートが完了しました」
「名前:サン・ミュー(最上美海)
種族:魔族フィト種
能力:水、パピルス、Lv.G
称号:闖入者、魔王
F力:合縁奇縁
相棒:ミミ
性格:一途
装備:三種の神器(仮)」
これは……私のステータス画面ですか?
名前、やっぱりミューは私の名前だったんですね。えーっと、魔族……? あっ、待ってください。なんで魔王の称号がついてるんですか!? キャンセルって言いましたよね。嫌です私、殺されたくないです。勇者とか聖女が魔王を倒しに来ちゃうんですよね? 一体四とか数の暴力で向かってくるんですよね? 世界平和と幸せな結婚の舞台装置にされちゃうんですよね!? やめてください。戦いとかムリです。痛いのは嫌です。
頬を押さえて絶望に打ちひしがれていた時です。体に浮遊感を感じました。それに疑問に思う前に私は落下しました。落ちました。落とされました。私、実は絶叫系が苦手なんです。
とにかく叫びました。ステータスも十分に見れてないしで散々でした。
そして――次に目が覚めた時、私の目線が高かったです。下を見ると座布団に座っていました。少し首を伸ばして覗き込むと座布団は高く積まれているようでした。落ちると思って慌てて体勢を戻します。そして、顔を前に向けると小学生ぐらいの子供たちが膝をついていました。
な、なんですかこれ!? どういう状況ですか!? 本当に、誰か説明して欲しいです。転生してから右も左も分からずで本当に困っています。
「長らくお待ち申しておりました、魔王様。言付けあらばなんなりと申しつけください。どのような命であろうと謹んで仕らせていただきます」
先頭にいる子が口を開きました。そして息が合ったように一斉に頭を下げました。ビックリです。何もかも分からない事だらけで、私を置いて何かが進められている気がします。
深く頭を下げて、やがて合図もなしにまた一斉に顔を上げました。息ピッタリです。
子供たちの顔には皆どこかに、何か記号が描かれてました。……あの、どうしましょう。キラキラした瞳で見上げられています。曇りのない尊敬の眼差しを一身に浴びています。非常に気まずいです。私にそんな器はありません。期待されるような人間でもありません。私はただ、ミミちゃんに会いたいだけなんです。
どんな顔をしていいか分からず、でも向けられる視線には耐えられなくて俯くと、膝の上に白いものが乗っているのに気付きました。それを私は知っています。白くて小さくてフワフワで可愛くて愛しいミミちゃんです。
「ミミちゃんっっ!!」
思わず叫んでしまいました。大きい音はウサギさんにとってストレスになります。失念していましたが、この時ばかりは会えた喜びでそれどころではありませんでした。
震える手でミミちゃんに触れました。手を滑らせて体を優しく撫でると嬉しそうに伸びをします。ミミちゃんそっくりの仕草でした。ピコピコと耳を動かして顔を上げます。目と目があって、私は大きく目を見開きました。ウサギさんの目にアイバンドがありました。ミミちゃんそっくりのウサギさんではありません。この子はミミちゃんです。私の大好きなミミちゃんです。
「ミミちゃん……ミミちゃんっ、会いたかったです。会えて良かったです。ごめんなさい、寂しくなかったですか? 私はっ、とても寂しかったです。会えて嬉しいです。ミミちゃん。ミミちゃん!」
置かれた状況を忘れて、私はミミちゃんを抱きしめました。優しく包み込むように抱きしめました。ミミちゃんの匂い。ミミちゃんの体温。とても温かいです。とても幸せです。
ですが、残念な事に感動の再会にそう長くは浸れませんでした。ざわざわと騒がしい事に気付いて顔を上げると、部屋の中央に見知らぬ集団が立っていました。先程までは確かに居なくて、突然現れたようでした。子供たちが私を守るように前に固まって立ちます。
突如として現れた六人を見て私は驚きました。常識を覆されたような衝撃を受けました。人間です。彼女たちはとても人形のようには見えませんでした。
白い肌、白い髪に燃えるような真紅の瞳。無表情で冷たく射抜く白い少女に恐怖を感じるのに、美しいと目を奪われています。それと同時に頭の中で警鐘が鳴り響きます。彼女は危険だと、敵わないと本能が警告しているようです。
その斜め上に彼女とそっくりな少女が浮いています。……浮いています。半透明でふよふよと宙に漂う姿は幽霊さんみたいです。怖いです。一つだけ違うのが瞳の色でした。幽霊さんは白い瞳でした。だから全身真っ白です。幽霊さんは白い少女のような冷たさは感じませんでしたが、人間らしさも感じませんでした。
そしてなんとビックリ、日本人がいます! ドクロのお面?を被っていますが私には見えます。日本人の象徴でもある黒い髪と黒い瞳が見えます。あの方は日本人だと思います。だいたいこういうのはそうと決まってますから間違いありません。そうすると、あの人は転生ではなく召喚とかの転移でしょうか。
でもどうしてお面で顔を隠しているんでしょう? 顔を見られたくない理由……とーっても顔が良い美人さんですか?
後は腕が四本ある子供が三人います。腕が四本です。しかも肌が見えてるので本物だと思います。獣人……でしょうか。いやでも、腕が四本……蜘蛛? 蜘蛛だと獣人ではなく虫人……?
一人は目が合うとウインクされました。一人はバッタ?に乗っています。最後の一人はぼんやりしています。一回流しましたが、あれはバッタでしょうか? だとしたら大きさが違いすぎます。日本最大種であるショウリョウバッタでも体長約八センチです。世界で言うとシタベニオオバッタですが、あれは翅を広げた幅なので除外しましょう。あぁ、混乱で頭が現実逃避します。
「初めまして魔王。私はノロイスト種オリジンノロイストのノーフォといいます。本日は魔王に話があって来ました」
白い少女、ノーフォさんが表情も変えずに淡々とした声で話します。張り上げてない静かな声なのに耳にハッキリと届きます。とてもではありませんが楽しいお話であるようには思えません。出来るなら今すぐこの場から逃げ出したいです。
「バランス感覚良いな」
「おぉー、ローズがいっぱいだ! 初めて見た」
「ねーえー魔王可愛くない!? アタシもうビックリ! 可愛いじゃないの!」
「アーァー」
なんだか、バラバラ……です? ノーフォさんは相変わらず私を見ていますが、それ以外の方々は自由というか、緊張感に欠けています。温度差が凄いです。
それと、私は気付いてしまいました。彼女たちは勇者パーティーではないでしょうか。日本人が勇者として召喚され、ノーフォさんが聖女。きっと誕生した魔王を倒しに来たんです。絶対そうです。こんなに早く私は殺されちゃうんですか!? せっかくミミちゃんに会えたのに……ミミちゃーん!!
「まおっ」
ノーフォさんが口を開いた瞬間、私側に居る子供の一人が大きな声を上げました。ヒィィ、お願いだから刺激しないでくださいっ。
「汝はデルタを殺した鬼族! 姿が違えど拙者の目は誤魔化せんぞ! 再びこの地に来て……何用だ!」
「何っ!? それは誠かスティグマ。ならば結界もあの鬼族の仕業か」
子供たちが日本人に敵意を剥き出しにします。殺した……て、まさかっ!? 私は驚いて日本人を見ます。その当人は、不思議そうな表情で首を傾げています。……あれ?
「ナギサ?」
ノーフォさんの視線がそこでようやく外れました。なんとなくホッとしました。日本人はナギサさんと言うんですね。やっぱり生徒ではありません。私の担当しているどのクラスにもナギサという名前の子はいませんでした。そうでなくてもあれほどの顔立ちなら有名になってるはずです。
「むーん? ……あー、そういやそんな事もあったな」
「そういう事は来る前に教えていただきたかったのですが」
「悪かったって。ほら、色々あったからさ〜。完全に忘れてたわ」
ナギサさんは軽く笑っていました。人形と言えど、彼らも生きています。それを殺してっ……どうしてそんな風に笑えるんですか? 罪悪感はっ……感じないのですか?
「こうなっては是非もなし。今この場でデルタの仇討ちを……」
「オーダー」
一触即発のピリついた空気が一瞬で静寂に変わりました。いいえ、変えられました。ノーフォさんが何か呟くとパキンと硬い物が割れる音がしました。それから頭上に、天井を覆い尽くすほどの赤いナニカが出現しました。
「今は時間が惜しい。くだらない言い争いは後にしてください」
恐ろしいの一言でした。この場の主導権はノーフォさんにありました。頭上のアレがなんなのかは分かりませんが、とても危険だという事は分かります。ここはやはり刺激させないように穏便に……話し合いだけで済むのならそれが一番です。
「わっ、分かりました。話を聞きます」
「魔王様っ!?」
子供たちが振り返って懇願するような目を向けられます。そんな顔をしないでください。そんな目で私を見ないでください。私にはなんの力もないんです。魔王とは名ばかりで、何も知らない、何も出来ないんです。




