&82.心強い
ノーフォの問題発言の後、一行は本当に魔王に会いにイスリンに向かうのだった。
だがその前に、ノーム三人がもうフープがないと言うので部屋の隅でフープ作りに精進している。
というわけで、待ってる間にノーフォと情報共有をする事にした。
「まずは……ノーフォ。ノーワンと話は出来たか?」
「……いえ」
え、出来てないの? なんで?
私の顔を見たノーフォが慌てた様子で手をあたふたさせる。
えー、私って今そんな怖い顔してる?
「し、しようと思ってっ……その、話をしようと兄様に会いに行きました。ですがそこで……」
そこで?
「魔王が誕生しました」
「あー」
納得。いやタイミングわっるぅー。
あのアナウンスが流れちゃあ話は出来ねーわな。
「それからは準備に追われて時間が取れず、話をする空気でもありませんでした」
シュンと落ち込むノーフォ。むーん。こればっかりはタイミングが悪かったとしか言いようがない。誰のせいでも……いや魔王が悪いな。
ノーフォの頭に手を置く。驚いたように瞬きして私を見上げる。
「結果はダメでも話そうとはしたんだろ? だったら一歩前進だ。誇っていい努力だ。おめでとう、ノーフォ」
「ナギサ……!」
そう、一歩前進。その行く末が底の見えない絶壁だとしても。
「だけど、マズイ事になったな」
気持ちを切り替えたノーフォが真剣な顔で頷く。
「はい。まさか魔王がこんなに早く誕生するなんて思わなかったです。きっと彼女も想定の範囲外の出来事だったでしょう」
魔王もだけど、ノーワンだ。どれだけ策を練って、対策を講じて、万全を期して挑んでもシュドンドゥーシには勝てない。ノーワンはこの戦争で間違いなく死ぬだろう。それはきっとノーフォも、当の本人であるノーワンも分かっているだろう。今、わざわざその話題を出すのは野暮というものか。果たして二人は話し合いが出来るだろうか。
「……? その言い分だと魔王の誕生は予想していたのか?」
「彼女の筋書きに魔王が登場します。でもそれは最終盤です。全ての鬼王を倒した少年は魔王となって囚われの少女を助ける。それが彼女が思い描くストーリーで、彼女の願いですから」
「随分……詳しいな?」
「実は、ナギサがエストファに向かう直前でコベルがパズルを渡してきました」
パズル……! それでか。
「もらった知恵の輪は知識の壊落でした」
ノーフォが二つに分かれたパズルを見せてきた。元は一つにくっついていたらしい。へー。
にしても知識の壊落……壊落って。
「それはまた物騒な」
「そうでもありません。知恵の輪は絡まった結び目を解くもの。複雑怪奇に混ざりあった世界の、見えなかった真実を見せてくれました」
ふーん、そういうものか。
「世界の変化は言うなればバグです。彼女も予期しておらず、また対処も出来なかった。その結果が現状です。後戻りは出来ず、かと言ってやり直す事も出来ない。もはや侵蝕は不明瞭で制御は不能。彼女自身、介入する事も出来ない状況下にいます」
「……まあその話は一旦置いといて」
難しい話はしたくない。ややこしい話はもっとイヤ。私は頭脳派じゃないんだ。そこら辺は相応しい人に任せるよ。だから、単純に行こうぜ。
「世界の真相を知ったノーフォは当然、創造主に会う方法も知ったんだろう?」
口の端を上げて尋ねる。
前回、ノーフォは詳しい方法までは分からないと言っていた。配下のノロイスト種を使って模索しているとも。応えるようにノーフォが頷く。
「彼女は世界に閉じ込められています。それも心と体を乖離されて……です。どちらも外側から鍵をかけられ隠されています。まずは二つの鍵を手に入れて、彼女を一つにしなければ話も出来ません」
「その鍵はどこにあるんだ?」
ノーフォが人差し指を立てる。
「一つはエストファ。天高く聳える塔の頂きに精神の鍵があります」
次に中指を立て……はしなかった。手を半回転させて下を指す。
「もう一つはファン・キー。ナギサとつくもしずくがいた地下、その最上層に肉体の鍵があります」
「……うぇ!?」
は? 待て待て待って……はあ? つまり何か……またあの地下に戻らな、攻略しないといけないのか? いや、えー……マジぃ?
「てか、最上層?」
逆じゃないか? 最下層なら分かるけど……。
「地下は地上の反転世界。世界と言っても物理的には繋がってますが。地上から見れば最下層ですが地下から見れば最上層なんです。なのに内部ではどんどん下層に進んで行くって、フシギですよね」
フフっと微笑みながら説明する。フシギだ。今の話のどこにおもしろ部分があったのか。
「ちなみに、階層主が倒されたらその階層は役目を無くし、跡形もなく消滅するそうですが……」
はあ? だからボスを倒したら空間が崩壊してたのか。なんだそれ。くっそ迷惑。
「最後は……四階、か? ノーフォ、地下は全部で何階まであるんだ?」
これで百階とか言われたら死ぬ。鬼畜過ぎる。攻略させる気ないだろ。
「全八階層です」
良かった〜! いや良くねー。まだ半分も行ってなかったのか。知らないボスがまだ四体もいるって事だろ? うえー、おっかね〜。
「この戦争が終わったら行きましょう。私もお供します」
それは心強い。願ってもない提案だ。気持ちは億劫だけど。
「……ん? じゃあなんで魔王を守る必要があるんだ?」
創造主に会う方法が分かった。鍵の場所も分かってる。なら魔王の存在は必要ないよね?
「この世界で魔王は大きな意味があります。彼女が望んだ人物でなくても魔王は非常に重要な役割を担っています。魔王が存在していなければ精神の鍵がある塔に入る事も、彼女がいる家に入る事も出来なくなります」
なるほどね〜。それは何がなんでも魔王には生きてもらわなきゃだな。
「それと、恐らく……いえ、確実に魔王はナギサやつくもしずくと同じ別の世界の存在です」
確信を持ってノーフォは宣言する。
「それは、ルールに沿ってない……から?」
私の予想にノーフォが頷く。仮にそうだとして、おかしな状況イコール部外者の仕業って考え方はどうなの? まあ、あながち間違ってはないだろうけどさ。なんかイヤな感じ。
「ですので、交渉の余地は十二分にあると思います。配下は王の命令に絶対服従です。命令にはそれだけの強制力があります。どれほど魔族が鬼族を怨み憎しみを持っていても、魔王が手を結ぶと言えば協力するしかない」
「強要か。下は堪ったもんじゃないな」
どこだろうと上下関係があるなら結局は下の者が苦労する。嫌だね〜。
まあ、私たちがその強要する側なんだけど。
「守りたいのが命かプライドかの問題です。賢い者ならどちらを選択するのが正解か迷う事はありません。死ねばそれまで、生きていればどうにでも出来るのですから。それに、別の世界の方なら尚更、どちらを選ぶかは考えるまでもありません」
自信満々に論じる。ノーフォほど心強い味方はいないだろう。いや味方で良かった。本当に。
「もし、断られたら?」
尋ねるとキョトンとして瞬きを繰り返す。断られると思ってないって顔だ。すげー自信じゃん。でもダメだよ。最悪の想定もしておかないと。
「そ、う……ですね。私たちが必要なのは魔王と閣だけです。言ってしまえばそれ以外は必要ありません。レムレムが言っていたように不要な魔族は玉にすれば大いに役立ってくれると思います」
つまり脅すんだね。それが結構残酷な事だって理解してる?
信じられるか? これが「鬼族と魔族は同じ生命体です」って言ってた口だぜ?
所詮は異種族。弱気で臆病で、だけど仲間思いで優しいノーフォですらコレだもんな〜。やっぱり相容れないのか。
まあ、願いを叶えるために一皮剥けたって考えれば、私にとってはイイ事だけどね。それでも驚きはありますよ。ええ。
そこでレズレズから声がかかった。フープの準備が出来たらしい。よっしゃ、殴り込みだ。
「ノーフォはもう、自由に外を出歩いてもいいんだな」
ふと思った事を口にしたらノーフォがピシッと固まった。あ、あれ?
「ノーフォ?」
ノーフォは丸から離れられないと言っていた。ノーワンの手が届くところにいないといけないと、逃げると認識されるような行動を自ら禁じていた。その象徴があの鳥籠だ。
随分と前のめりだったから緩くなったと思ったけど、違うの?
「戦争では兄様の命令に従う事を条件に許されました。それ以外は……その……今まで通りです」
全然変わってないじゃん!
鳥籠がなくなってたからちょっと期待しちゃったじゃん!
「あっ、でも! 部屋に籠っていなくても良くなりましたよ。丸の中なら自由に動けます」
進歩しましたみたいに言うけど、それじゃあ意味ないじゃん。今から行くのはイスリンなんだから。丸の外、他領地。
おいまさか、魔王との交渉も丸投げする気じゃないよな? 本当にやめろよ? 私は向いてないって自分でも分かってるんだから。やらなくても分かるんだから!
「じゃあどうすんの? 魔王の説得はよろしくとかはやめてね」
「そこまで無遠慮を申し上げる事はしません。もちろん、私が出ます」
それなら良かった。一安心だ。
「あ、最初の時みたいにシシーか誰かの体を借りていくのか?」
「部隊の隊長、副隊長であるグレイスノロイストは準備に繁忙しています。そうでなくても今やノロイスト種全員、戦争に備えて動いています。これ以上、それも私用で仕事を増やすわけにはいきません」
うんうん。
「ですので、その……交渉を早く終わらせて、バレる前に戻ってくれば問題ないと思います」
うん?
「に、兄様も準備で大変忙しくしています。私に意識を向ける余裕もないと思います。だから、少しの間だけ居なくなっても気付かないと思うんです」
あー、う〜ん。ノーフォってノーワンの事になるとバカになるのか?
だって、いくら忙しいと言っても丸はそれほど大きな建物じゃない。限られた範囲で、しかもノーフォほどの強大な鬼力なら居場所はすぐに分かる。居なくなればすぐにでも気付けるだろう。
そう言いたいけど、ノーフォは真剣な顔してる。それに、否定したところで他に方法はないんだよな〜。
幸い、一番の懸念である移動はフープがあるから無視していい。話し合いはノーフォの腕にかかってるけど、状況的にそう長くはかからない……はずだ。
「よし。それで行こう! もしバレて怒られる事になったら私も一緒に叱られるから安心しろ」
ノーワンの目的は打倒シュドンドゥーシ。これはそのための戦争だ。さすがに、戦争に向けての必要な準備だったって言えば許してくれる……よね?
この時、私は忘れていた。
過去の私がイスリンで何をしたのか。
到底許されない暴挙をした事実をすっかり忘れ去ったまま、むざむざとイスリンに転移した。




