&81.巻き添え
ふいに痛みがなくなった。さっきまでの痛みがウソのように頭がスッキリしている。いつの間にか横たわっていた体を起こす。その途中で、とても重大な事に気付いた。
慌てて上体を起こして顔を触る。ない、ない、ない!
シズクちゃんが、ドクロのお面が……ない!?
ウソウソウソ!? なんて事だ! うわあぁ最悪だー!
大失態だやらかした!? 早く見つけて…………あああったーっ!
傍らに落ちていたドクロを割れ物かのように慎重に触れて持ち上げる。胸に抱いて息を吐き、顔を上げる。
「シズクちゃん」
ごめんねぇ〜。心細かったよねぇ〜。離さないって言ったのに約束守れなくてごめんねぇ〜。もう絶対絶対、取らないから!
ドクロを正面につけると自然と口角が上がる。顔がニヤけちゃうけど、見えないから問題ないもんね。えへへ、シズクちゃんに包まれてるみたいで幸せ〜。
「どうしたの? シズクちゃん」
シズクちゃんを見るとなんだか元気がないように見える。どこか痛むの……あ、ああああぁぁぁぁっ!
「まだ頭が痛む!? ああああでもっ、私にはどうしてあげる事もぉ〜……はっ、そうだ! シズクちゃん、痛いの痛いの飛んでけー。……どう? 治った?」
頭痛薬はないし、痛みを請け負えるなら是非ともそうしたいけど、残念ながら私にはそんな能力はない。非力を歯噛み前にシズクちゃんをどうにかして助けないと!
ただのおまじないだけど、何もしないよりかは良いよね? ありったけの想いで念じれば超パワー的なのでなんかかんかなんねーか!? くそぅー、こんな事ならノーフォに聞いときゃ良かったぜ。
「なぎ……?」
両手をシズクちゃんにかざして念を送っていると名前を呼ばれた。通じた!?
驚いてシズクちゃんを見ると、可愛い目をパチパチ瞬かせてる。信じられないものを見ているような、そんな反応。この僅かな時間に何かあった?
「なあに、シズクちゃん」
安心させるように優しく声をかける。不安に駆られるような事があったのだろう。とても怯えた目をしている。
「なぎ」
「うん」
「なぎ」
「私はここに居るよ、シズクちゃん」
存在を確かめるように名前を呼ばれる。あぁ、名前を呼んでもらえるの最高。耳が幸せ。
…………あ、もしかしてさっき……ずっと私を呼んでたとか? えっ、それならマジでごめん。痛みでそれどころじゃなかったんです。お面が外れてたのも不可抗力なんです。本当にごめんなさいシズクちゃん。めちゃくちゃ謝る。許してもらえるまで何度でも謝る。ううん、違う。安心出来るまで何度でも名前を呼ぶよ。
「ナギサ!」
ヨイチに呼ばれる。走り寄ってくるのを気配で察する。悪いけど今はとても大事な時で、他に構ってる暇はないんだ。
「なんだ。今は忙し……」
「ノーフォ様から連絡です」
シズクちゃんがノーフォの名前に反応する。私も気を引き締めて、振り返る。ヨイチと顔を合わせて、先を促す。
「『緊急事態が発生しました。申し訳ありませんがすぐに丸に戻ってきてください。戦争が起こります』。連絡は以上だよ。それとノロイスト全員に帰還命令が下っている。悪いけど、ワタシは先に行くね」
言う事言ってヨイチは飛び出した。すばしっこいと言っていただけあって、ものの数秒でヨイチの姿が見えなくなった。一言言う時間ぐらい待てや。
「あら……ヨイチちゃんは?」
ため息をついているとレズレズが頭を抑えたまま尋ねてきた。辺りを見渡すとみんな起き上がってきていた。
「急用が出来たって先に帰ったよ」
「えー、お別れの挨拶ぐらいしたかったわ……て、さめじぃちゃん! なんで正面に被っちゃうのよ!? それじゃあ可愛いお顔が見えないじゃない!」
切り替え早いな。それとうるさい。
「いいだろ別に」
「良くないわよ! 可愛いお顔を隠すなんてアタシに対する冒涜よ。被り直して!」
知らねーよ。なんでレズレズの言う事聞かなきゃいけないんだ。斜めにかけてたから取れちゃったんだ。もう外さないぞ。
「イヤだ! てか、レズレズはシズクちゃんが好きなんじゃないのかよ」
頻繁にシズクちゃんを見ているのは知っているからな。誤魔化そうったって気付いてるからな。
「あら、アタシを舐めてもらっちゃ困るわ。アタシ、女の子はみんっな好きよ。シズクちゃんも好きだし、もちろんさめじぃちゃんも好き。可愛い女の子の顔が見たいって思うことの何がいけないのかしら?」
レズレズは心の底からそう思っているのだろう。ウソでも冗談でもない、紛れもない本心。純粋な目をして嬉しそうに笑う。そして、本当に分からないといった顔で首を傾げる。
「あー……うん。そっか。うん。…………ごめん、ムリ」
ドクロを押さえてレズレズから離れる。
それなら諦めてもらうしかない。ムリそうだけど。
時間が経てば諦めるかもしれない。望み薄いけど。
後退ると足に何かが当たった。見下ろすと虫眼鏡が落ちていた。あっ、これも落としてたのか。拾い上げて傷がないか確認する。うん、大丈夫そう。良かった〜。一応レフレフの借り物だからね。踏まなくて本当に良かった。
「なぎ」
シズクちゃんに呼ばれて顔を上げる。でもシズクちゃんは私を見ていない。細い腕を上げて指を差す。指の先を辿ると……レムレム?
シズクちゃんを見る。変わらない。もう一度レムレムを見る。起き上がって頭を抑えている。バッタから転げ落ちたみたいだ。二本の腕で頭を抱え、一本の腕がバッタに寄り掛かり、もう一本の腕は剣を握っていた。
「あら、名前が……」
レズレズが呟く。もしかしてと思って、虫眼鏡を覗く。
名前:レムレム
種族:鬼族ノーム種ノーム
能力:急速眼球運動
称号:悪鬼王
相棒:トノ
性格:やんちゃ
装備:蝮宝剣
塗り潰しがなくなって、名前が読める。……ところでなんて読むの?
「くちばみのたて」
「剣の名前?」
うん、とシズクちゃんが頷く。きゃー博識〜。シズクちゃん天才! 賢くて可愛いとか最強じゃん。
むーん、読めん! しかし、無理だろう。頑張って読んで「まむしほうけん」だよ。なんだ「くちばしのたて」って、難読過ぎる。当て字か?
「さめじぃ」
近くにきたレフレフが手を差し出してきた。
「ありがとな」
虫眼鏡を返すと嬉しそうに頷いてレムレムの元に駆け寄る。
「なぎ、のーふぉ」
あ、そうだ……ノーフォに帰ってきてって言われたんだった。
「ノーフォちゃんがどうかしたの?」
「戦争が起きるって。私も丸に戻るよ」
まあ、内容はなんとなく察しているけど。多分それほど時間はないから急がないと。
「大変! それならアタシも行くわ。その方が早くつけるでしょ? レムレム、レフレフ! アンタたちも行くのよ」
レズレズがフープを取り出して声を上げる。
「えーっ、どこにー?」
「いーから行くの! 文句言わない!」
お互い声を張り上げて会話になってない言い合いをする。これじゃあどっちが上なんだか。
「……ったく、人の話聞いちゃいねー。アン、悪いけどオレはエストファを離れる。その間、ココをよろしくな」
「言われなくても。レムレムが戻ってくる頃にはアンタの居場所はなくなってるから、安心してどこにでも行ってなさい」
「ヒデーな」
「さっ、さめじぃは、いつでも……あああ遊びにき、きらっ…………いいからー!」
言い逃げるように叫びながら飛び去った。なんて?
「意気地無し」
「一歩前進?」
置いてかれたポンは深くため息をついて肩を落とす。タンは口に手を当ててクスクスと笑う。
「そういう事だからさめじぃ、また遊びにきてねー!」
「レムレムも気にせず帰ってきて良いからねー!」
バイバーイと手を振って二人はアンを追いかける。
「それじゃあ行くわよ。いざ、ノーフォちゃんの元へ!」
レズレズが大きくなったフープを通す。すると次の瞬間にはノーフォの部屋の転移していた。本当に便利だなー。
「001」
関心していると声が聞こえた。振り向くとコナキが手を上げていた。同じく手を上げて挨拶を返し、部屋の中を見渡す。部屋にノーフォの姿はなかった。
「ノーフォは?」
尋ねると頭の上にバッテンを作る。居ないって事でいいのか?
ノーフォの気配を探ると強い鬼力が多く集まっている場所があった。そこにノーフォの気配もあった。ついでにノーワンのも。作戦会議でもしてるんだろう。それならひとまずは待ちだな。
「レズレズ。オレたちを連れてきて一体何をするんだよ」
「ノーフォちゃんの手助けよ。当たり前でしょ。戦争が起きるって不安で大変なノーフォちゃんの重荷を少しでも軽くするのよ」
「はぁ? 戦争って……」
「シュドンドゥーシはオーク種を引き連れてイスリンに攻め込む 。ノーワンはそれに横槍を入れてオーク種を、シュドンドゥーシを討とうと考えている。――そうだろう、ノーフォ」
扉に向かって声をかければ、ちょうど扉が開かれた。扉の先にいたノーフォが暗い顔をして頷いた。
「はい、全てナギサの言う通りです」
「ノーフォちゃん! 会いたかったわ〜っ! 援軍も連れてきたから安心してちょうだい!」
胸に手を当て、巻き添え二人を指して親指を立てる。
援軍……二人。
「レズレズ……はい、ありがとうございます。大変心強いです」
ノーフォの快い返事にうんうんと得意げに頷く。感謝されて気が良くなってる。とても嬉しそうだ。
「ですが、これは私たちノロイスト種の戦いです。みなさんには前線に立っていただくつもりはありません。そのお気持ちだけ受け取ります」
ん? なんだそれ。ちょっとそれは想定外だ。てっきり一緒に戦うのかと思ってた。
「それなら、どうして私を呼んだんだ?」
「オーク種との直接対決はノロイスト種が受け持ちます。ですが相手はオーク種、数も力もノロイスト種の何倍も上です。きっと被害は甚大で壊滅的になるでしょう」
ノロイスト種が勝てる可能性はとても低い。ノーフォは死なないからそこは心配していないけど、それ以外は全員死ぬと思っている。配下が居なくなって元の鬼力に戻ったノーフォがオーク種を殲滅する。それが私の想定した戦争の結末だ。
それでも、完全体のノーフォでも、シュドンドゥーシを倒せるかは分からない。アイツが倒れる未来が想像出来ない。
「シュドンドゥーシは私たちの行動も織り込み済みでしょう。ノロイスト種と魔族、両方をまとめて滅ぼせる絶好の機会を逃すとは考えられません。そのためにイスリンを襲撃する別動隊を用意すると思います。そこでナギサやレズレズにはイスリンの防衛をお願いしたいです」
あー、まあ、言われてみれば……確かに?
いや私も分かってたよ? 本当だって。全然思ってた。
「イスリンを?」
レズレズが嫌そうな顔をする。
「正確にはイスリンにある魔王の住処、閣と魔王本人です」
魔王ってあのアナウンスにあったヤツか。ノーフォを見ると確信を持った目で頷いた。なるほど、魔王は重要な鍵って事か。それなら生きて私たちの役に立ってもらわないとだな。
「魔族とオーク種が戦った後にオーク種と戦えばいいんじゃないか?」
レムレムが口を挟む。まあ、ごもっともな意見だな。万全の状態で相手取るより、消耗している方がこちらには有利になる。やられる側はたまったもんじゃない漁夫の利だ。
「そうね……いくら弱い魔族でもオーク種を疲弊させるぐらいは出来るわよね。それにどうしてアタシたちがわざわざ守ってやらなきゃいけないのよ」
たかが魔族ごときをって副音声が聞こえる。だがその考えも否定出来ない。鬼族、それも小鬼族にとって魔族はただの道具でしかない。玉が取れる人形。それが彼らの魔族に対する認識だ。
「あっ、魔王を守るだけなら他の魔族を玉にすればいいじゃん。それならオレたちでもオーク種に対抗出来るぞ」
レムレムが閃いたとばかりに意見する。レズレズもレフレフも、レムレムに賛同する。
けれど、ノーフォが首を横に振った。
「魔王が誕生した事で魔族に感情が、意思が、心が宿りました。もう今までの人形ではありません。私たちと同じ、生きた生命体です」
そうは言っても……ね。すぐに認識は変わらない。変えられない。
先のアナウンスの後、世界に関する情報が付け加えられた。もちろん内容は魔族に関する事だ。なんならノーフォが言った言葉がそれだ。
困惑顔の三人は、頭では理解出来ているけどいまいち現実味が湧かない、みたいな心情だろう。こればかりは時間が解決する他ない。それか、手っ取り早く実際に思い知らせばいい……そうか! 実際に魔族の実態を目にすれば万事解決じゃないか!?
「それなら尚更、ぼくたちに魔族の味方はムリだと思うよ」
レフレフが珍しく発言する。全員の視線がレフレフに集中する。
「ぼくたちは今までたくさんの魔族を殺してきた。心が宿ったのなら仲間を殺してきた鬼族は許せない、と思うよ」
確かに。後ろから刺されたら堪んねーわ。
「それは……問題ないと思います……けど、そうですね」
何をどう考えて問題ないと判断したのかはとても疑問だけど、ノーフォが考え込むように口に指を当てる。それから考えがまとまったのか、前を向いて口を開いた。
「でしたら一度、魔王に会いに行きましょう」




