&80.存在して居ない
レムレムがからくり箱に入っていた紙を取り出す。それをみんなで覗き込む。紙に書かれていたのは確かになぞなぞっぽかった。
1.一年で仲間ハズレなのは何? A.①○
2.青くて赤くて黒くて白いものは何? A.②○
3.小さい火は何? A.③○
「……何これ?」
何一つ分からない。こういう頭を使うゲームはムリだ。クロスワードとかもやらされたけど全然出来なかった。ボードゲームもまずルールが理解出来なかった。オセロぐらいかな、遊べたの。それでも家族の中では弱い方だったけど。
選択肢とかヒントってないの? 冷たいなーそれぐらい容易しろよイジワル。
「分かんないから言ってるじゃん」
レムレムが冷静にツッコんでくる。うるさい考えろ。
「イミフー」
ヨイチが早々に考える事を止めた。お前それでもノーフォの部下か。頭の良さも引き継げよ。
「一年って一月から十二月のどれかってこと?」
「仲間ハズレってなんの?」
「分かんなーい」
アン、タン、ポンの順に口を開く。アンは真剣に考えるように口に手を当ててるけど、ポンとタンは投げやりに見える。
「二番は分かったわ! 鬼族の事よ! 青と赤は血の色で、黒はコナキ種、白はノロイスト種よ! 完璧だわ」
「違うと思う」
指を鳴らして得意げに答えたレズレズにレフレフがすぐに反対する。
「なによ! じゃあアンタは分かるのよね?」
「さっぱり〜」
レフレフの態度にカチンときたレズレズが殴り掛かる。
「火ってなんだろう?」
「マッチとかライターとかバーナー?」
レムレムが首を傾げるからいくつか候補を挙げる。
この世界では火は馴染みがない。人間にとっては火は文明の象徴だったけど、それは地球での話。ことこの世界、鬼族にとっては必要のないもので魔族にとっては危険なものだ。
水も同じだけど雨や海があるからかまだ近い。それでもどっこいどっこいみたいなもんだ。雨が降れば力が制限されるし、海に落ちればまず生きて戻れない。人体の半分以上は水で出来てる人間とは違って動力は各々の力だ。水の摂取が毒みたいなもんって考えるとなかなかだな。
「開けゴマ!」
「ちちんぷいぷいのぷい!」
「ポン、タン、真面目にやりなさい!」
考えるのをやめたポンとタンが呪文の言葉を唱える。アンが叱っているけど、二人は真面目に鬼力を使っていた。それでも開かない扉にため息が零れる。
「たっだいまー! あれー、みんなまだ格闘してたん?」
早々にこの場から立ち去っていたヨイチが戻ってきた。コイツだけ元気だ。それはそうだろう。ここにいる全員は頭を酷使して疲れているのだから。
「ヨイチ、どこ行ってたんだ?」
「さっきのとこで遊んでた。いやー、やってみると案外楽しいね〜」
おいちょっと待て。ズルいぞヨイチ。行くならそうと言ってから行けよ。私も遊びに行きたかった。
「なっ、遊んでたの!?」
「そうだよー? だってこんなのいくら考えたって分かんないんだもん。うんうん唸って難しい事考えて疲れるより、パァーと遊んで体を動かして疲れた方がイイじゃん」
正論だ。ヨイチが勉強出来ない子の典型的な言い訳を言ってる。
そして残念かな、ここにいるのは小鬼族。苦労の末の達成感より目先の楽しい事を優先しちゃう子供しかいない。ヨイチの言葉に感化かれたダメな子が一人、また一人と離れていく。
一番最初に動き出したのはレフレフだった。すぐにポン、タン、そしてレズレズが後に続く。
鬼王であるレムレムとアンはその地位に相応しい自制心があった。ただそれでも、本質はやはり変わらない。自制心があっても他の子よりかは、というだけの事。多少の差など全体的に見ればないにも等しい。
つまり、みんなが遊ぶならそっちに混ざりたい、というわけだ。誘惑に負けた二人が私を置いて行く。
「…………」
最後に残ったのは紙をペラペラとなびかせて自然にドカりと座っている私と一緒になって眺めているシズクちゃんだけ。
「ナギサも、遊ぼーよー」
先頭に立って今日一の笑顔を見せるヨイチが手を振る。むーん。ノーフォ……人選間違えたんじゃね?
そして私は、別に居残る気は毛頭ない。だって私も、最初の段階で考えるのをやめていた。ヨイチの行動に気付いていたのもそのためだ。私は思考を放棄して可愛いシズクちゃんを眺めていた。
「よし、シズクちゃん。私たちも遊ぼうか」
それにはまず硬玉が必要なんだけど。どっかに落ちてないかなー。
「あそぼ」
立ち上がった瞬間、手を叩く音が二回後ろで鳴った。おかしい。後ろには誰も居ないはずだ。みんなの姿は視界に収まっているし、シズクちゃんは斜め上に浮かんでいるから位置的にありえない。気配も誰もいな……あ。
やしろから感じる力が大きくなった。
後ろを振り向くと、目を瞠った。開かずの扉が開いていた。誰も触っていないのに、やしろの扉が開かれていた。
「――……っ、ラッキー!」
なんだか分からんがやったぜ! これが押してダメなら引いてみろってやつか。考えが煮詰まったら一歩引くと答えが見えてくるって、ワカが言ってた通りだな。
「お宝はなんだろなー――あっおい!」
油断していた。距離的優位は私にあったのに。
侮っていた。みんなの関心はもう遊びにいっていると。
「へっへーん、いっただきー!」
横から手が伸びて、私の手より先にやしろの中に突っ込んだ。
「レムレム!」
バッタの機動力を舐めていた。宝を横取りされた!
「悪いねさめじぃ。これはオレが見つけた宝で、先に取ったオレのものだ」
横取りしたくせに自信満々に言いやがる。しかも取られないように距離を取ってるし。全力なら一歩でいける距離ではあるが、僅かな動作でも気付かれて躱されるのがオチか。レムレムは目がいいからな。
「レムレムすごーい見せてー」
「レムレムちょっと貸してー」
「嫌だねー。隙見て奪おうったって、そうはいくもんか」
ポンとタンが近寄ろうとしたらレムレムがべーと舌を出して逃げた。子供か? ……子供か。
二人は思惑がバレて不貞腐れる。そんな二人の前に出て、仁王立ちするアンが手を前に出した。
「レムレム、渡しなさい」
「はいどうぞ……てなるかぁ! 渡すわけねーだろバカ!」
堂々とした態度で強請るアンにレムレムがコントみたいなツッコミをする。おぉーって声が出て、拍手する。本気で渡してもらえるって思ってたのがすげーや。
気を取り直して、仕方なく遠目からやしろの宝を観察する。レムレムがブンブン振り回してるの、やめてくれないかな。とても見づらい。けど、やっぱり剣……なのか?
全体的に丸みを帯びた刀身だ。鋭い部分がなくて怪我する心配がない安全なおもちゃ。……どう見てもチャンバラで使うようなスポンジの剣にしか見えない。気になる部分といえば刀身によこしまの模様が入ってるとこぐらいか。オシャレ?
むーん。正直、別にいらんなー。いや強がって言ってるわけじゃないから。違うから。
私にはもうヒーンがあるし、見た目と名前の割に結構使い勝手がいい。もし武器がなかったら……いやでもあれもなー、だせぇしなー。
この世界ってまともな武器はないのか?
「どうしたレズレズ? レフレフも」
眼鏡をかけたレズレズが難しい顔をしている。その隣で虫眼鏡を覗くレフレフも同じように困惑している。
「レムレムが持ってるあの剣、何も読めないのよ」
「塗り潰されてる」
レフレフが虫眼鏡を差し出してきた。見てみろって事か。受け取って覗き込むと文字が浮かんだ。
名前:レフレフ
種族:鬼族ノーム種ノーム
能力:リフレクション
性格:おっとり
ほぉー、なるほどね〜。その人の情報が見えるって事か。体を回転させてレムレムを見る。
名前:レムレム
種族:鬼族ノーム種ノーム
能力:急速眼球運動
称号:悪鬼王
相棒:トノ
性格:やんちゃ
装備:███
わー、本当だー。黒く塗り潰したみたいにあの剣だけ見えない。
「さめじぃもそうだったよ」
へー、フシギだなー。……うん? 前の私もそうだった……?
レフレフの言葉が引っかかる。前に会った時、私はまだおじいちゃんの姿だった。記憶を思い出していない状態だ。私はこの世界にとっては部外者で、本来なら居るはずのない存在。その時はまだ不確定要素として存在して居ない状態だった。つまり、あの剣も今は存在して居ない状態なのかも……。
ピンポンパンポーン
突然聞こえてきた音に思考が遮られた。顔を上げて周りを見渡すとみんな同じような反応をしている。どうやら聞こえているのは私だけじゃないみたいだ。
「おめでとうございます! 魔王に至る資格を有したミューは魔王に任命されました。おめでとうございます! 魔族フィト種ミューは魔王サン・ミューになりました。おめでとうございます! イスリンは魔族の領地になりました。おめでとうございます! 全ての魔族は魔王に従属します。おめでとうございます! ファン・シーを更新します」
次々とアナウンスが流れる。いや何回おめでとうございますって言うんだよ。どんだけ祝うんだよ。気になって大事な内容が入ってこないぞ。どうしてくれんだ。
ピンポンパンポーン
終わりの音が鳴った。瞬間、頭に猛烈な痛みが走った。立っていられなくて地面に膝をつく。頭を抑える力が痛みで強くなる。なのに、外からの痛みも感じないほど、内の痛みが強過ぎる。歯を食い縛って痛みに耐えても呻り声が漏れる。
頭が、おかしく、なる……。
* * *
ピンポンパンポーン
その音が世界に鳴り響いた瞬間、景色が変わった。どこまでも果てしない黒に白が浮かぶ。その中で人の形をした白い少女が辺りを見渡す。
なぎ、なぎ?
いっしょにいたのに、どこにもいない。
どこにいるの?
寂しい。悲しい。淋しい。哀しい。
キョロキョロと左右を見渡して胸に手を当てる。この気持ちは違う。つくもしずくのじゃない。
目を閉じて集中すると感じる。感じるままに動いて、それに触れる。
みつけた、なぎ。
少女は白い文字を抱きしめる。それは大事な人の情報だった。嬉しそうに抱きしめてから顔を上げる。
だれ?
首を傾げる。口は動いても声にはならない。この空間はそういう場所だ。
うれしい?
それでも少女は彼女を見つめて言った。
涙を流していると思った。丸まって涙は見えないけどそんな気がした。声は聞こえないけどそうだと思った。
手を伸ばす。でも途中で何かに弾かれた。阻まれたのだ。無数の文字が壁を作る。文字に覆われて彼女の姿が見えなくなった。
少女は文字の壁を見ていると何かに気付いたような反応をした。胸に抱えた文字を守るように抱きしめてその場から離れる。
何も起こらない。けれど少女は自分がいた場所を見てホッと胸を撫で下ろした。それから正面を向く。
そこには何も無い。何も見えない。白い文字はなく、黒があるだけ。だけど、黒はある。
少女の目には映っていた。黒の背景に同化した黒い人の形をしたもの。それと視線が交わる。
ピンポンピンポーン
また音が鳴って、景色は変わる。元の空間に戻った。だけど――
「なぎ、なぎ!」
苦しそうに頭を抑える大事な人。おかしい。だってなぎは、痛みを断ち切った。だから痛覚を感じない。なのに、今は痛みに耐えるように苦しんでいる。
呼んでも聞こえてないのか目を合わせてくれない。今のつくもしずくじゃ、どうすることも出来ない。
混乱する。ここはもうあの空間じゃない。だから見えるし、聞こえるし、声が出る。なのになんで?
なんでなぎは、気付いてくれないの?
「なぎ……」
常識問題って本当にこれみんな知ってる?ってくらい難しいよね。




